第110話 猪突猛進

 川を挟んで両軍た対峙して二日が経過した。人族の陣地では将司が強硬な突撃を主張している。


「今すぐに攻撃すべきです。川なんてどうにかなります!」

「どうにかって! どうするつもりですか!」

「突撃するんです! 俺たちは一匹でも多くの魔族を殺し、魔族に操られた聖女を救い出さなきゃいけないんです!」

「ですが勇者様!」

「ですが? 目の前にあれほどの魔族がいるんですよ? 早く殺さなくちゃいけないのにこんなところで足止めだなんて!」


 将司のあまりの過激な言動に一部の者は眉をひそめているが、一方でそうだとそうだとうなずいている者もいる。


「いつまでこうしているつもりですか!」


 将司が机をバンと強く叩いた。


 これほど感情的に話しているにもかかわらず、将司の瞳は相変わらずうつろなままだ。


「それは……」


 眉をひそめていた者は口ごもり、残る者たちはそうだそうだと頷く。


「代案がないなら、俺一人でもやらせてもらいますからね」

「勇者様!」

「お待ちください!」

「魔族を殺す! 正義を成そうと考える者は俺について来てくれ!」


 将司がそう大声で叫ぶと、賛同していた者たちが一斉に立ち上がった。


「ありがとう。行こう! 魔族を殺すんだ! そしてあの娘を、聖女を助けるんだ!」

「そうだ!」

「魔族を殺せ!」

「聖女様をお助けするんだ!」

「正義は俺たちにあり!」

「うおおおおおおおお!」


 こうして将司と一部の信奉者たちは周囲の反対を押し切り、川を渡ろうと前に出るのだった。


◆◇◆


「オリアナ閣下! 黒髪の戦士を先頭に渡河するつもりのようです!」

「黒髪の戦士には構う必要はない! 残りを渡らせるな!」

「はっ!」


 オリアナの指示を受け、前線の兵士たちは将司以外を魔法や矢で前進してくる人族の兵士たちを攻撃していく。


 それに対して川岸までたどり着いた将司は思い切り魔法を放ち、川の水を一瞬にして凍らせた。


「みんな! 俺に続けぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 将司はそう叫ぶと、川の上にできた氷の橋を全力で駆け抜けていく。


「勇者様に遅れるな!」

「続けぇ!」


 将司の架けた氷の橋を躊躇なく残りの兵士たちも渡っていく。


 将司は膜のようなもので矢をはじき、魔法は聖剣で次々と無効化し、あっという間に対岸へとたどり着いた。


 しかしその他の兵士はそうはいかず、七~八割ほどの兵士はなんらかの攻撃を受けて倒れ、あるいは負傷してしまった。


 やがて氷の橋は上流からの水の流れに押し流されていく。倒れた、あるいは負傷して動けなくなった兵士はその冷たい川の流れに飲み込まれ、消えていった。


 しかし将司はそんな犠牲など顧みず、ただがむしゃらに前へと進んでいく。


 その様子を見たオリアナは指示を出す。


「合図を送れ!」

「ははっ!」


 すると指示を受けた部下の男はゴルフボール大の白い球を取り出して魔力を込めると、身体強化を発動しながら空に向かって思い切り放り投げた。


すさまじいスピードで投げ上げられたその球はおよそ十秒間にわたって上昇し続け、やがて自由落下を始めるとすぐに白い閃光を放った。


「総員! 渡河した敵兵を殲滅せんめつせよ!」


 オリアナの指示が戦場に響き渡る。


「っ! 指揮官はあそこか!」


 将司は指示を出したオリアナのほうへと向かって突撃を始める。


 周りの味方の兵士がついて来られるかなどお構いなしに突き進み、猛スピードでオリアナのほうへと突進する。


 それに対してなんと魔族たちは自ら道を空けた。


「魔族は俺たちに恐怖しているぞ! 続け!」


 そう叫ぶが、将司は後ろから誰もついてきていないことに気付いていなかった。


 道を空けた魔族たちは将司が通り過ぎるとすぐにまた元の配置に戻り、渡ってきた人族の兵士たちへと攻撃を加え始めたのだ。


 そうしてたった一人で魔族たちの陣地の奥深くまでやってきた将司の前にオリアナが立ちはだかった。


「魔族! 殺す!」


 虚ろな目でそう叫んだ将司は身体強化を発動し、一気にオリアナとの間合いを詰めた。


 そしてすさまじい速さの連撃を繰り出すが、オリアナは腰に差したレイピアを素早く抜き放つと華麗にそのすべてを受け流した。


「魔族! 殺す!」


 虚ろな瞳でそう叫んだ将司は体力が切れることなどまるで考えていない様子で、すさまじい連撃を繰り返していく。


「まるでいのししだな。こんな者にあのブライアン将軍が敗れたというのか?」

「魔族! 魔族魔族魔族魔族魔族!」


 将司はギアを上げて、また一段と激しくオリアナに連撃を繰り出していく。


「ちっ! この猪が!」


 オリアナは連撃の合間にカウンターで目にも止まらぬ速さの突きを繰り出した。


「なっ!?」


 完璧なタイミングで完璧な場所に繰り出されたその突きは、将司の体勢からして決してとても避けられるものではなかった。


 しかしそれに反応した将司は魔法で自分自身に突風をぶつけ、無理やり移動することでその突きを回避した。


「……なんだそれは?」

「魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す。魔族、殺す」


 しかしオリアナの問いには反応せず、まるで壊れた機械のように虚ろな瞳でぶつぶつとそう呟く。


「……ホリー先生、これは本当に説得できる相手なのか?」

「魔族ぅぅぅぅぅぅぅ!」


 将司がオリアナに再び斬りかかろうとしたちょうどそのときだった。


 川の上流から突如大量の水が土砂や倒木と共に濁流となって押し寄せ、一瞬にして渡河しなかった人族の兵士たちを呑み込んだのだった。

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