第108話 作戦会議
私は町庁舎で行われる作戦会議にエルドレッド様と一緒に参加している。
話したことがある人はオリアナさんだけだが、他にも前に勲章を
「ブライアン将軍が討たれ、コーデリア峠はおろかボーダーブルク南砦まで失陥した。さらに人族どもは支村を回っては虐殺を繰り返している」
オリアナさんがそう言って、壁に貼り出された大きな地図を棒で指し示している。その地図のあちこちに赤いバツ印がつけられており、それらはすべて人族の侵略者たちによって住民が皆殺しにされた村らしい。
なんでそんな酷いことをするのか、私にはさっぱり理解ができない。
「エイブラム将軍がこの虐殺を止めるために奮闘してくれているが、根本を叩かねば解決しない」
オリアナさんは地図上で色の変わっている地域を指し示した。この地域の村には赤いバツ印がついていないので、きっとその将軍が頑張って守ってくれているのだろう。
「前回と同じ罠を仕掛けるスペースはあるが、残念ながら敵は前回罠にはまったのを警戒してか、部隊を小分けにして進んできている。そう簡単には引っかからないだろう」
オリアナさんは指示棒でボーダーブルクとコーデリア峠の間の平地をトントンと叩いた。
「諸君も知っているだろうが、我々が敗退している原因は主に二つ。一つは魔法を無効化する聖導教会の連中の装備だ。そしてもう一つは黒髪の戦士の存在だ」
その言葉に、会議室は重苦しい雰囲気となった。
「無論、私とてむざむざ敗れるつもりはない。そこでホリー先生、貴女から提案があると聞いている」
「はい」
私は席を立ち、エルドレッド様と準備してきた内容を話し始める。
「提案というのは、その黒髪の戦士を無力化できるかもしれないということついてです」
すると列席している人たちがピクリと眉を動かした。
「まず、あの黒髪の戦士の狙いは私です。私を魔族から助け出して、人族の領域に連れ帰りたいのだそうです」
「なっ!?」
「馬鹿な!」
「ホリー先生! そのような要求に応じるおつもりですか?」
さすがに戦っている相手を説得するというのは無茶苦茶な提案に聞こえたようで、集まっている人たちは少し怒っているように見える。
「聞いてください。私は魔族の同胞で、私の故郷は魔族領にあります。育ててくれた祖父だって魔族です。そんな要求に従うつもりはありません」
私がそう言うと少し落ち着いたので、私は言葉を続ける。
「私たちはボーダーブルク南砦でその黒髪の戦士に遭遇し、危うく連れ去られそうになりました。ですが、そのときあの黒髪の戦士がとても不安定で、説得できる相手だと感じたんです」
「不安定? それはどういうことだ?」
オリアナさんが怪訝そうな表情でそう聞き返してきた。
「はい。よくは分かりませんが、あの男はエルドレッド様が魔族の何が悪いのかを聞くと混乱し、悩んだ様子でした」
「悩む?」
「はい。だから、もしかしたら説得できるんじゃないかって思うんです」
ホリーのその意見に魔族たちは眉をひそめた。
「なるほど。かの名高きグラン先生の後継者というだけはあってお優しい方のようだ」
参謀長のローレンスさんが立ち上がり、少し
「だが、連中の狙いはホリー先生、貴女なのだ。その貴女が前線で戦う黒髪の戦士をどう説得するおつもりか?」
「そ、それは……」
「我々はホリー先生に感謝している。だからこそ、貴女を守ろうとしているのだ。それなのにその貴女がそのような無茶をするなど!」
「ローレンス、落ち着け」
ローレンスさんはやや
「だがホリー先生、ローレンスの意見もまた一理ある。特にホリー先生は前線で戦うだけの力を持っていないのだろう?」
「はい」
「であれば、そのような場を作ることがまず不可能だ。仮に黒髪の戦士と対峙できたとして、説得するだけの余裕がある状況にすることは難しいだろう」
オリアナさんは険しい表情でそう言った。
すると、エルドレッド様が援護射撃をしてくれる。
「その点については、私に策があります」
「どういうことでしょう?」
「まず、ホリーさんが黒髪の戦士と対峙したときに説得できる状況を作り出せるか、という点についてです。結論から言えば、黒髪の戦士だけをおびき寄せることができれば可能です」
「それは、当然でしょう。だが黒髪の戦士だけを包囲できているのであれば、説得などせずに倒してしまえば良いのではありませんか?」
「いや、それではかなり大きな犠牲が出てしまいます。何せブライアン将軍を討つほどの実力の持ち主です。装備の力を借りているという部分もあるでしょうが、並大抵の相手ではないと考えるべきですう」
「ならばなおのこと! ホリー先生に近づけるなど危険ではありませんか」
「いや、そうでもありません。ホリーさんの聖域の奇跡であれば、おそらくあの黒髪の戦士の動きを封じられるはずなのです」
「……聖域の奇跡? それは一体なんでしょうか?」
「ホリーさん」
「はい」
エルドレッド様に話を振られ、私は説明を始める。
「聖域の奇跡というのは、すべての悪しき力を振り払う聖域というエリアを一時的に作り出す奇跡です。本来はゾンビが入ってこないようにするために使うんですけど、なぜかあの黒髪の戦士にも効果があったんです」
「どのような効果が?」
「腕を
「つまりホリー先生はその身を囮とし、聖域の奇跡で黒髪の戦士を無力化すると?」
「はい」
「……ホリー先生。本当にいいのだな?」
「はい」
念を押してきたオリアナさんに私はしっかりと返事をした。
「そうか……」
オリアナさんは心配そうな表情を浮かべつつも、小さく「すまない」と謝ってくれた。
「私はエルドレッド殿下とホリー先生を信じてみようと思う。反対の者はいるか?」
「……恐れながら」
ローレンスさんが再び手を上げた。
「なんだ?」
「エルドレッド殿下がそこまでおっしゃるなら賭けてみるのも
厳しい表情と口調でそう言うローレンスに対し、エルドレッド様は自信満々な様子で答える。
「それについても策があります。今まで敵は常に黒髪の戦士を先頭に進軍してきており、黒髪の戦士がいない場所では正面からの戦闘を避けています。これはすなわち、敵に強力な駒が少ないことを示しています。であれば我々はそこを突きましょう。具体的には――」
エルドレッド様が衝撃的な作戦を説明した。
「なるほど。その作戦であれば分断するにはたしかに効果的ではありますが……」
おおまかな作戦の内容を聞いたローレンスさんはちらりとオリアナさんのほうを見た。
「……仕方ない。このまま虐殺されるよりはマシだろう。川の向こう側はもう無人地帯だ」
渋い表情でそう言ったオリアナさんの視線の先には赤いバツ印のたくさんついた地図がある。
「よし、その作戦で行こう」
オリアナさんはそう宣言したのだった。
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