第96話 再会
ボーダーブルク南砦の様子が急に慌ただしくなってきたと思ったら、血相を変えたニール兄さんが私の待機している部屋に飛び込んできた。
「ホリー! 撤退だ!」
「え?」
まだ誰も治療していないのに撤退というのはどういうことだろうか?
「コーデリア峠が落ちた! それにブライアン将軍が戦死したって!」
「えっ!?」
ブライアン将軍が!?
おじいちゃんのお墓参りにも来てくれて、それで戦争以外の道があるのではないかと言っていたあのブライアン将軍が……?
私はショックで頭が真っ白になってしまった。
「ホリー! 早くしろ! ここにも人族が雪崩れ込んでくるぞ!」
「あ、うん」
必死な様子のニール兄さんに言われ、私は着の身着のままで魔動車へと駆け出した。
そして病院の建物から外に出ると、突然爆発が起きた。
「ひゃっ」
私は思わず悲鳴を上げ、しゃがみこんだ。
「ホリー!」
「う、うん」
ニール兄さんに手を引いてもらい、私は立ち上がった。
「うわぁぁぁぁ」
「ぐあっ」
爆発のあったほうからそんな声が聞こえてきた。
「あっ! ち、治療を……」
「ホリー! ダメだ! 最前線に出るなんて!」
「あ、う、うん。そうだよね」
薬師としての使命感と理性がせめぎ合い、どうしたらいいか分からなくなる。
「ほら、行くぞ」
「う、うん」
ニール兄さんに手を引かれ、私は魔動車のほうへと走りだした。すると目の前に人族の兵士が立ちはだかった。
「いた!」
「え? あのときの……」
あのときの変な黒髪の患者さんだ。白銀の剣を持っているが、それ以外は全身が血まみれだ。
この患者さんは一体どれだけの魔族を殺したのだろうか?
それから患者さんの隣には白髪のお爺さんがおり、なぜか目を見開いている。
……魔族を見るのが初めてで驚いているのだろうか?
隣に黒髪の患者さんがいるのだから、別に黒髪が珍しいというわけではないだろう。
「さあ、ホリーさん。助けに来たよ。俺と一緒に逃げるんだ」
黒髪の患者さんはどこか虚ろな目でおかしなことを言いだした。
「はい? 何を言っているんですか?」
「ホリーさんは魔族に洗脳され、操られてるんだ。一緒に来てくれれば魔法を解いてあげられるんだ」
「な、何を……?」
一体この患者さんは何を言っているのだろうか?
ニール兄さんだけでなくあちら側のおじいさんも眉をひそめている。
やはりこの患者さんはおかしい。
「さあ」
患者さんが剣を構えたまま、じり、じりと近寄ってくる。
その目があまりに恐ろしく、私は後ずさってしまう。
「やめろ!」
ニール兄さんが患者さんとの間に立ってくれた。
「……魔族! よくも! 魔族! 魔族魔族魔族魔族魔族ぅぅぅぅぅぅ!」
突然患者さんが激昂したかと思うといきなりニール兄さんに斬りかかってきた。
「がっ!? あ……」
ニール兄さんはそれを剣で受け止めたにもかかわらず、その剣もろとも肩口からばっさりと斬られてしまい、地面に崩れ落ちてしまった。
地面には大量の血がドクドクと流れ出し、うつ伏せに倒れるニール兄さんを中心に大きな血だまりが作られていく。
「あ、あ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ニール兄さん! ニール兄さん!」
助けなきゃ! ニール兄さんを助けなきゃ!
それ以外のことを考えられなくなった私は、大治癒の奇跡をかけようとニール兄さんに急いで駆け寄ろうとした。
しかしそんな私の左手首を黒髪の男が無理やり
ものすごい力で、とても動くことができない。
「痛っ!」
「ショーズィ殿!」
「俺は、君を救うんだ。魔族を兄だなんて!」
そう言って私を見てくる目はやはりどこか虚ろで、狂気を感じる。
「さあ、一緒に逃げるんだ!」
「いやっ! 放して! 放してよ!」
私がそう叫んだ瞬間、胸元のネックレスから金色の光があふれだす。
それはすぐさま聖域の奇跡となって発動し、私をすっぽりと包み込んだ。
「ぐあっ!?」
黒髪の男はなぜか呻き声を上げ、掴まれていた左手首を掴んでいた力が緩んだ。
私は全力で男の手を振りほどくと、ニール兄さんに駆け寄って大治癒の奇跡を発動した。
キラキラとした光が私の全身からあふれだし、ニール兄さんを包み込む。
お願い! 間に合って! お願い! お願い!
そうして治療を続けていると、やがてニール兄さんを包み込む光が消えた。
私はすぐさまニール兄さんの首に手を当てた。
ああ、良かった。脈がある!
私はすぐに傷口の状態を確認しようとニール兄さんの体を仰向けにしようと手をかける。
流れ出たニール兄さんの血が私の服を、髪を濡らしていく。
しかしニール兄さんの大きな体は重く、中々ひっくり返すことができない。
「……仰向けにすれば良いのですな?」
「え?」
突然かすれた声でそう言われ、思わず見上げた。
するとなんと黒髪の男と一緒にいたおじいさんが目に涙を溜めながら、穏やかな表情でそこにいた。
「え? あ、えっと、はい。お願いします」
おじいさんはニール兄さんの体をひっくり返してくれたので、私はすぐに傷口を確認した。
傷口は完全に塞がっており、おかしなところもない。どうやらきちんと治療できているようだ。
「ああ、良かった……」
私が思わずそうこぼすと、お爺さんがなぜか私の前で膝を突いた。そして突然わけのわからないことを言いだした。
「姫様! よくぞご無事で!」
「……はい?」
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