第121話 タクオの決意

 クラウディアと別れ、与えられた部屋のベッドに腰かけた宅男は先ほどまでのことを思い出していた。


 宅男の頭の中はクラウディアで占められていた。


 CGもかくやと言うほどの整った顔立ち、美しいブルーの瞳、染み一つない真っ白な肌、驚くべき長さの金髪、露出のほとんどない服装にもかかわらずその大きさをこれでもかと主張する胸、ベルトで絞られていることで分かる腰の細さ、そして女性らしく可愛らしいのにどこか芯の通った可憐な声。


 今までまともに女性と話したことすらない宅男にとって、クラウディアは絶世の美女という言葉すら陳腐な表現と感じるほど魅力的な女性だった。


 そんな女性から向けられた好意に抗う術を宅男は持っていなかった。


「ああ、クラウディア……」


 宅男はどこかぼうっとした様子でその名を呼んだ宅男は、先ほどキスされた頬にそっと手を当てた。


 頬に感じた初めての柔らかな感触を、わずかに腕に当たった柔らかな頂の感触を思い出し、そして彼女のかすかな残り香が宅男の心をクラウディアで満たしていく。


「クラウディア……」


 熱病にうなされたようにそう呟くと、宅男はゴロリとベッドに体を横たえたのだった。


◆◇◆


 翌朝早く、クラウディアは宅男の部屋にやってきた。


「おはようございます、タクオ様」

「お、おはよう」


 そう挨拶を交わすと、クラウディアは両手を広げて宅男とハグをした。そして少し背伸びをして宅男の頬に自分の頬を軽く当ててチュッとまるでキスをしているかのような音を立てるチークキスをした。


 そしてまた逆の頬にもチークキスをする。


「あ……」

「ふふ、タクオ様。朝のお祈りとお食事をご一緒しませんか?」


 ほんの少し頬を染めながらふわりとした笑顔で誘われ、宅男は首をがくがくと縦に振った。


「ああ、良かった。わたくし、断られたらどうしようかと思っていましたの」

「そ、そんな、クラウディアの頼みを断るなんて……」

「本当ですか? 嬉しい」


 ぱあっと花の咲くような笑顔に宅男は顔を真っ赤にして虚空を見上げた。


「タクオ様?」

「あ、えっと、なんでもないよ」

「そうですか? それでは参りましょう?」


 クラウディアはそう言うと大胆に宅男の左手を握る。


「わたくし専用の小さな礼拝室がありますの。今日はそちらで朝のお祈りをしましょう?」

「う、うん……」


 真っ赤になった宅男はクラウディアに連れられ、礼拝室へと向かうのだった。


◆◇◆


 それからクラウディアに教わって祈りを捧げ、朝食を終えた宅男はクラウディアに自ら頼んで教皇の執務室に隣接した応接室へとやってきた。


 センスのいい調度品が上品な空間を作り出しており、訪れた者に不快感を与えないようによく配慮されていることがうかがえる。


 宅男とクラウディアは中央に置かれた来客用のソファーに並んで座って教皇を待つ。


 するとしばらくして教皇とルーカスがやってきた。


「勇者様、お待たせしました」

「いえ、さっき来たところです」


 穏やかな微笑みを浮かべる教皇に対し、宅男はやや緊張した面持ちながらもなんとか微笑み返した。


「大聖女クラウディア、昨日はご苦労でした」

「いいえ。タクオ様をご案内できてとても嬉しかったですわ」


 クラウディアはふわりと柔らかい微笑みを浮かべた。


「して、大聖女クラウディアよ。そちらに座っているということは……」

「ええ。そのとおりですわ」

「そうでしたか。それはそれは……」


 教皇は嬉しそうでありながらどこか寂しげな表情を浮かべた。それを宅男は不思議そうに見つめている。


「おっと、失礼いたしました」


 教皇は照れ隠しをするように少し笑うと、すぐに真剣な表情となった。


「さて。勇者様より大切なお話があるとお伺いしましたが……」

「はい」


 宅男は真剣な表情を浮かべる。


「あの! 僕は! 戦いとかやったことありません。でも昨日クラウディアの話を聞いて、僕にできることがあるなら! 魔族を、魔王を倒して世界を平和にしたいです!」


 すると教皇は驚いたような表情を浮かべ、それから悲しそうな表情を浮かべた。そして再び真剣な表情に戻る。


「勇者様、戦う道を選ぶということは簡単なことではありません。ましてや戦ったことがないというのでしたら、これから大変なご苦労をなさることになるでしょう。それでも本当に、我々をお救いくださるとおっしゃるのですか?」

「はい。僕は、僕に! もし戦う力があるなら! クラウディアのような悲しい目に遭う人を一人でも減らしたい。そう思うんです」

「……そうでしたか。よくぞご決断くださいました。ありがとうございます」


 教皇はそう言うと、深く頭を下げた。それにならい、控えていたルーカスも頭を下げる。


「えっ? そんな……」

「これは我々なりの誠意です。勇者様、どうかこの世界をよろしくお願いいたします」

「……はい」


 こうして教皇たちはしばらくの間、宅男に対して頭を下げ続けたのだった。


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 本作の年内の更新はこれで最後となります。皆様どうぞ良いお年をお迎えください。

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