第119話 新たなる被害者

 サンプロミトにある大聖堂の地下、将司が召喚されたホールに聖導教会に所属する三人の聖女が集まっていた。


 三人の聖女たちは皆驚くべき長さの金髪を地面に広げながら、正面に立つ教皇の姿を見ている。


 しかしその瞳は虚ろで光はない。


「聖女アリシア、聖女ベアトリクス、そして聖女エスメラルダよ。よく集まってくれた。今日はお前たちに異世界より魔族を倒し、我ら人族をゾンビの魔の手からお救いくださる勇者様をお呼びする儀式に参加してもらう」


 教皇はそう宣言し、中央に描かれた巨大な魔法陣の前へとやってきた。


「聖女たちよ。この魔法陣の中心に立ち、祈りを捧げなさい」

「はい」

「わかりましたわ」

「勇者様をお呼びするため」


 虚ろな瞳をした彼女たちは一切躊躇ちゅうちょすることなく魔法陣の中央に歩いていき、一斉に瞳を閉じて祈りを捧げる。


「聖女たちよ。何があろうともその場を動かないように」


 そう言い残し、教皇は数歩後ろに下がると何かの呪文を唱えた。


 しばらくすると巨大な魔法陣が光り輝き、まばゆい光を放つ。


 光は三人の聖女たちを包み込み、そして……。


 パシュン。


 光に包まれ、聖女アリシアが消滅した。


 パシュン。パシュン。


 続いて聖女ベアトリクスが、そして聖女エスメラルダが消滅した。


 三人の聖女たちをのみ込んだ光はさらにその輝きを増し、やがてホール全体が激しい光に包まれたのだった。


◆◇◆


「失礼します。大聖女クラウディアをお連れしました」


 三人の聖女たちが生贄として捧げられたホールにルーカスが、それに続いて一人の聖女が入ってきた。


 身長はおよそ百六十センチメートルより少し高いくらいだろうか?


 その彼女の顔はまるでCGのようにあまりにも美しく整っていた。


 まるでサファイアのように美しいブルーの瞳とそれを彩る長い金のまつ毛、整った眉、鼻筋はスッと通っており美しいピンク色の唇は見るものを魅了してやまないだろう。


 だがその表情が固いこともあり、まるで氷のように冷たい印象を与えている。


 そして露出のほとんどない聖女服を着ているにもかかわらず胸は大きく盛り上がっており、ベルトで絞められた腰はぎゅっと細くくびれていた。腰から下もたおやかな曲線を描いており、そのスタイルの良さは一目瞭然だ。


 そんな彼女の髪は他の聖女と同じように常軌を逸して長く、美しいストレートの金髪を長いマントの上に乗せて地面を引きずっている。


「おお、よく来たな」


 そんな二人を教皇は温和な笑顔で出迎えた。


「儀式は成功した。いずれ勇者様が降り立つだろう」


 そう言って教皇が指さした先の魔法陣は相変わらず眩い光を放っている。


「大聖女クラウディア、気分はどうかな?」


 するとクラウディアは鋭い視線を教皇に向けてきた。


「神の御心の前に気分など関係ありません。たとえ勇者様であろうとも神の前には小さな存在です。わたくしの使命は勇者様にも神の存在を伝え、神に帰依していただくことです。教皇ともあろうお方がそのようなことを問うとは……」


