第98話 王家の証
ボーダーブルクへと戻ってきた私たちはまず病院のベッドにニール兄さんを寝かせた。
傷は治ったがかなりの血を失ってしまったため、回復までには時間がかかるはずだ。
そしてお風呂で体を洗って着替えた私はエルドレッド様に呼び出され、マクシミリアンさんの尋問にやってきた。
エルドレッド様の発案で、私がいたほうが素直にしゃべるはずだということで呼ばれたのだ。
「姫様!」
マクシミリアンさんは私が尋問室に入ってくるのを見るなり
「そちらの席にお座りください」
エルドレッド様がそう言うが、マクシミリアンさんは跪いたまま動かない。
「なぜ座らないのですか?」
「姫様がお立ちになっていらっしゃるのじゃ。にもかかわらず臣下のワシが座るなど許されるはずがありませぬ」
マクシミリアンさんはきっぱりと言い切った。
……ショーズィという男もそうだったが、人族の男性は思い込みが激しいのだろうか?
「……
「はい」
私は狭い尋問室の隅に置かれた一人掛けのソファーに座ると、マクシミリアンさんはようやく尋問机の前の椅子に座った。
「さて、まずはお名前と所属を教えてください」
「ワシの名はマクシミリアン・フォン・グランドール。誇り高きリリヤマール王国の騎士ですじゃ」
「リリヤマール? リリヤマール王国までもが聖導教会についたというのですか?」
「まさか! 聖導教会は我らが主の仇! そんな連中の味方をするなど、死んでもあり得ませぬ」
「主の仇? どういうことですか?」
「……リリヤマール王国は聖導教会の手で滅ばされたのですじゃ。十六年前に」
「なっ!?」
マクシミリアンさんの言葉にエルドレッド様は絶句した。
「魔族はずっと魔族領に引きこもっておりますからな。ご存じないのも無理ないでしょう」
「……ではなぜ、仇の手先となって我々を攻めたのですか?」
「それは姫様を、我らが主ソフィア陛下のただ一人の娘であるホリー・リリヤマール王女殿下をお守りするためですじゃ」
マクシミリアンさんはそう言って私のほうに視線を送ってくるが、私はどう反応していいのか分からない。
「……なぜホリーさんがリリヤマール王家の娘だと断言できるのですか?」
「そんなものは一目瞭然じゃろう。奇跡を使うときに金の御髪が輝き、水色の瞳が金色へと変わる。これこそがリリヤマール王家の女性の特徴ですじゃ」
「……しかし人族には多くの聖女がいる。聖女であれば――」
「エルドレッド殿、あなたはリリヤマール王家のことを知らなすぎる。我らが敬愛するリリヤマール王家の女性は普通の聖女とは異なるのじゃ。普通の聖女が奇跡を行使したとしても、髪が輝くことはないし瞳の色が変わることもない。行使できる奇跡の力もリリヤマール王家の女性とは比べ物にならぬほど小さい」
「……」
「姫様、ニール殿の怪我の治療をなさったとき、お使いになったのは大治癒の奇跡でしたな?」
「はい。そうです」
「ありがとうございます。エルドレッド殿、現在大治癒の奇跡が使えるのは聖導教会の大聖女クラウディアただ一人なのです。しかも彼女が大治癒の奇跡を使えるのは週に一度のみ、それも命懸けで行うのですぞ」
「そのようなことが……」
エルドレッド様はそう言って納得した様子だが、私は別のことが気になった。
大治癒の奇跡が週に一度しか使えず、しかもそれが命懸けになるという点だ。
それの意味するところはつまり、魔力が足りない状態で無理やり発動しているのではないだろうか?
「他にもございますぞ。姫様の
「はい」
髪が血で汚れたのは初めての経験だが、中々落ちないと聞いている。現に一度お風呂に入って洗っているのだが、べっとりとこびりついた汚れをすべて洗い落とすのには時間が足りなかった。
「姫様がリリヤマール王家の血を引く証として、何か奇跡をお使いになってくだされ。そうすれば御髪の汚れはすべて浄化されますじゃ」
「え? そうなんですか?」
「はい」
聞いたことがないが、言われてみればアネットに髪がすごくきれいだとよく褒められている気がする。
そこで私は聖域の奇跡を少しだけ発動し、すぐに解除した。
それから血でべったりと汚れていたはずの髪の毛を確認してみると、なんとマクシミリアンさんの言ったとおりに汚れが綺麗に落ちている。
するとそれを見たマクシミリアンさんは席を立ち、再び私の前に跪いた。そしてまるで
「姫様、ワシは聖導教会によってリリヤマールが、サンプロミトが奪われたあの日からずっと、ずっと姫様の行方を探しておりました」
その言葉はあまりにも真実味があり、とてもではないが口から出まかせを言っているようには見えない。
「……あの、一体リリヤマール王国って? それに、一体何があったんですか? それにどうしておじいちゃんが?」
私は思わず、ずっと疑問だったことを質問していた。
「はい。すべてをお話いたします」
そうしてマクシミリアンさんはリリヤマール王国滅亡の経緯について語り始めるのだった。
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