第104話 出生の秘密(6)

「クソッ! キリがない!」


 レックスはそう悪態をついた。


 先ほどから迫りくるスケルトンを攻撃しているものの、すぐに再生してしまうためまったく数を減らせていないのだ。


「いいか! 絶対に王城に入れるな! なんとしてでもスケルトンを追い返せ!」

「はっ!」


 レックスの指示に騎士たちは奮闘するが、やはり倒しても死なない敵と戦うのは相当に過酷だ。


 奮戦してはいるものの、徐々に騎士たちはスケルトンの群れに押されて後退してしまう。


 次の瞬間、キラキラとした金色の光がスケルトンたちを包み込む!


 そしてすぐにスケルトンたちは灰となって崩れ落ちた。


「え? まさか!」


 振り返ると、なんとそこにはソフィアの姿があった。


 輝いていた髪が元に戻り、金色に変化していた瞳も元の水色に戻る。


「スケルトンはただ叩くだけじゃダメ。粉々にしてから燃やさないと倒せないわ」

「ソフィア! どうして」


 戻ってきたんだ、と言おうとしてレックスは口ごもった。


 そう。レックスはこうなることを薄々予想していたのだ。


「分かっているくせに。わたくしはリリヤマールの女王よ。この土地をアンデッドを操る者の自由になんかさせないわ」

「……」


 そう宣言したソフィアを見て、レックスは悲痛な面持ちとなった。


 お願いだから逃げてほしい。


 そんな想いからだろうか? レックスは縋るような目でソフィアを見ている。


「レックス、お願いだからそんな顔しないで? ね?」

「……」

「お願い。分かって?」


 レックスは泣きそうになりながらも首を縦に振った。


「ありがとう、レックス。さ、行きましょう」

「……ああ」


 レックスはそう答えると、ソフィアを横抱きにした。


「え? ちょっと?」

「ソフィア、愛してる」

「あ……」


 ソフィアは顔を真っ赤にし、小さく頷いたのだった。


◆◇◆


 それから二人は王城内をゆっくりと歩きながら、様々な話をした。


 出会った日のこと、惹かれ合った日々のこと、結婚した日のこと、喧嘩をしたこと。


 そして何より二人の大切な宝物のこと。


「きっと、ホリーはソフィアに似た素敵で優しい女の子に育つぞ」

「あら、きっとレックスに似て正義感の強い子に育つわ」

「いや、ソフィアに似る」

「ううん。レックスに似るわ」


 そう言い合い、そしてふっと表情を緩めた。


「いや、どっちでもいいな」

「ええ。健やかに育って、幸せに笑っていてさえくれれば……」


 そんな二人の後について歩いている騎士たちはいたたまれず、ポタポタと大粒の涙を流している。


 やがて彼らは王城の地下にある祭壇の間にやってきた。そこには何も捧げられていないが、祭壇全体が優しい光に包まれている。


「レックス」

「ソフィア」


 二人はじっと見つめ合い、それから情熱的なキスを交わした。


 そして……。


「レックス。ありがとう。愛しているわ。ずっと、ずっと……」

「ああ。ソフィア。俺のほうこそ、愛してる」


 そうしてソフィアはするりとレックスの腕の中から抜け出し、祭壇の前に跪いて祈りを捧げた。


 すると次の瞬間祭壇から金色のまばゆい光が放たれ、ソフィアを包み込んだ。


 やがてその光は王城全体を包み込み、徐々にその範囲を広げていく。


 その光の範囲内にいたすべてのアンデッドたちは灰となって消滅し、ゾンビとスケルトンの脅威に晒されていた町は歓喜に沸いた。


 町中でリリヤマール女王ソフィアの名が呼ばれ、住民たちは感謝を捧げる。


 だが、祭壇の間では……。


 ドサリ。


 ソフィアが力なく崩れ落ちた。


 レックスはソフィアに近づくと、大粒の涙を流しながらその体をそっと抱き上げた。


 先ほどまでは元気に笑っていたのに。


 先ほどまではたしかに感じられたのに。


 ソフィアの心臓は鼓動を止めており、その体からは急速に温もりが失われていく。


「あああああああああああああ!」


 レックスの慟哭どうこくが祭壇の間に響き渡るのだった。


◆◇◆


 ソフィアが命を捧げた翌日、サンプロミトにシェウミリエ帝国軍、ヴェルヘイゲン王国、そして聖導教会聖騎士団がまるでそのときを待っていたかのように示しを合わせて襲い掛かってきた。


 女王を失い、さらに昨晩のアンデッドへの対応で疲弊していたリリヤマール兵たちは成すすべなく蹂躙じゅうりんされた。


 兵たちは王城へと押し寄せ、瞬く間に侵入を許してしまう。


「王女だ! 生まれたばかりの赤子を探せ!」

「絶対に殺すなよ! 生きて捕らえるんだ!」

「女王の死体もだ!」


 そう叫んで侵略者が王城内を探し回るが、ホリーが見つかることはなかった。


 やがてマクシミリアンたちは白い布の塊を抱え、それぞれがまるで王女を逃がすかのような素振りを見せながら脱走を開始する。


 そんな彼らには当然追手がかかり、一人、また一人と殺されていく。


 マクシミリアンもまた追っ手に見つかり、戦いの末に崖下へと転落したのだった。


◆◇◆


「こうしてワシは死を覚悟しましたが、運よく崖下には川が流れておりましてな。九死に一生を得たというわけですじゃ」


 マクシミリアンさんは寂しそうにそう言った。


「ワシは、もう政治には関わるまいと思いましたが、やはり諦めきれませんでした。姫様を探し、魔族領へと行く方法を模索し、そうして生きておりました。ですが、先の戦争で金色の髪が輝き、瞳の色が金に変化する聖女が魔族の中にいるという噂を聞きましてな。陛下と殿下のお顔が、そして赤子だった姫様のお顔を思い出し、もう居ても立っても居られなくなり、こうしてはせ参じたのでございます」


 マクシミリアンさんは当時のことを思い出したのかその目は潤み、今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。


「……あの、それで、私のお父さんは……?」

「殿下は……殿下は陛下のご遺体を守るため、三日三晩戦い続けたと聞いておりますじゃ。ですが最後は魔法で火あぶりにッ!」


 マクシミリアンさんはついに大粒の涙をボロボロと流し始めた。


「姫様! 申し訳ございませんでした。あのとき! あのときワシがもっと強ければ!」

「あ、その、そんなことは……」

「ご両親をお守りできず申し訳ございませんでした! ですが今度こそはッ! 何があっても! 必ずや御身をお守りいたします!」

「は、はい」

「ですからどうか! どうか剣を捧げることをお許しください!」


 マクシミリアンさんは涙ながらにそう懇願してきた。


「わ、わかりました。わかりましたから……」

「ありがたき幸せにございます! 姫様!」


 マクシミリアンさんはそういってボロボロと涙を流し続けたのだった。

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