第102話 出生の秘密(4)

 王城へとたどり着き、グランの指示で着替えを済ませたレックスはソフィアの居室にやってきた。


「あら、レックス、おかえりなさい。ほら、ホリー。お父さんにおかえりなさいは?」

「だーうーっ」

「ああ、ただいま。ホリー、はじめまして。君のお父さんだよ?」

「あーうぅ?」


 ホリーが返事らしき声を出していることに二人は目を細める。


「レックス、抱っこしてあげて」

「ああ」


 レックスは恐る恐るホリーを抱き上げた。


「レックス。そうじゃなくて、頭を支えるようにして、そう。そんな感じよ」

「あ、ああ」


 緊張した面持ちでホリーを抱き上げたレックスは幸せそうな表情を浮かべる。


「ホリー」

「あーう? あうー」


 ホリーはそう言うと、目の前に垂れてきているレックスの飾り緒を口に含んだ。


「あっ! こら! ホリー! ダメじゃないか」


 そう言って慌てて飾り緒を取り上げ、ホリーが悪戯できないよう抱っこする位置を変えた。


「あーうぅー」

「はは。ホリーは言葉が分かってるみたいな反応だね。もしかしたらホリー、天才なのかな?」

「ふふ。レックスに似たのかしら」

「いや、ソフィアに似たんじゃないかな」

「まぁ」


 ソフィアはふわりと笑い、レックスも微笑み返す。


 それからレックスはソフィアにホリーを渡した。


「あら? もういいの?」

「ああ。ちょっとやらなきゃいけないことがあるんだ」


 レックスがそう答えると、ソフィアは一転して真剣な表情になった。


「それは、城の中が慌ただしいのと関係があるのかしら?」

「っ!」


 レックスは息を呑んだ。


「ねえ、どうして教えてくれないの? わたくしはこの国の女王よ」

「……」


 レックスはじっと押し黙る。


「そう。どうしても教えてくれないのね」


 ソフィアはホリーを抱っこしたまま、窓際へと歩いていく。


「皆がわたくしたちの娘の誕生をああしてお祝い……え?」


 固く閉ざされたカーテンから町の様子を確認したソフィアは、あちこちで上がっている火の手に顔を強張らせた。


「どういう……こと?」


 ソフィアはしばらくの間呆然としていたが、真剣な表示になってレックスを問い詰める。


「ねえ、レックス。どういうことかしら? あの火の手は何? あんなにあちこちでってことは、お祭りで火事になったわけじゃないのよね?」

「……ああ」

「何が起きているの? 教えなさい」

「……言えない。言えば君は無理をする。私が解決するので、どうか信じてほしい」

「……分かったわ。レックス、あなたを信じるわ。でも終わったら、何が起きていたのか必ず説明してもらうわよ」

「ああ、約束する」


 それからレックスはソフィアに近づき、ソフィアに、続いてホリーの順でキスをする。


「ソフィア、ホリー、愛しているよ」

「ええ、わたくしもよ」

「うぅあー?」


 レックスは真剣な表情となり、ソフィアの居室を後にしたのだった。


◆◇◆


 ソフィアの居室を出たレックスのところへ一人のマクシミリアンが駆け寄ってきた。


「殿下! 大変です! アンタマナが!」

「アンタマナ? アンタマナがどうした?」


 アンタマナというのはリリヤマール王国の西部にある鉱山都市で、主に金や銀を採掘している。


「ヴェルヘイゲン王国軍による急襲を受け、壊滅しました!」

「なんだと!?」


 レックスは思わず声を荒らげた。


「ヴェルヘイゲン王国はなんと?」

「どうやら聖導教会の手引きのようでして、神を信じぬ悪魔を成敗する、と」

「クソッ! 何が聖導教会だ! 何が神だ! 聖女などという偽者の存在を利用して私腹を肥やすだけのクズどもが! よりにもよって人類の守り手である我が国に向かって!」


 そう叫んだところで、レックスはハッとした表情になった。


「偽者? 聖女? ……まさか! おい! マクシミリアン! すぐに脱出の準備を! それから民を逃がせ!」

「殿下? 一体何を?」

「クズどもの狙いはホリーだ! 生まれたばかりのホリーを奪い、奴らに都合のいい聖女にすることが目的だ!」

「なっ!?」

「マクシミリアン! 今すぐ手配しろ!」

「はっ!」


 マクシミリアンが慌てて駆け出したのを見送ったレックスは歯ぎしりをしたのだった。


◆◇◆


 レックスがソフィアの居室に戻ると、ベッドに腰かけたソフィアが指を自分の口に当てて静かにするように身振りで促してきた。


 レックスは小さく頷くと、足音を立てないように近づいていく。


 あまりに大げさなレックスの反応にソフィアはクスリと笑い、おくるみに包まれて眠るホリーに視線を落とした。


「どうしたの?」


 小声で尋ねるソフィアに、レックスは悔しさを滲ませながらも切り出した。


「ソフィア、ホリーを連れて魔族領に逃れてほしい」


 その言葉を聞いたソフィアの表情は強張った。


「え? どういうことかしら? わたくしはリリヤマール王国の女王よ。そのわたくしに国を捨てて逃げろというの?」

「実は――」


 レックスは内容をかいつまんで説明した。


「そう。聖導教会の狙いがホリーだというのね?」

「ああ、そうだ。ソフィアは産後、一時的に奇跡の力が使えなくなる。そのタイミングを見計らってあのクズどもは仕掛けてきたのだ」


 ソフィアはそれを聞き、じっと考え込んだ。そしておもむろに口を開く。


「……わかったわ。行きましょう」


 ソフィアの顔には悲愴な決意がにじんでいたのだった。

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