第97話 説得
「あ、あの?」
おじいさんは
これは一体どういうことなのだろうか?
このおじいさんには申し訳ないが、私はただの薬師だ。おじいちゃんの孫娘であって、どこかのお姫様ではない。
「その、人違いだと思うんですけど……」
「いいえ、そんなことはございません。奇跡をお使いになる際に輝くその御髪と瞳が何よりの証拠ですじゃ。それに、姫様はソフィア陛下と瓜二つではございませんか」
「え……」
ソフィア? というのがお母さんの名前なのだろうか?
いや、でも、私は……。
「姫様、ここは危険ですじゃ。このマクシミリアン、必ずやこの場を守って見せましょうぞ。さあ、どうぞお引きください」
このおじいさんは何を言っているのだろう?
さっきまであの黒髪の男と一緒にこの砦に攻め込んできていたのに、裏切って私の味方をする?
そこでようやく黒髪の男の存在を思い出し、そいつのほうを確認する。
するとさすがにそいつも驚いている様子だ。先ほどまで虚ろだったその瞳にも、どことなく光が戻ってきているような気がする。
「え? 師匠? 裏切るんですか?」
「ショーズィ殿、ワシは最初から聖導教会のようなクズどもに降った覚えない」
「え?」
「ましてや姫様の御身に触れ、力ずくで従わせようなど言語道断じゃ!」
「ええっ!?」
マクシミリアンさんはショーズィという男をそう一喝した。ショーズィという男はますます困惑しているように見える。
「で、でも魔族は……」
「魔族が何をしたというのですかな?」
「ま、魔族は……」
敵同士で言い争いをしており、私は全く状況についていけない。
それにニール兄さんがここで倒れている以上、置いていくわけにもいかない。
どうしようかと困っていると、遠くからエルドレッド様の声が聞こえてきた。
「ホリーさん!」
私が声のしたほうへと振り向くと、ものすごい速さでエルドレッド様が走ってきた。
「無事ですか?」
「はい。ただ……」
「……これはどういう状況なのですか?」
「それが私にも……」
エルドレッド様は向かい合うマクシミリアンさんとショーズィという男を見て、困惑している様子だ。
「ショーズィ殿! 姫様は聖導教会に降ることも、ショーズィ殿と共にあることも望んでなどおられないのじゃ。姫様のご意志に反することを強要するなどとんでもない!」
「で、でも……」
人違いだとは思うが、どうやらマクシミリアンさんは私の味方をしてくれるようだ。
「姫様というのは?」
「それが――」
私はかいつまんで説明をした。
「そういうことでしたか。ではとりあえず話を合わせ、あのショーズィという男を捕虜としましょう」
「そうですね。わかりました」
エルドレッド様の提案に私も賛同する。ここで戦われてしまえばニール兄さんが巻き添えになる可能性が高い。
「ショーズィと言ったな?」
「ぐっ! 魔族!」
敵意のこもった目でショーズィという男はエルドレッド様を睨みつける。
一体魔族の何が悪いというのか!
「ホリーは魔族の中で育ち、大切に思う人たちが多くいる。人族とてそれは同じではないか?」
「……」
「ホリーが自らの意志で人族の地に赴きたいというのであれば我々は止めない。だが力ずくで大切な者を奪うことは正しいことなのか?」
「ぐ……」
「目の前で兄同然に育った幼馴染を斬られたホリーの気持ちを考えたことがあるか? それでホリーを本当に救ったと言えるのか?」
「あ……う……」
ショーズィという男はガタガタと震え始めた。
その様子はあまりにも不安定に見え、先ほど私の腕を掴んでまで無理やり連れ去ろうとした人物とはとても思えないほどだ。
「剣を捨てよ。そうすれば殺しはしないし、ホリーと話す機会も与えることを約束しよう」
「ショーズィ殿! 言うとおりにするのですぞ!」
「あ、あ、あ、うああああああ!」
ショーズィという男はおかしな叫び声を上げ、コーデリア峠のほうへものすごい速さで走り去って行った。
「……まずはニールさんを搬送しましょう。この砦はもう最前線です。ホリーさんがいて良い場所ではありません。退路を確保し次第、撤退します」
「は、はい」
エルドレッド様はそう言ってニール兄さんをひょいと担いだ。そしてマクシミリアンさんのほうをちらりと見た。
「……そちらのマクシミリアン殿は?」
「ワシの忠誠は姫様に捧げておりますじゃ」
マクシミリアンさんはそう言って再び私の前に跪いた。
「えっと……」
困惑する私にエルドレッド様が小さな声でそっと耳打ちをしてきた。
「ホリーさん、今はその『姫様』のフリをして、彼に捕虜になるように命じてください。早く撤退することのほうが重要です」
「……わかりました」
エルドレッド様に小声で答えると、マクシミリアンさんのほうへと向き直る。
「マクシミリアンさん」
「どうぞマクシミリアンと呼び捨てになさってくだされ。臣下に敬語は不要ですじゃ」
「……マクシミリアン。捕虜になりなさい」
「仰せのままに」
マクシミリアンさんは腰に
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