第99話 出生の秘密(1)

 十六年前の七月、リリヤマール王国は全土がお祝いムード一色となっていた。


 それもそのはずで、当代女王ソフィア・リリヤマールの第一子出産を間近に控えていたのだ。


 花や飾りで彩られた町並みは見るだけで気分を明るくしてくれ、陽気な音楽がさらに盛り上げている。


 人々の顔は笑顔であふれ、楽し気な笑い声があちこちに響いていた。


 そんな中、両親の手を握る幼い少女が無邪気に尋ねる。


「ねえねえ、おひめさまがうまれるんだよね?」

「そうよ。お世継ぎがお生まれになるの」

「およつぎ?」

「そう。リリヤマール王国を守ってくださるお方よ」

「そうなんだー。あ! あれ食べたい!」

「しょうがないな。一つだけだぞ」

「うん!」


 お祭りの屋台で売られている飴を指さした少女に父親が甘い顔をするが、母親はやれやれといった表情をしている。


「おいしー!」


 買い与えられた飴を頬張り、少女は嬉しそうにはしゃいでいる。


「ほら。暴れると喉に詰まらせるよ」


 父親がそう言って少女を抱き上げ、母親はやはりやれやれといった表情でそれを見守る。


 そんな幸せな日常がサンプロミトのあちこちにあふれていたのだった。


◆◇◆


 一方、サンプロミトにある王城の一室にしつらえた大きなベッドの上で、女王ソフィアが大きなお腹を抱えながらその身を横たえていた。


 ベッドサイドには一人の年老いた魔族が付き添っている。


「ソフィア陛下、お加減はいかがですか?」

「グラン先生、大丈夫よ。なんだかもう、歩き回っても大丈夫なくらい」


 ソフィアはそう言ってふわりと微笑んだ。ソフィアは顔の造形から髪の色、そして瞳の色に至るまでそのすべてが今のホリーとよく似ている。


 あと数年すれば、双子の姉妹と言われたとしても誰も疑問を持たないだろう。


「でもね、グラン先生。レックスったら本当に心配性で……」


 ソフィアはクスクスと幸せそうに笑う。


「初産ですから、王配殿下もそれは心配でしょう。それもリリヤマール女王の初産ともなればなおのことです」

「あら。人族も魔族も、みんな同じように出産するのでしょう? わたくしだけ別だなんておかしいわ」


 するとグランはやれやれといった表情を浮かべる。


「リリヤマール女王の初産は必ず次代の女王が生まれるという特別なものです。ご自身も魔力の欠乏であれほど苦しまれたではありませんか」

「そうね。でもレックスとの愛しい娘のためですもの。そんなものいくらでも耐えられるわ」


 ソフィアは嬉しそうに自身の大きなお腹を優しくさする。


「……魔力の状態もようやく安定してきたようですから、もうそちらの白い粉薬は服用する必要はありません。もし再び症状が出た場合にのみ服用してください」

「ええ、わかったわ」

「では、今日の診察はこれまでです。また明日、同じ時間に参ります」


 そう言ってグランはベッドサイドから離れ、出口へと向かって歩き始めた。それをソフィアが呼び止める。


「グラン先生」

「なんでしょうか?」


 グランは表情を変えずに振り返る。


「いつもありがとう」

「当然ことをしているまでです」


 そう言ってソフィアはふわりと笑った。それに対してグランは表情を変えずにそう答え、そのまま部屋を後にしたのだった。


◆◇◆

 

「フォディナでゾンビが大量発生だと?」

「はい。およそ千ものゾンビが北の森から迫ってきております」


 サンプロミトの王城にある騎士団の本部でレックスはそんな報告を受けていた。


 フォディナというのはサンプロミトの北西にあるリリヤマール王国領内の町だ。鉄鉱石を産出するため、リリヤマールの財政を支える重要な都市でもある。


「やはりソフィアの力が落ちているせいか」


 そうつぶやき、わずかに後悔したような表情を浮かべたレックスに周囲の騎士たちは顔色を変えて抗議する。


「殿下、陛下のご懐妊はリリヤマール王国民すべての喜びです!」

「今こそ我々が陛下をお守りするときです!」

「今やらず、我々はいつ陛下のご恩に報いるというのでしょうか?」


 それに気圧されたのか、レックスは申し訳なさそうな表情になった。


「いや、悪い悪い。そういう意味じゃないんだ。ただ、ソフィアの力を再認識しただけだ」


 そう言うと、レックスは集まった騎士の一人であるマクシミリアンに声をかける。


「マクシミリアン、ソフィアを頼む」

「殿下、まさか自らお出になるおつもりですか!? もうすぐ姫様がお生まれになるのですぞ?」

「ああ。だからこそ、だ。娘が生まれるというのにゾンビどもが暴れ回っていたのでは、安心して眠れないだろうからな。それまでの間、留守は頼んだぞ」

「ははっ! かしこまりました。命に代えてでも必ずや!」

「おいおい。命までは懸けるなよ。命を懸けるのは、死んででも守るべき大切な人のためだけだからな。命を懸けるのはお前に嫁子供ができるまで取っとけ」

「はっ!」


 レックスはそう言ってニカッと笑ったが、マクシミリアンは敬礼してそれに応える。


「ようし、じゃあ行くぞ! 第一隊、出撃だ!」


 こうしてレックスは騎士団の精鋭を引き連れ、フォディナの救援に向かうのだった。

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