第125話 ボーダーブルク南砦の日常
結局、私たちはホワイトホルンへと帰れずに年を越してしまった。
どうやらこの辺りで女神のヴェールはほとんど発生しないようで、毎年見ていた女神のヴェールも今年は見られていない。
初めて知ったのだが、ホワイトホルンやシュワインベルグ周辺が一番よく見られる地域なのだそうだ。
それにしてもアネットたちは元気だろうか?
全裸四人組は風邪を引いて寝込んでいないだろうか?
最近は運ばれてくる患者さんがほとんどいないため、暇を持てあましてそんなことを考えてしまう。
というのも、私たち魔族はかなり優勢に戦いを進めており、このひと月半ほどでズィーシャードという前回の侵略の拠点となっていた町も占領したと聞いている。
それに伴って私の職場も再建されたボーダーブルク南砦へと移ったのだが、すでにズィーシャード周辺から人族の侵略者たちは排除されているのだそうだ。
ブライアン将軍の代わりに攻撃を指揮しているエイブラム将軍という人がかなりの強硬派らしく、かなりの範囲から人族を駆逐すると言っているらしい。
薬師である私としては複雑な想いだ。
やはり人が傷つき、死んでしまうことは辛い。
だが前回私たちはどうにか平和的に解決しようとしたのだ。にもかかわらずまた侵略し、村々で虐殺を行ったのだ。
しかもその村を守るために動いていたのがエイブラム将軍将軍なのだから、また同じ被害を出さないようにと前のめりになってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
それでも人が傷つかない方法はないのかとは思うものの、どうしたら解決できるかなんて難しいことはさっぱり分からない。私にできることは怪我人を治療し、命を落とす人を一人でも少なくすることだけだ。
ならば私たちもそろそろズィーシャードという町まで行って治療したほうがいいのではないだろうか?
そんなことを考えつつ、私たちは訓練場へとやってきた。私の他にはニール兄さん、マクシミリアンさん、そしてショーズィさんまでいる。ちなみにエルドレッド様は忙しいらしく、この砦にはいない。
「マクシミリアン師匠、よろしくお願いします」
「師匠、よろしくお願いします」
「うむ。姫様、危ないですから下がっていてくだされ」
「はい」
私は最近指定席となっている訓練場の隅の屋根のある場所に置かれた椅子に腰かけた。
ニール兄さんがマクシミリアンさんを先生と呼んでいるのには理由がある。発端はマクシミリアンさんがニール兄さんに対して私を守るには力不足だと面と向かって言い放ったことだ。
それに怒ったニール兄さんはマクシミリアンさんに勝負を挑み、手も足も出ずに敗れた。悔しがるニール兄さんにマクシミリアンさんが手を差し伸べ、私を守れるくらい強くしてやるから弟子入りしろと言ったことで二人は師弟関係になったというわけだ。
一方のショーズィさんだが、彼がなぜいるのかはさっぱり分からない。
オリアナさんの指示で、マクシミリアンさんが言っていた私の出自についても伝わっていると聞いている。
そのうえでショーズィさんは私を守ると言ってくれているのだが、私はショーズィさんがちょっと苦手だ。
もちろん呪われて正常な判断ができない状態だったので仕方がなかったのは理解している。だが、どうしてもショーズィさんにされたことを思うと身構えてしまうのだ。
それにほら、今だってそうだ。
訓練中なのに私のほうを度々ちらちらと見てはマクシミリアンさんに木刀で頭をゴツンと叩かれている。
害はないものの、ジロジロみられるのはあまり気持ちのいいものではない。
ショーズィさんが何を考えているのかは分からないが、私がいないほうが訓練になるのではないだろうか?
といっても私がいないとニール兄さんとマクシミリアンさんが離れたがらないため、実質的には難しいわけだが……。
そんなことを考えながら三人の様子を眺めていると、他の兵士たちも訓練をしにやってきた。
「お! 奇跡の天使様とその下僕三人衆がいるぞ」
「ホントだ。あいつら熱心だよな。それよりホリー先生に挨拶しなきゃ。ホリー先生、こんにちはー」
兵士の一人が私のところに小走りでやってきた。
「こんにちは。肩のお怪我の様子はどうですか?」
「おかげさまでもうすっかり治りましたよ。ほら!」
彼はそう言って右の肩をぐるぐると回した。
彼は右肩を斬られて大怪我しているところを運ばれてきて、大治癒の奇跡で治療した患者さんだ。
「その様子ならもう大丈夫そうですね」
「ホリー先生のおかげです」
「当然のことをしただけですから。あ、そういえば今の戦況はどうなんですか?」
「今ですか? もうズィーシャード一帯はうちらが完全に制圧しましたよ。今は人族を追い出しながら支配領域を広げていく段階ですね」
「え? 人族を追い出してるんですか?」
「そうですね。さすがにあそこまでやられちゃうと俺たちも安心できませんから」
「あ……そうですね」
あそこまで、というのはきっと虐殺のことだろう。
「あの、怪我人って……」
「え? ああ、あんまり出てないですよ。やっぱ一番手ごわいやつをホリー先生が下僕にしちゃいましたからね」
そう言って彼はショーズィさんのほうをちらりと見た。
「俺ら魔族と同じくらいの魔力を持っている人族なんてあいつくらいでしたからね。あと脅威なのは魔法が効かない装備をしている聖導教会の騎士くらいなもんです」
「そうですか」
「ま、このまま行けば俺らの圧勝間違いなしですよ」
彼はそう言って明るく笑ったのだった。
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