第105話 絡みついた糸
「あ、あ、お、俺は……魔族を……あれ? あの娘を……助け……あれ?」
ボーダーブルク南砦から逃げ出した将司はぶつぶつとそんなことを
「そうだ。魔族を殺さなきゃ……あれ? なんで殺……う、おぇっ」
突然将司はえずき始めた。
「た、たす……ころ……さな……きゃ? え? まぞ……く……を? え? あ、おぇぇ」
胃の中のものが逆流し、盛大にぶちまけた。そうして嘔吐を繰り返しているうちに、やがて胃の中が空っぽになったようだ。
えずいているにもかかわらず、何も吐き出すことができなくなっている。
「うぇぇぇぇぇ」
それでも将司の嘔吐は止まらず、何も入っていない胃から内容物を吐きだそうとえずき続ける。
そうしてえずき続けながらも、将司はふらふらと歩いていく。
そのままあてどもなく歩いていると、遠くの空に煙が上がっていることに気付いた。
「あ、う……」
将司を真っ青な顔でそう
◆◇◆
小一時間かけ、将司は煙の上がっている場所へとたどり着いた。
そこはヴァルトヴィルという名の魔族たちが暮らす小さな小さな村で、煙は村の家々が燃えている煙だった。
白い鎧を着た聖騎士たちが次々と逃げ惑う魔族を次々と刺し殺していく。
「早く逃げなさい!」
「お父さんっ!」
娘を守ろうとでもしているのだろうか? 白髪交じりの魔族の男性が女性を
しかし土の矢は聖騎士の持つ盾に弾かれ、一瞬で消滅する。
聖騎士は身体強化を発動すると一気に男性に近寄り、その首を一撃で
「いやあぁぁぁぁぁ! お父さん! このっ! よくもっ!」
そう叫んだ女性の腹を聖騎士は思い切り殴りつけた。
「あっ、おえっ」
女性はがっくりと蹲り、痛みからか体を小刻みに震わせている。
そんな女性の髪を聖騎士は乱暴に掴み、そのまま村の中央広場へと引きずっていくのだった。
その様子を見た将司は再び激しくえずき始める。
だが先ほどまでに胃の中身が空になってしまったため、吐き出されるのはほんのわずかの胃酸のみだ。
胃酸が喉を焼き、強烈な不快感に襲われた将司はがっくりとその場に膝を突いた。
すると突然、女性たちの悲鳴が響き渡る!
「イヤァァァァァァァァァァァァ!」
「やめてっ!」
将司がなんとか顔を上げると、その視線の先には信じられない光景が広がっていた。
なんと聖騎士たちが村の女性たちの上にのしかかっているではないか!
「え? ころ……す……え? あ、な、なん……で? あんなこと……え? あ、おぇぇ」
激しくえずいた将司は力なく倒れ、そのまま意識を失ったのだった。
◆◇◆
コーデリア峠に敷かれた人族の陣の奥深く、聖騎士団に与えられたスペースに一人の聖騎士がやってきた。そしてルーカスの前で跪き、報告を始めた
「団長! 報告します。勇者様を先頭にジャーミー峠の麓に築かれた砦を奇襲いたしましたが、勇者様、マックス殿をはじめ、攻撃に参加した兵の半数以上が行方不明です」
「そうか。わかった。下がれ」
ルーカスは顔色一つ変えず、淡々とした様子でそう答えた。
「はっ?」
「下がれと言ったぞ?」
「ははっ!」
全く表情の変わらないルーカスにそう言われ、聖騎士は慌てて退席していった。
それを見届けたルーカスは奥に設置された天幕へと入っていった。するとそこには驚くほど長い金髪を何メートルも床に這わせた一人の女性が立っており、その足元には苦しそうな表情を浮かべる将司の姿があった。
「聖女アリシアよ。どうだ?」
「はい。勇者様の傷は深くありません。傷口を綺麗にしましたので、あとは神より奇跡を賜ればきっと回復なさいますわ」
アリシアは穏やかな表情でそう言った。しかし彼女のモスグリーンの瞳は虚ろで全く光がなく、その胸元では聖導教会のシンボルをかたどったネックレスの赤い宝玉が天幕内を照らす光を反射して怪しく輝いている。
「そうか。やれ」
「かしこまりました」
アリシアは膝を突き、苦しむ将司の左手を両手でそっと握った。
「勇者様、今お助けしますわ」
それからアリシアは瞳を閉じ、静かに祈りを捧げる。
「万物を生み出せし父なる神よ。我、聖女アリシアが
アリシアが流れるように詠唱を行い、奇跡を発動した。
するとアリシアの両手がほんのわずかな金色の光を帯び、それが徐々に将司の体全体を包み込んでいく。
「う、あ……」
将司は苦しそうに
そして五分ほどが経過するとブライアン将軍につけられた腹の傷は完全に塞がり、その顔色もすっかり良くなっていた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
それとは対照的にアリシアは汗だくになり、肩で大きく息をしている。
その様子をルーカスは顔色一つ変えずに見ていたのだった。
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