第130話 包囲

 砦内を駆け抜け、北門に到着した私たちを待っていたのは想定とは違う光景だった。


 門は固く閉ざされ、砦をぐるりと囲う壁の上からは兵士たちが外に向かって魔法を撃って応戦していた。


 どうしようかと途方に暮れていると、私に気付いた兵士の一人が私に声をかけてきた。


「ホリー先生、こんなところにいてはいけません! すでにこの砦は包囲されています。どうか指令所にある安全な地下シェルターにお逃げください」

「え? でも……」


 怪我人の手当ができるのではないか?


 そう考えたのだが、マクシミリアンさんに止められてしまった。


「姫様! ここは言うとおりになさってください」

「あ……」

「ホリー、俺が背負う」

「……うん」


 私はニール兄さんに背負われ、来た道を引き返すことになったのだった。


◆◇◆


 ニール兄さんにおんぶされ、ものすごい速さで砦の中を走っていると南側で大きな爆発が何度も発生する。


「ねえ、ニール兄さん。私、病院に戻りたい。あれだけ戦闘が起きてるってことは、怪我人がたくさん出るってことでしょ?」

「それはそうだが、敵の狙いはホリー、お前なんだぞ?」

「でも地下シェルターに隠れていたって、負けたら結局捕まるでしょ? それなら私は私にできることをしたいの」

「……そうか。そうだよな。分かった」


 こうして私たちは指令所ではなく病院へと向かって進み始める。


 だが私たちの進む先ですさまじい爆発が起きた。土煙がもうもうと上がり、誰かが宙を舞っているのが目に入る。


 しかもその人はボロボロの建物に激突し、その拍子に崩れた瓦礫の山に埋もれてしまったではないか!


「ニール兄さん! あそこに! 人が!」

「……ああ、分かってる。マクシミリアン師匠、ホリーをお願いします。俺、瓦礫をどけます」

「うむ。さあ、姫様」


 ニール兄さんの背中から降りた私の前でマクシミリアンさんがしゃがんだ。私を背負っていくと言っているのだろうが、それは得策だとは思わない。


「大丈夫です。私、自分で走ります。マクシミリアンさんはいざというときに身体強化を使えるように魔力を温存してください」

「かしこまりました」


 マクシミリアンさんは少し残念そうにはしているが、分かってくれて立ち上がる。


 マクシミリアンさんは人族なので魔力が少ない。だからニール兄さんとは違い、身体強化をずっと使い続けることはできないのだ。


 私たちが瓦礫の山に近づくと、なんと瓦礫の山がはじけ飛んだ。そして中からなんと全身血まみれのショーズィさんが立ち上がったではないか!


「宮間ァァァァァァァ!」

「やれやれ、滝川くんもしぶといね」


 ショーズィさんが叫びながら睨んだその先には黒髪の戦士が立っていた。しかもその手にはあのときショーズィさんが持っていたものとよく似た剣が握られている。


 もしかして……!


「ま、クラスメイトを殺さずに済んだと思えば……ん?」


 黒髪の戦士は駆け寄ってくる私たちに気付いてこちらを見ると、ニタリと笑った。


「ああ、なるほど。君が魔族に騙されている聖女の子だね。教皇様から聞いてるよ。さあ、一緒に帰ろうか。あれ? どうして人族がいるの? まあいいや。とりあえずそこの魔族を――」

「宮間ぁ! やめろぉ!」


 ショーズィさんが血まみれになりながらもミヤマーという名前らしい黒髪の戦士に斬りかかる。


 しかしミヤマーはショーズィさんの剣を簡単に防ぐと、そのショーズィさんのお腹にオレンジ色の球をぶつけて爆発させた。


 ショーズィさんは吹っ飛び、地面に転がった。


「ショーズィさん!」


 私は慌てて駆け寄ってその怪我の具合を確認した。


 全身の切り傷と擦り傷があり、打撲に火傷までしている。骨折もあるかもしれないが、これなら致命傷ではないので中治癒の奇跡で治せる。


 私が奇跡を使おうとすると、ミヤマーがいつの間にか私たちからほんの数メートルの距離にまで近づいて来ていた。


「さて、聖女の子は連れて帰るとして、一応滝川くんも連れて帰ればいいのかな」

「やめろ!」

「邪魔」


 止めに入ろうとしたニール兄さんに対してミヤマーは面倒くさそうに剣を振った。


 私にはその剣の動きは全く見えなかったが、金属音とともにニール兄さんは大きく吹き飛ばされる。


「あれ? なんだ? 今の感触? まあ、いいや」


 ミヤマーが吹き飛ばされたニール兄さんに手のひらを向けると、マクシミリアンさんが剣を抜いて立ちはだかる。


「何? おじいさんも魔族の味方をするの?」

「ワシは魔族の味方ではない。姫様にお仕えしているのじゃ!」

「姫様? ああ、あのなんだかよく分からない昔話?」


 マクシミリアンさんが時間を稼いでくれている間に私は急いで中治癒の奇跡を発動した。


「え? それが奇跡? 神に祈りも捧げてないし、僕の知ってるのとは違うなぁ」


 ミヤマーは余裕からだろうか? 私がショーズィさんを治療しているのに気付いているにもかかわらず、止める素振りすら見せない。


 その間にもショーズィさんはみるみるうちに回復し、傷一つない状態になった。


「もう大丈夫ですよ」

「ホリーさん……」

「ふーん。なるほどね。そうやって治療されて、人間を裏切ったんだ」

「違う! 聖導教会が俺に呪いをかけて利用しようとしていたんだ! 宮間! 目を覚ませ!」

「結局その話? 勝てないからって見苦しいよね。そんな姿を見たらクラスのきゃあきゃあ言ってた女子はどう思うんだろうねぇ」

「なっ!? お前、一体何を……?」

「まあ、僕は魔族を滅ぼしてクラウディアを守る。それだけだから」


 ミヤマーはどこかぼうっとしたような目でそう言ったのだった。

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