第126話 新たなる勇者
ズィーシャードの西には交通の要衝であるヅェンカという町があり、その東からは数千の魔族たちが迫っていた。
ズィーシャード一帯を占領した魔族たちはエイブラム将軍の指揮の元、ヅェンカを奪わんと進軍をしてきているのだ。
しかもエイブラム将軍は途中にある村々を一つ一つ破壊して回っているため、家を追われた多くの難民がヅェンカに押し寄せている。
だが歯向かう者以外は殺さず、追い出すだけで済ませているのは彼なりの正義なのだろう。
しかしそんなことは追い出された人々にとっては関係ない。追い出された人々は魔族の恐怖を語り、故郷を追われた悲しみを語り、そして抵抗して殺された家族や友人を想って涙する。
それを見聞きした人々は恐怖を覚え、そういった話は尾ひれがついてあっという間にヅェンカの町中に広まった。
町中から活気が消え、逃げられる者は逃げ出し、逃げられぬ者は希望を失って途方に暮れている。
そんなヅェンカに宅男は聖騎士たちと共にやってきた。
「ここが最前線の町、ヅェンカ……」
「はい。魔族どもが目前に迫り、ご覧のとおり人々は希望を失っております」
宅男のつぶやきに今回の遠征隊の隊長を任されているバッカスという聖騎士が答えた。
「……敵はどのくらいですか?」
「東門の城壁からもう見える位置にまで着ているそうです」
「そうですか。見せてもらえますか?」
「聞いてみましょう」
それから宅男たちは東門へ行き、事情を説明すると快く城壁の上に案内された。
「あれが、魔族……」
望遠鏡を借り、遠くに陣取る魔族の部隊を見た宅男は自分と同じ黒髪の集団に少し懐かしい気持ちになっていた。
そうしてなんとなく魔族の部隊を見ていると、魔族の部隊がこちらに向かって進軍を開始しているのに気付き、慌てて振り返る。
「魔族がこちらに向かって動いています!」
「なんですと!?」
「た、大変だ。ど、ど、ど、どうすれば……」
驚くバッカスとは対照的に、ヅェンカの守備兵は顔を青くし、ガタガタと震え始めてしまった。
「大丈夫ですよ。僕たちが来ました。これ以上、魔族の好きにはさせません。バッカスさん、被害が出ないように外で迎撃しましょう」
「さすがは勇者様ですな。それに大聖女クラウディア様のためにも、早く帰らなければいけませんからな」
「っ! そ、そうですね」
いきなりクラウディアの名前を出された宅男は思わず赤面したが、すぐに真剣な表情になる。
「僕が前に出ます。みなさんはついて来て下さい」
「おう!」
こうして聖騎士たちは宅男を先頭に、魔族の部隊へと真っすぐ向かっていく。
それを見ていたヅェンカの守備兵の士気は上がり、次々と宅男の後に続くのだった。
◆◇◆
ヅェンカから東に三キロメートルほどの場所で両軍は
魔族軍三千に対して人族の連合軍はおよそ五千。今までどおりであればとても人族に勝ち目のある戦力差ではない。
だが!
「僕がやります」
宅男は両手を前に出し、魔力を集めた。すると無数のオレンジ色の球体が出現する。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!」
宅男の声とともにオレンジ色の球体は魔族たちを襲った。
次々と激しい爆発が発生し、魔族たちが次々と巻き込まれていく。
「うわっ!?」
「なんだこれは!」
爆発した場所は地面が小さくえぐれている。
すると宅男は聖剣エクスフィーニスを抜き放ち、身体強化を発動すると一気に魔族の集団の中に突っ込んだ。
「うおおおおおおお!」
宅男が剣を振るうとまるで豆腐のように魔族の体が千切れ、あたりは鮮血に染まる。
「いける! いけるぞ! 勇者様に続け!」
残る聖騎士たち、そして町の守備兵たちまでもが宅男に続いて突撃を開始した。その様子に浮足立った魔族たちは、ここまで連戦連勝だったにもかかわらず成すすべなく
宅男はそんな魔族兵たちを次々と切り捨てながら、その陣の奥深くに立派な鎧を着たスキンヘッドの魔族を発見した。エイブラム将軍である。
「お前が指揮官だな!」
「む! その白く輝く剣は! それに黒髪の戦士!? まさか!」
しかしそう叫んだ瞬間、エイブラム将軍の首は宙を舞っていた。
「敵将! 勇者宅男が討ち取ったぞ!」
宅男はそう叫ぶとエイブラム将軍の首を聖剣エクスフィーニスの先に突き刺し、高く掲げた。
それを見た魔族兵たちの間には動揺が走り、人族の兵士たちの士気はますます高まる。
こうしてヅェンカに攻め寄せた魔族兵たちは聖導教会の勇者と聖騎士たちの手によって打ち破られたのだった。
この戦いでは実にエイブラム将軍をはじめとする二千以上の魔族が死亡したのに対し、人族の犠牲は千であった。
この戦いはのちに、魔族の損害が人族を上回った歴史上初めての戦いとして記録されることとなるのだった。
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