第107話 人形劇

 翌日、将司はルーカスに連れられてアリシアの天幕を尋ねていた。


 アリシアの天幕はまるで豪邸の一室であるかのように整えられており、ここが峠の上であるということ忘れてしまいそうなほどに快適だ。


 アリシアは椅子に腰かけ、テーブルを挟んで将司が反対側の椅子に座っている。


「それでは勇者様、私は外で待っております」

「はい」

「ええ、ありがとう」

「侍女たちも退出せよ。私が入口で控えている」


 ルーカスがそう言うと、侍女たちは黙ってそれに従った。侍女たちが退出したのを確認したルーカスもそのまま退出していった。


 二人きりになったアリシアはどこか嬉しそうな様子で口を開いた。しかしその口ぶりとは裏腹に、瞳は虚ろで光がない。


「勇者様、お加減はいかがですか?」

「はい。聖女アリシア様のおかげでもう大丈夫です。本当は早く魔族を殺してあの娘を助けたいんですけど団長がまだダメだって言うんです」


 虚ろな瞳のまま慈愛に満ちた微笑みを浮かべながらそう心配するアリシアに対し、将司は戦いに出られないことに対する不満を漏らす。


「まあっ。勇者様ったら」


 アリシアは屈託なく笑うが、やはりその瞳は虚ろで光はない。


「もう大丈夫なんです。ねえ? 聖女様? もう大丈夫ですよね?」


 将司はアリシアのお墨付きをもらおうと必死にそう言うが、将司の瞳もまた虚ろで光はない。


「あらあら、勇者様ったら。じゃあ、お腹を見せて下さる?」


 瞳に光がないことを除けば、アリシアの態度はまるでいたずら好きな弟を微笑ましく見守る姉のようにも見える。


 アリシアは将司の前に屈み、服をめくるとそっと将司のお腹を確認する。


 よく鍛えられた割れた腹筋にはブライアン将軍につけられた傷跡はどこにも見当たらない。


「触っても痛くありませんか?」


 アリシアは将司の腹筋を強く押しながら確認をしていく。


「はい。どこも痛くありません」

「そう。それは良かった」


 そう言って顔を上げたアリシアは、なぜか少し恥ずかしそうにしている。


「あの?」

「あっ。ごめんなさい。わたくしったら……」


 そう言って虚ろな瞳で恥ずかしそうに顔を伏せた。


 虚ろな瞳でじっとアリシアを見つめる将司に対し、アリシアはしどろもどろになりながら言い訳を始める。


「あっ、そのっ、あの、勇者様って、とても素敵な男性だなって……その、だから戦いに行ってお怪我をされたらって考えたら……わたくし……」


 恥ずかしそうに話すアリシアに対し、将司はしっかりと答える。


「聖女アリシア様。とても嬉しいですけど、俺、心に決めた人がいるんです。一目惚れで想いも伝えられてないんですけどね。でも、俺はどうしてもその娘を助けなくちゃいけないんです」

「あ……そう、ですわよね。勇者様は魔族に操られた聖女の方を助けるために頑張ってらっしゃるんですのよね。それなのにわたくしったら……」


 アリシアは切なげな表情を浮かべ、虚ろな瞳から涙が零れ落ちる。


「ああ、わたくし、その方が羨ましいですわ。でも、きっと勇者様ならその方を助けて差し上げられますわ。わたくし、勇者様が想いを遂げられますことを神にお祈りしますわ」

「はい。すみません」

「勇者様、お怪我はもう大丈夫です」

「ありがとうございます」

「どうかご武運を」


 こうして虚ろな目をした二人は別れ、将司はアリシアの天幕を後にした。


 その様子を見守っていたルーカスは小さくつぶやく。


「なるほど、こうなるのか。これは使えそうだな」


 将司と入れ替わりで天幕に入ったルーカスはアリシアの前に歩いていく。


「聖女アリシアよ。勇者ショーズィへの想いは気のせいだった。勇者ショーズィも今日のことは気にしていないので、忘れるのだ」

「え? ……はい」


 アリシアは虚ろな表情でそう言って頷いたのだった。


◆◇◆


 その後、回復した将司はホリーを助けるために戦場へと身を投じた。


 将司の活躍はすさまじく、ボーダーブルク南砦はわずか一週間で陥落することとなったのだった。

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