第101話 出生の秘密(3)

 七月九日午後一時、時計塔の鐘が鳴り響いた。


 その鐘の音を聞いた住民たちは歓喜に酔いしれる。


 人々は口々にソフィア陛下万歳、姫様万歳と叫び、近くの人と抱擁を交わし合って王女の誕生を喜び合った。


 あちこちでエールやワインが無料で振る舞われ、次々と酒樽が空になっていく。


「どんなお名前をお授けになるんだろうな?」

「さあな。ああ、お披露目が楽しみだ」


 人々は口々にまだ見ぬ王女の噂をし始める。


「さあさあ、今日はお祝いだよ! どんどん食べな!」


 陽気な音楽が鳴り響く。


 ある者は次々とお酒を飲み、ある者はダンスをし、ある者は歌いだす。皆がそれぞれの方法で世継ぎの誕生を祝うのだった。


◆◇◆


 王城にあるソフィアの居室では、疲れ切った様子のソフィアが小さな命を抱いていた。そんなソフィアにグランが近づき、声をかける。


「ソフィア陛下、がんばりましたな」

「ええ。グラン先生のお薬のおかげかしら。思っていたよりも元気なのよ」


 そう言って微笑むソフィアだが、やはりその顔には疲労の色が見てとれる。


「あの薬は痛みを減らすだけです。疲労は残っているのですから、安静になさってください」


 グランはいつもどおり、表情を変えず淡々とそう告げる。


「はい。でもね。本当に思っていたよりも元気なの」

「それは奇跡が使える程度に回復してから仰ってください」

「ふふっ。そうね。きっと民も待っているものね」

「でしたらなおのこと、今は安静にしてください」

「はーい」


 ソフィアはそう言うと、くすくすと笑った。


「あのね、グラン先生」

「はい」

「この子の名前はホリー。レックスと二人で決めていたの」

「……素敵な名前かと存じます」

「でしょう? ホリー、グラン先生ですよ」


 ソフィアはおくるみに包まれて気持ちよさそうに眠るホリーにグランを紹介するが、もちろん眠っているホリーが反応することはない。


 その様子にグランは小さく苦笑いを浮かべた。


「体調に問題はなさそうですので、これにて失礼します」

「あら、グラン先生がもう行っちゃうって。バイバイしましょうね~」


 ソフィアはホリーの小さな小さな手を握ると、グランにバイバイと手を振らせる。


 グランは困ったような表情をしながら一礼すると、ソフィアの居室を出たのだった。


◆◇◆


 日が沈み、夜の帳が降りたサンプロミトの町では未だにお祭り騒ぎが続いていた。


 路上のあちこちで酔いつぶれており、そういった者たちを引きずって家路につく者も散見される。


 だが人々の表情は一様に明るく、世継ぎの誕生を心から喜んでいるということが見てとれる。


 しかし次の瞬間、突如として町のあちこちにアンデッドが現れた。


 ゾンビだけでなく、人の骨がまるで生き返ったかのように動くスケルトンまで出現している。


 ゾンビは町の人々を次々と襲い、スケルトンたちは王城を目指して一直線に歩いていく。


 瞬く間に歓喜の祭りは惨劇の会場となった。


「うわぁぁぁぁ」

「助けてくれ!」

「来るな!」

「か、噛まれた!」

「助けて!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図に人々は我先にと逃げ惑うが、元々混雑していたせいで思うように人が動けない。


 あちこちで将棋倒しのような状態となり、そうして動けなくなったところにゾンビが襲い掛かる。


 しかしそんなゾンビを倒して回る者もいた。


 それは警備に当たっていたリリヤマール王国の騎士たちであり、その中にはフォディナから落ち延びてきたレックスたちの姿もあった。


「民を誘導しろ! 落ち着いて行動させるんだ! ゾンビどもは広場に集める!」


 次々と指示を飛ばすレックスのところに、別の騎士が駆け寄ってきた。


「殿下! スケルトンの群れが王城に向かっております!」

「なんだと?」

「殿下、ここは我々に任せ、早く陛下のところへ!」

「あ、ああ。わかった。ここは任せるぞ!」

「ははっ!」


 こうしてレックスは数名の部下を連れ、王城へと向かうのだった。


◆◇◆

 

 王城へと向かう道の途中、レックスたちはスケルトンの一団に遭遇した。カラカラと乾いた音を立てながらゆっくりと王城に向かって歩いている。


「こいつ!」


 レックスの部下の一人が立ちはだかるスケルトンに一撃を浴びせた。するとすぐにスケルトンはバラバラになって崩れ落ちる。


「これなら!」

「よし。こいつらはここで倒しておくぞ!」

 

 こうしてレックスたちは十体ほどいたスケルトンをすべてバラバラにすることに成功した。


 目の前には大量の白骨が散乱している。


「よし。いく……え?」


 レックスたちの目の前で信じられないことが起こった。


 なんとバラバラにしたはずのスケルトンたちが次々と起き上がり、元に戻ってしまったのだ。


 そしてスケルトンたちはレックスたちに目もくれず、カラカラと乾いた音を立てながら再び王城へと進んでいく。


「な、なんだこいつら?」


 レックスの部下たちは動揺した様子だ。


「……仕方ない。こいつらは無視し、王城を目指す! いいな!」

「「「はっ!」」」


 こうしてレックスたちは王城へと急ぐのだった。

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