第120話 作られた恋心

「タクオ様、こちらの中庭は春になればそれはそれは美しい花々が咲き誇るのですわ」


 宅男と並んで歩くクラウディアは嬉しそうに大聖堂の中庭の説明をしている。クラウディアの後ろには二人の侍女がついて歩いており、彼女の長いマントを持ち上げて髪が地面を引きずらないようにしている。


「わたくし、美しい花の咲くこの中庭が大好きですの」


 まさに恋する乙女といった様子のクラウディアのテンションは高い。


「そうなんですね。僕、こういうところに来るのも初めてで……」

「まあ! でも、これからいつでもご覧になれますわ」


 緊張した様子の宅男にクラウディアは華やかな笑みを向けた。


「は、はい」


 美しいクラウディアを直視できない宅男は顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに中庭のほうへと顔を向けた。


「さあ、次は礼拝堂を案内いたしますわ」


 そう言ってクラウディアは宅男を連れ、階段を登っていく。


「本当は一階をご案内したいのですけれど……」


 クラウディアは申し訳なさそうにしている。


「わたくしが行けば大騒ぎになってしまいます。どうかこちらからでお許しくださいませ」

「そ、そんな……許すだなんて……」

「さあ、着きましたわ」


 そうして案内されたのは礼拝堂の上部に作られたスペースで、上からは広い礼拝堂が一望できる。


 礼拝堂では多くの人々が静かに祈りを捧げており、ここが神聖なる場所であることを物語っている。


「すごい……」

「はい。すべての人族は神のしもべ。こうして今日、タクオ様とお会いできたのもすべては神のお導きのおかげなのです」


 そう言ってクラウディアは静かに祈りを捧げた。


 その姿は美しく、そしてあまりに神々しく、宅男は思わず祈るクラウディアに見とれてしまった。


 それからしばらくすると、クラウディアは祈りを終えた。


 まぶたが開き、そこからクラウディアのまるで宝石のように美しいブルーの瞳が現れる。


 宅男の視線はその美しい瞳に釘付けとなり、まるで自分自身が吸い込まれてしまうかのような錯覚を覚えていた。


「あ……」

「タクオ様、どうなさいました?」

「あ、その、すごく綺麗で……」


 心ここにあらずといった様子の宅男はポロリとそんなことを口にした。するとクラウディアは頬を染める。


「まあっ! 綺麗だなんて、お世辞でも嬉しいですわ」


 心底嬉しそうにそう話すクラウディアに対し、宅男は顔を真っ赤にしながらまくしたてる。


「お、お世辞なんかじゃないです。クラウディアさんは、僕が今まで会ったどんな女性よりも美人です。もう、女神さまなんじゃないかってくらいに!」

「あら、本当ですか? タクオ様にそうおっしゃっていただけるなんて、夢のようですわ」


 頬を染めたクラウディアは笑顔の花を咲かせる。


「ぼ、僕もクラウディアさんに会えて、こんな風に笑顔でおしゃべりしてもらえて、夢みたいです!」

「まあ! それでしたら、どうかわたくしのことはクラウディアとお呼びください」

「え? いいんですか?」

「ええ。タクオ様だけ、特別ですわ」


 笑顔でそう言われた宅男は首を何度もガクガクと振ってうなずく。


 そんな宅男をクラウディアは嬉しそうに眺めていたのだった。


◆◇◆


「お前たち、下がりなさい」

「え? ですが!」

「いいから下がりなさい。それと人払いをしておくように」

「……はい」


 クラウディアはタクオを自室に招き入れると、なんと侍女たちを追い出して人払いまでした。


 そしておもむろに聖導のしるしを差し出す。


「タクオ様、どうかこちらをお召しになってください」

「これは?」

「これは聖導のしるしです。これを身に着ければ、タクオ様を悪しき力から守ってくれます」

「お守り、みたいなもの?」

「ええ。それから最初に身に着けたとき、その者の潜在魔力の大きさを光の強さで教えてくれるのです」

「え?」

「タクオ様はまだ戦われるかまだ迷ってらっしゃいますわ。ですから他の者にその魔力の強さが知られないよう、わたくしの部屋で一度身に着けてくださいませ。わたくしの部屋に無断で入ってくる不届き者などおりませんわ」

「クラウディア……」

「それに……」


 クラウディアは頬を染める。


「わたくしとお揃いですのよ」


 そう言ってクラウディアは恥ずかしそうに微笑んだ。


「う、うん。それなら僕も」


 宅男はそう言うと嬉しそうに聖導のしるしを身に着けた。


 するとまるで太陽のようにすさまじい光が部屋中を強く照らし出す。


「あっ!」


 宅男とクラウディアはあまりの光に顔をそむけたが、それでもなお眩しいため目をつぶり、さらに両手で目を覆い隠す。


 そして数分してようやく光が収まった。


「す、すごい……」

「タクオ様! やはりタクオ様は神に選ばれし勇者ですわ!」


 クラウディアは上気した顔で興奮気味にタクオの両手を取る。


「あ、う、うん……」

「でもタクオ様。もし勇者として戦われる道を選ばれたなら、それはきっと試練の連続になりますわ」

「……」

「もちろん邪悪なる魔族を滅ぼすことは神の僕たるわたくしたちの使命ですわ。でもわたくし、迷っているのです」

「え?」

「こんな短い期間でおかしな女だと思われるかもしれません。でも、わたくしはタクオ様に傷ついてほしくないのです」

「クラウディア……」


 クラウディアは心配そうな表情をしている。


「こんなことを言うなんて、わたくしは聖女として失格かもしれません。本来であれば聖女は神に与えられた使命を果たすべきですのに……」


 辛そうにそう言ったクラウディアを宅男は真剣な表情で見ている。


「あのさ。魔族ってなんなの? 邪悪って言われてもよく分からなくて……」

「タクオ様のいらした世界には魔族がいなかったのですね。それはきっと、タクオ様のご先祖様が立派に使命を果たされた結果なのでしょう」

「そうなのかな?」

「ええ。きっと、タクオ様の故郷にも名は違えど人族を害そうとする悪しき存在の伝承は残っているのではありませんか?」

「それは……そうですね」


 そう言われ、タクオは日本に残る悪霊や鬼、妖怪といった類いの話を思い出した。


「やはりそうですのね。わたくしたちの住むこの世界の魔族は――」


 クラウディアは聖導教会の教える魔族について、その知識の限りを宅男に伝えた。


「そんな恐ろしい奴らが……」

「はい。わたくしの両親も魔族どもの放ったゾンビによって命を落としました」

「そっか。辛かったよね」

「……はい。ですがきっとそれは神の与えた試練だったのだと思っています。わたくしはそのことがきっかけで聖導教会に入り、大聖女となって人々を救うという使命をいただきました。それに……」


 クラウディアはそこで言葉を切ると、恥ずかしそうに頬を染める。


「こうして、タクオ様と出会えたのですから」

「っ!」


 宅男は目を見開いた。


「クラウディア! 僕、勇者として戦うよ。それでクラウディアのご両親の仇も取る!」

「タクオ様……!」


 その言葉にクラウディアは感動して目を潤ませていたが、すぐに心配そうな表情に戻った。


 それからクラウディアはややはにかみながらも意を決したような表情を浮かべる。


「タクオ様、少しかがんでくださいます?」

「え? こう?」


 宅男が屈むと、クラウディアは宅男の頬に軽い口付けをした。


「え?」

「ふふ。わたくしからの祝福ですわ」

「あ、う、うん。僕、頑張るから!」


 宅男は力強くそう宣言したのだった。

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