第124話 そして戦場へ

 教皇によって結婚を許された宅男とクラウディアは、教皇の計らいによって居室を隣同士の部屋に移動させられた。しかもなんと、その部屋は廊下に出ることなくお互いの部屋を行き来できる作りになっている。


 夜に新しい部屋へと移動した二人は困惑した様子ではあるものの、宅男が先にベッドに腰かけた。するとクラウディアも頬を染めながらも宅男の隣に腰かけると、宅男の肩に頭を預けてくる。


「クラウディア……」

「はい。タクオ様……」


 二人が交わした言葉はそれだけだったが、甘い雰囲気が室内に漂う。


 それからしばらくして、宅男は突然クラウディアの唇を奪った。するとクラウディアも宅男の背中に手を回し、宅男のキスを受け入れる。


 くちゃ、くちゃという湿った音だけが聞こえてくる。


 やがて衣擦れの音が聞こえ、やがてクラウディアが宅男を押し倒す形で二人は重なり合うようにしてベッドに寝転んだ。


「タクオ様、わたくし、夢のようですわ」

「クラウディア……」

「ゾンビに愛する両親を奪われ、教会ですべてを神に捧げて生きてきました。聖女になれば浄化の奇跡が使えるようになり、そうすればゾンビから、いえ、魔族から人々を救い、わたくしのような子供を生み出さずに済むと」


 宅男の顔をじっと見つめるクラウディアは真剣な表情でそう語りかけていてる。


 一方の宅男は目の前にある何度見ても決して慣れることの無いクラウディアの美しい顔に、吸い込まれそうなブルーの瞳に、押し付けられた豊満なふくらみに、さらにクラウディアのわずかな体臭に理性が負けないよう必死に戦っていた。


「わたくし、もう限界でした。ゾンビが魔族の仕業であると分かっていながら聖女の仕事は金持ちのブタの相手ばかり」

「うん」

「金もたしかに必要でしょう。ですが、金などゾンビに殺される罪なき人々の命の前には一体なんの意味があるのでしょう?」

「だからこそ、僕が行くんだ。僕が行って、魔族を、魔王をやっつけなきゃ」

「……タクオ様。わたくしはもう、大聖女でいる資格はありません」

「え?」

「神よりも、教会よりも大切な人ができました」


 クラウディアは宅男の瞳をじっと見つめてきた。


「タクオ様、わたくしを名実ともに教会の聖女ではなく、あなたのものにしてください」

「っ! クラウディアっ!」


 宅男を押し留めていた理性はついに崩壊し、クラウディアの上にのしかかる。クラウディアは嬉しそうにそれを受け止めている。


「タクオ様、愛しています」

「クラウディア! ああ! クラウディア! 僕も! 僕も愛してる!」


 そして……。


◆◇◆


 翌日、宅男は教皇に呼び出された。


「大聖女クラウディアの純潔を奪ってしまったようですね」

「はい。すみません」


 穏やかな表情の教皇に対し、宅男は恐縮しきった様子だ。


「ははは、構いませんよ。元々そのつもりでしたからね。もっとも大聖女クラウディアに昨日までと同じ力があれば、ですが」

「え?」


 急に表情を固くし、鋭い視線を送ってくる教皇に宅男は顔を青くした。するとすぐに教皇は元の穏やかな表情に戻った。


「まあ、勇者様がお相手でしたら聖女の力を失うことはないでしょう。驚きましたかな?」

「は、はい」

「これからは一度よく考えてから行動することです」

「はい。すみません」

「まあ、大聖女クラウディアも愛する男性にこのようなことは説明しづらかったのでしょうね」


 恐縮しきった宅男に教皇は穏やかな表情で説明を始める。


「聖女は原則として純潔である必要がありますが、純潔を失ったとしても力を完全に失うわけではありません。神が聖女にお力をお貸しくださるのは聖女が敬虔に神を信じているからであって、純潔を守っているからではありません」

「はい」

「神は姦淫かんいんを禁じておりますが、決して男女の愛を否定しているわけでありません。神の前で愛を誓いあった相手がいるのであれば、それ以外の道義に反する関係は必要ない。神はただそうおっしゃっているだけなのです」

