第106話 操り人形
「あ、あれ? ここは? ……あなたは?」
目を覚ました将司は自分の手を握り、肩で大きく息をしているアリシアに気付き、そう尋ねる。
「わたくしはアリシア、聖導教会の聖女です。勇者様、もう大丈夫ですわ」
アリシアはそう言って微笑んだが、相変わらずその瞳は虚ろで光がない。
「っ!?」
その異様さに将司は思わず息を呑んだ。
「勇者様、聖女アリシアはあなたの治療に奇跡を使われ、大変にお疲れだ。話すのはまた後でも構わないだろう。おい!」
ルーカスがそう外に向かって呼びかけると、五人の女性が入ってきた。全員が修道服を着ており、そのうち四人は若い少女のようだ。
「聖女様を休ませて差し上げろ」
「かしこまりました。さあ、アリシア様」
「ええ」
アリシアはそれに素直に従って両手を差し出すと、二人の少女に立ち上がらせてもらった。
続いてアリシアの長い髪を踏まないように気をつけながら、二人の少女がアリシアの背後に立ち、薄い布で作られた長いマントの左右をそれぞれ持ち、タイミングを合わせて持ち上げた。
するとアリシアの長い長い金髪が地面から離れ、まるで黄金のウェディングヴェールかのように揺らめいていく。
最後に大人の女性がアリシアの前に立ち、先導しながら歩いていく。どうやら彼女は扉を開けるなどする係のようだ。
そうして五人もの少女に
「勇者様、どうされたのですか?」
「あ、いえ……その、聖女って言うのは、みんなああなんですか? あれじゃあ一人で……」
「髪の長さと奇跡の力は直結します。だからこそ、ああして侍女たちが世話をすることになるのです」
「そんな……自由に出歩けないなんて」
アリシアの虚ろな瞳を思い出し、そして介助なしには自分で歩くこともままならない聖女という存在に疑問を抱いた将司の口からそんな言葉がポロリと
「聖女とはそのようなものです。それより勇者様はなぜ魔族どもの村で倒れていた経緯を教えていただきたい」
「え? あ……」
将司は村で行われていた見るに堪えない惨劇を思い出し、顔をしかめた。
「どうしてあんな……まさか本当に虐殺とレイプをしていたなんて……」
将司がそう呟いたのを聞いたルーカスは、表情を変えないまま小さな声で呟く。
「……不完全だったか」
しかしその呟きは将司には聞こえていないようで、険しい表情をしたままだ。
「団長、どうしてあんなことを! やっぱり魔族だって――」
「勇者様、よくお聞きなさい」
ルーカスはそう言って将司の前に手をかざした。するとネックレスの赤い宝玉が強い光を放ち、将司の瞳から光が消える。
赤い光は膜となって将司の全身を包み込んだ。それでもなおペンダントは強い光を放ち続けている。
「魔族は殺すべき存在だ。一切の慈悲など必要ない。害虫を殺すのと変わらない。一匹逃がせば百匹に増える。魔族は害虫だ。雌は子を産み、子は親となってまた増える害虫だ。魔族は殺す。それ以外の考えは存在しない」
「あ、う……」
将司は虚ろな瞳のまま微動だにせず、ルーカスの言葉を聞いている。
「勇者よ。お前のすべきことは魔族に操られし聖女を助けることだ。復唱しろ」
「……俺のやるべきことは魔族に操られた聖女を助けること」
将司は虚ろな瞳のまま、抑揚のない声で復唱した。
「もう一度だ」
「……俺のやるべきことは魔族に操られた聖女を助けること」
「そうだ。助けることとは、生きたままサンプロミトに連れ帰ることだ。復唱しろ」
「……助けることとは、生きたままサンプロミトに連れ帰ること」
「邪魔をする魔族はすべて殺さなければならない。復唱しろ」
「……邪魔をする魔族はすべて殺さなければならない」
「分かったらすべてを復唱しろ」
「……魔族は殺すべき存在。俺のやるべきことは魔族に操られた聖女を助け、生きたままサンプロミトに連れ帰る。邪魔をする魔族はすべて殺さなければならない」
「もう一度復唱しろ」
「……魔族は――」
こうして将司は一時間以上にもわたり、ルーカスの前で復唱し続けた。
そしてルーカスはようやく将司の額にかざしていた手を下ろした。するとネックレスの赤い宝玉の放つ光が収まり、将司を包み込んでいた赤い光の膜も消える。
「勇者様、お加減はいかがですか?」
「はい。すっきりしました。長い間レクチャーしてくれてありがとうございます。おかげで俺がいかにおかしなことを考えていたかがよく分かりました」
すると将司はすっきりした表情で答えるが、その瞳は虚ろで、完全に光が消え失せている。
「俺、魔族を早く殺しに行きたいです」
「そうですか。ですが聖女アリシアに傷を診てもらってからです。それまで待ちください」
「でも!」
「勇者様、早まってはいけません。今はその間は気持ちを高めておいてください」
「……わかりました」
将司は虚ろな瞳でそう答えた。
「聖女アリシアが回復し次第、すぐに診てもらえるように手配しておきます」
「ありがとうございます!」
将司の力強い返事に対して無表情のまま小さく頷くと、ルーカスはそのまま天幕から退出していった。
「ああ、早くあの娘を助けに行きたいなぁ。そうだよ。早く助けなきゃ」
まるでその言葉に反応したかのように胸元のネックレスの赤い宝玉が淡い光を放つ。すると将司は虚ろな瞳のままでぶつぶつと呟き始める。
「助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ」
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