 嘆かわしい。


 そう言わんばかりにクラウディアは深いため息をついた。


 その様子に教皇は一瞬たじろいだが、すぐに表情を元に戻す。


「だがな。儂は神の啓示を受けたのだ。この度ご降臨なる勇者様は大聖女クラウディア、そなたの運命の男性である、とな。大聖女クラウディアにもついに春が来るのだ」

「は?」


 クラウディアは不快そうに眉をひそめた。


「わたくしの心はすでに神に捧げております。この身も、この心も、すべては神のものです。わたくしが男にうつつを抜かすなど、侮辱しているのですか?」


 氷のような鋭い瞳で教皇をギロリとにらんだ。


「うむ。儂もまさかとは思ったのだ。だが、神の啓示だからな。神のおっしゃることに間違いがあるとは思えぬ。であれば、それもまた神の思し召しなのであろう」

「……そのようなことを神がおっしゃるとは思えませんが」

「うむ。だからこそ、儂はこの場にわざわざそなたを呼んだのだ」

「……」

「まずは結果を見届けてみようではないか」


 そう教皇が言うと、胸元に輝く聖導のしるしの赤い宝玉が淡い光を放った。


「……いいでしょう。どのみち結果は変わりません」


 クラウディアは教皇に冷ややかな視線を向け、それから魔法陣のほうを見た。


 それからしばらくすると徐々に光が消えていき、魔法陣の中心に将司が召喚されたときに着ていたのと同じ学生服を着た男の子が現れた。


 身長は百七十センチメートルほどの彼はぼさぼさの黒髪に自信なさげな表情をしており、太ったその体格は運動とは無縁であることを示している。


 そんな彼を見たクラウディアは目を見開いた。その頬もほんのわずかではあるが上気している。


「え? え? ここは?」

「勇者様、ようこそお越しくださいました」


 教皇は穏やかな表情で歩み寄ると、そう語りかけた。


「勇者? え? だ、誰の……」

「あなた様のことでございます」

「え? ぼ、僕が……」

「はい」

「……」


 眉をひそめた彼に教皇は穏やかな笑みを浮かべる。


「申し遅れました。儂はヨーハン十三世、聖導教会の教皇です」

「聖導……教会?」

「はい。魔族による侵略により、我々人族は存亡の危機に立たされております。勇者様、どうか我々をお救いください」

「え? で、でも僕は戦いなんか……」

「いいえ、そのようなことはございません。召喚に応じていただいた勇者様は必ず高い魔力を持つと言われております」

「え? 魔力? 魔法があるんですか?」

「ええ。ええと、お名前をお教えいただけますか?」

「あ、はい。宮間宅男です」

「ミヤマタクオ様」

「あ、いえ、宮間が苗字で宅男が名前です」

「……そういうことでしたか。ではタクオ様、タクオ様は必ずや強力な魔法を使えるようになります」

「……」

「ですのでどうか我々をお救いください、と申し上げたいところですが」

「え?」

「すぐにお決めになることは難しいでしょう。タクオ様はきっと平和な世界で生きてこられたのでしょう?」

「……はい」

「ですから、まずはゆっくりとこちらの世界をお知りになってください。どうするかお決めになるのはそれからで結構でございます」

「はぁ」


 宅男はポカンとした表情を浮かべている。


「それよりも二人、ご紹介いたしましょう。こちらは我々聖導教会が誇る聖騎士団の団長、ルーカスです」

「勇者様、ルーカスでございます。どうぞお見知りおきを」

「は、はい」

「そして隣にいるのが大聖女クラウディアでございます」

「っ!?」


 クラウディアの姿を確認した宅男は顔を赤くして目を見開いたが、すぐに恥ずかしそうに顔を背けた。


 一方のクラウディアは宅男の姿を見るとすぐに頬を染め、恥ずかしそうに顔を伏せる。


「おやおや、これはこれは」


 教皇は微笑ましいものを見たと言った様子で穏やかな笑顔を浮かべた。一方のルーカスは表情を一切変えていない。


「大聖女クラウディア、勇者様にご挨拶を」

「は、はい」


 クラウディアは顔を頬を染めたまま、優雅に微笑んだ。


「勇者タクオ様、わたくしは聖導教会の大聖女クラウディアでございます。ああ、素敵な勇者様にお目にかかれて光栄ですわ」


 はにかみながらも感激した様子で極上の笑顔を浮かべたクラウディアに対し、タクオは顔を赤くしながらも締まりのない笑みを浮かべる。


「た、宅男です。よ、よろしくお願いします!」

「はいっ!」


 宅男にそう言われ、クラウディアは心底嬉しそうに微笑む。


「大聖女クラウディア、タクオ様に大聖堂をご案内して差し上げなさい」

「まあ! 承りましたわ。それでは、タクオ様。どうかわたくしにこの大聖堂を案内させてくださいませ」

「は、はいっ!」


 心底嬉しそうに幸せそうな笑顔を浮かべるクラウディアとは対照的に、宅男は耳まで赤くしてぎこちなく答えた。


「さあ、参りましょう」


 クラウディアはそう言うと、タクオを連れてホールを出ていった。


「あのクラウディアが……すさまじいな」

「クラウディアは神の教えに忠実です。だからこそ、神の思し召しであるという認識さえさせることができれば操るのは容易です。神の教えは男女の愛を否定しておらず、聖女の還俗げんぞくも認めておりますから」

「どの程度までやらせることができる?」

「深く洗脳していませんので意に反するようなことはさせられません。彼女に与えたのは勇者タクオこそが神の与えた唯一無二の伴侶であり、最高の男性であるということだけです」

「……なるほど。だがこのままいけばクラウディアは還俗望むのではないか?」

「そうなるでしょう」

「だがそうなっては……」

「勇者と大聖女の血を受け継いだ子は新たなる勇者、大聖女となるでしょう。そうなることはむしろ我々の望むところ」

「……そうか。そうだな。だがあの勇者には役に立ってもらわねば困る。貴重な聖女を三人も潰したのだ。ルーカスよ、確実に魔王を仕留められるように鍛えるのだ」

「かしこまりました」


 ルーカスは表情を変えずにそう答えたのだった。

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