「……」

「勇者様と大聖女クラウディアは順番が前後してしまいましたが、そもそもお二人は神に導かれて巡り合った運命の相手です。この程度のことは問題にならないでしょう」

「本当ですか?」

「ええ。ただし!」


 教皇は突然厳しい表情となった。


「勇者様には必ずや使命を果たし、生きて帰ってきてもらわねばなりません。今の大聖女クラウディアが最愛の勇者様を失えば、どうなるかわかりません。よろしいですな!」


 その瞬間、宅男の胸元を飾る聖導のしるしの赤い宝玉がわずかな光を放った。しかし宅男は宝玉が光るよりも一瞬早く答える。


「もちろんです!」

「……よろしいでしょう。では勇者様には我が聖導教会の誇る聖剣エクスフィーニスを授けましょう。魔王を打ち倒し、魔族の脅威を終わらせるため、神より与えられし聖剣です。どうぞお受け取り下さい」

「はい」


 教皇がそう言って一振りの剣が収められた大きな箱を差し出してきた。


 柄の部分には聖導教会のシンボルがあしらわれており、中央には大きな赤い宝玉が埋め込まれている。


「これが……」


 宅男が剣を抜いてみると、白銀色の刃が淡い光を放っている。


「すごい……」

「聖剣には魔族どもの魔法に対抗する力がございます。大聖女クラウディアのためにも必ずや」

「はい! 魔王を倒し、必ず生きて帰ります!」

「良いお顔をなさいますな。儂も安心しました。最後に、この儂が勇者様に神の加護が授けられるように祈りましょう」

「加護?」

「はい。ルーカスよりお願いをされたのです。勇者様はまだ人族と似た姿をした魔族という存在を斬ったことがなく、あまりにもお優しすぎるがゆえに魔族を斬るときに躊躇ちゅうちょするだろうから、そのような躊躇がなくなるよう神の加護を賜るように祈ってほしいと」」

「ルーカス先生が……わかりました。お願いします」

「ええ。それでは祈りの姿勢を取り、儂の言葉を心で受け入れてください」

「はい」


 宅男は膝を突いて祈りの姿勢を取ると、教皇はニヤリと笑うとその頭に手をかざした。すると聖導のしるしの宝玉が赤い光を放つ。


「勇者様、よくお聞きなさい。あなたの使命は魔王を殺し、魔族を殺し、クラウディアのもとへと帰ってくることです」

「……」

「魔族を殺すことは正義です。愛するクラウディアのため、あなたは神の正義を執行するのです。魔族を滅ぼすことはクラウディアのため。よろしいですな!」


 聖導のしるしが強い光を放ち、宅男の首から一瞬力が抜ける。


「勇者タクオに神のご加護を!」


 それから取ってつけたように教皇は神の加護が得られるように祈りを捧げた。


「さあ、終わりましたよ」


 穏やかな表情で教皇はそう告げると、宅男は頭を上げた。


「なんだか……あんまり変わったことはないような感じですね」

「当然ですよ。神を信じる限りにおいて、最後の最後で勇者様の背中を押してくれる。この加護はそのようなものです」

「でも、そういうのって心強いですよね。分かりました。クラウディアのために、魔族を滅ぼしてきます」

「よろしくお願いします。それと勇者様、一つお願いがございます」

「お願い?」

「はい。実は魔族に攫われ、そのまま魔族の仲間となってしまった聖女がおるのです」

「聞いたことがあります。その聖女を救いだせばいいんですよね?」

「そのとおりです。聖女とは本来神の奇跡を代行する者。そのような境遇に置かれ、騙され続けているのを見るのは忍びないのです」

「わかりました。任せてください」


 こうして聖剣エクスフィーニスを授けられ、神の加護・・・・を受けた宅男は強い決意を胸に教皇の前を辞したのだった。


 そんな宅男を教皇はニタリと黒い笑みを浮かべながら見送った。


 それから二週間後、宅男は聖騎士団と共に戦場へと旅立って行った。


 それと時を同じくして、大聖堂から大聖女クラウディアによる救済が当面の間停止されることが発表されたのだった。

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