第109話 睨み合い

 出陣の日、私の隣には当たり前のようにニール兄さんがいたので私は思わず声をかける。


「ニール兄さん、本当に大丈夫なの?」

「ああ。それに俺はホリーを守るために来ているんだからな」

「でも、無理してニール兄さんが倒れちゃったら……」

「大丈夫だって。これでも鍛えてるんだ。ホリーのおかげで傷も残ってないし、魔力だって完全回復したよ」


 そういってニール兄さんは元気だと身振り手振りでアピールする。


「本当に無理してない?」

「してないよ。だから俺を信用しろって」


 そういってニール兄さんは私の頭をポンポンと撫でてきた。


「ちょっと、子供扱いしないでよ」

「ははは。兄を信用しないからだ」

「もう、何よそれ? 私は心配して言ってるんだからね?」

「それなら俺だって一緒だ。いくら護衛が一緒でも、ホリーを一人で戦場に行かせるなんてできるわけないだろ?」

「う……」

「な? お互い様だから。それにあの黒髪野郎はいきなり斬りかかってくる奴だって分かってるんだ。あんな無様な負け方はもうしないさ」

「……うん。お願いね?」

「ああ」


 こうして私たち魔族を滅ぼそうと攻めてくる人族を迎え撃つため、出陣するのだった。


◆◇◆


 私たちはボーダーブルクの南に広がる平地にやってきた。ところどころにうっすらと雪が積もっており、これからもうしばらくすればこのあたりも一面の銀世界となることだろう。


 私たちの前には二十メートルほどの幅がある川が流れており、その川を挟んで人族の軍と対峙している。川に架けられていた橋は落としておいたため、人族の進軍はそこで止まっている状態だ。


 最初は無理やり渡ってこようとしたそうなのだが、かなりの被害を出して諦めたようだ。


 というのもどうやらあの川の中央あたりはかなり深いらしく、鎧を着たまま泳いで渡るというのは難しい。かといって鎧を脱いで渡ればそれこそ弓矢の的だ。


 しかもこちら側の騎士のほうが数メートル高い場所にあるため、私たちとしてはなおのこと守りやすい。


 そんなわけで人族たちは川を渡ることができずにいるのだ。


 私たちがいるのは川の上流側の後方だ。エルドレッド様は秘密の作戦のために山のほうへと向かったため、今はボーダーブルクのトラヴィスさんという人が率いる部隊に守ってもらっている。


 私の出番はしばらく先なので、このまましばらく待機だ。


 それに今は私がここにいることを悟らせないため、もし怪我人が出たとしても私は治療せず、町にあるいつもの臨時病院へ運ぶことになっている。


 できることならすぐに治療をしてあげたいが、こればかりは仕方がない。


 ただ唯一の救いは、川を挟んで睨み合っているおかげで私たちの中から怪我人が出ていないことだ。


 できることなら戦争なんて一日でも早くやめてほしいのだけれど……。


 それから私はショーズィという男のことを思い出してみる。


 ちょっと虚ろな目をしていて、私を助けるとおかしなことを言っていた。でもマクシミリアンさんが裏切ってからは様子がおかしかったし、悩んでいる様子でもあった。


「ねえ、マクシミリアンさん」

「姫様、臣下にさんは不要ですじゃ」


 当然のような顔をして私の隣で控えているマクシミリアンさんだが、私としてはマクシミリアンさんの話を信じたわけではない。


 たしかにマクシミリアンさんの言っていることには真実味があった。しかしだからといっていきなり人族のお姫様でした、なんて言われても正直困る。


 私はおじいちゃんの孫娘で薬師だ。


 それ以外の何者でもない。


 私はリリヤマール王国なんていう国は知らないし、マクシミリアンさんの言っていた私のお母さんのようにその国民を守る義理もなければ責任もない。


 もちろん、その人たちがもし患者さんとして私のところに来たならばもちろん治療する。だが、女王になってよく知りもしない人たちのために命をなげうつなんて考えられない。


 ましてや生まれたばかりの娘がいるというのに!


 私は小さくため息をつくと、思考をショーズィという男のことに戻した。


 話の真偽はさておき、マクシミリアンさんは少なくともショーズィという男や聖導教会の仲間でないことは間違いない。


 もしマクシミリアンさんがあの男の仲間なのであれば、きっとあのとき連れ去られていたはずだ。


 それに私に会うためにショーズィという男を利用していただけのようだし、それであれば今はあの男を説得する手伝いをしてもらったほうがよほどマシだろう。


 そんなわけで、捕虜ではなく私に仕える騎士 (?)として身辺警護の任務をしてもらっているというわけだ。


 といってもホワイトホルンまでついて来られるとそれはそれで困るのだけれど……。


「ねぇ、マクシミリアン。あのショーズィという男はどういう男なの?」


 私はお姫さまっぽい感じでマクシミリアンさんに尋ねる。


「はっ! ショーズィは聖導教会の勇者でございます」

「勇者?」

「勇者とは聖導教会の言う悪の化身、すなわち魔族を滅ぼす者のことです。勇者の使命は魔王を倒すこと、つまりエルドレッド殿下のお父上を殺すことです」

「魔王様を?」


 やっぱりわからない。


 どうして私たちが一方的に悪と言われなければならないのだろうか?


 どうして魔王様が殺されなければならないのだろうか?


 一方的になんの罪もない人たちを殺しているのは人族のほうではないか!


「姫様、聖導教会はの掲げている教義によりますと、人とは人族のことのみを指すのです」

「え?」

「魔族とは邪神によって生み出された悪しき存在であり、その加護を受けているがゆえに魔力が強く、ゾンビを操ることができるとしているのです」

「はい?」


 あまりにも突拍子のないことを言われ、思わず変な声が出てしまった。


 邪神なんて聞いたことがない。


 それにそもそも私たちは普段神様の存在を意識することはないし、意識するとしてもお葬式やお墓参りのときくらいなものだ。


 これは魔族も人族も同じようなものだと教わってきたけれど……。


「我らがリリヤマール王国と聖導教会の考え方は相容れないものでございましたので、そのような表情をなさるのも無理はないでしょう」

「そうですか……」

「姫様、ワシのような臣下に敬語は不要ですじゃ」

「あ……」


 どうにも慣れないけれど、今は仕方ない。


「それで、勇者は強いの?」

「人族の中であれほど強い魔力を持つ者をワシは見たことがございません」

「そんなに……」

「魔力とは本来血筋によって決まるものです。ですが、あれほどの魔力を持つ家系をワシは存じ上げておりませぬ」

「そうなんで……そうなのね」

「……はい。そのような家系があれば有名になっているはずですが、ショーズィ殿についてはその出自が一切不明です。それこそ、突如現れたとしか思えないほどに」


 まさかいきなり現れるなんてことはないだろう。


 黒髪なところを見ると、あの男はもしかすると魔族の血を引いているのかもしれない。


 もしそうだとするならば、遠い親戚くらいはこちらに残っているかもしれない。


 親戚を自分自身の手で殺すなんてことになったら可哀想だし、これ以上罪を重ねさせないようにきちんと説得しなくては。


 私は心の中で決意を新たにしたのだった。

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