第30話 年越し
ついに大晦日がやってきた。おじいちゃんが逝ってしまい、ゾンビの大群に襲われ、今年一年は本当に色々なことがあった。
そんな激動の一年も今日で終わり、明日からはまた新しい年が始まる。
今年は例年よりも雪が降り始めるのが早く、しかも積雪だって多い。おかげで街の外には五メートル以上も雪が積もっており、ホワイトホルンは完全に雪に閉ざされている。
そして吹雪の日も多かったのでアンディさんが五回、ボビーさんが三回、ポールさんが二回、そしてサンドラさんはなんと七回も酔っぱらって外で寝て風邪をひいた。
その度に解熱剤や喉と鼻のお薬、咳止めなど症状に応じて処方したわけなのだが、毎年同じことをしているというのにどうしてあの全裸四人組は学習してくれないのだろうか。
とはいえ、今日はその心配は全くない。
なんと今日は気持ちがいいほどの快晴なのだ。だからきっと今晩は女神のヴェールが見られるはずだ。
女神のヴェールというのは、夜空に様々な色の淡い光のカーテンが現れる冬特有の現象だ。
なんでも大気中に漂う魔力が地面を覆う雪に反射されて空に上がり、とても高いところで別の種類の魔力(?)とぶつかることで起きている現象なのだという。
そして女神のヴェールは雲より高いところに現れるため、曇っていると見ることはできない。
だから今日のような冬の快晴の日にしか見ることができないのだ。
そんな年越しの日を私はアネットとハワーズ・ダイナーで過ごすつもりだ。お店は一昨日で年内の営業を終え、家の大掃除も昨日のうちに済ませてある。
だから今日一日は目いっぱい羽を伸ばすことができるのだ。
ちなみにハワーズ・ダイナーも昨日で年内の営業を終えているので、今日は全裸四人組のお世話をする必要はない……はずだ。
私はアネットとニール兄さんの二人を誘って女神のヴェールを見物するため、昼下がりのハワーズ・ダイナーにやってきた。
「あら、ホリーちゃん。いらっしゃい」
「お邪魔します」
すっかり片付いている店内に入ると、シンディーさんが迎えてくれた。
「アネットー! ホリーちゃんが来たわよー!」
「はーい。ちょっと待っててー!」
お店の奥からアネットの声が聞こえてきた。
「ごめんね、ホリーちゃん。ちょっと待っててくれる?」
「はい、大丈夫ですよ。このあとニール兄さんも待たないといけないですから」
「ああ、ニールねぇ。ちゃんと来るかしらねぇ? 昨日は衛兵の皆さんとずいぶん遅くまで飲んでいて、その、大変だったから……」
「あ、そうなんですね」
そういえばニール兄さんがお酒に弱いという話は聞いたことがないけれど、実際はどうなんだろう?
そんなことを考えつつもシンディーさんとおしゃべりをしていると、お店の奥からアネットがやってきた。
「ごめーん、遅くなっちゃった。あれ? ニールは?」
「まだ来ていないみたいです」
「ほら、アネット。ニールは昨日……」
「あ……」
「ねえ、アネット、何かあったの? 昨日遅くまで飲んでいたっていう話はさっき聞いたけど……」
「ああ、あのね……。昨日は衛兵の人たちが今年最後の飲み会だってうちに飲みに来てたの。それで、その費用は町長が払ってくれるらしくて、その……」
「え? どういうこと? 払ってもらえるなら良かったんじゃないの?」
「うちとしてはそうなんだけど、でも、ほら。衛兵の人たちって、ものすごく強いじゃない。それでニールも張り合っちゃって……」
「飲みすぎて酔いつぶれたの?」
「あ、そうじゃなくて……あ、でもそうかも?」
「???」
「アネット、どうせバレるんだから……」
「そっか。そうだよね」
「???」
「ホリー、ショックを受けないでほしいんだけど……」
「なあに? もったいつけないでよ」
「あのね。ニール、号泣したうえに全裸になって外に走って出ちゃったの」
「えっ!?」
私は思わず固まってしまった。
まさか全裸四人組の仲間入りしたってこと!?
いつも優しくて私のことを気にかけてくれるあのニール兄さんが!?
そんな……!
「ねえ、ホリー? 大丈夫? ホリー?」
「え? あ、うん。大丈夫。あれ? えっと?」
何とか返事をするが、頭が真っ白になって上手く考えがまとまらない。
「ホリー? ニールのところ、行ってみる? お見舞いになるかもしれないけど」
「お見舞い? あ! うん。そうだね。行く!」
こうして私たちはニールの家に向かうこととなったのだった。
◆◇◆
「あらあらあら! アネットちゃん、ホリーちゃん、よく来てくれたわねぇ」
ハワーズ・ダイナーからすぐの場所にあるニールの家に行くと、ニールのお母さんであるスーザンさんが出迎えてくれた。
「申し訳ないけど、うちのバカ息子は今風邪ひいてるからね。うつしちゃまずいし、また今度にしてくれるかい?」
「……やっぱり風邪ひいちゃったんですね」
「そうだよぉ。隊長さんにも迷惑をかけたみたいでねぇ隊長ったら昨晩遅くにバカ息子をうちまで担いで運んでくれたんだよ。どういうわけか体がものすごく冷えていてさ。案の定、朝起きたら熱出しててね。ホントに……」
「……」
どうやらニール兄さんが全裸になって外で凍えたというのは間違いないようだ。
私の中のニール兄さん像がガラガラと音を立てて崩れていく。
「ああ、そうだ。ホリーちゃん、前に貰った熱さましを飲ませたほうがいいのかい?」
「熱が高くて苦しそうなら飲ませてあげてください。他にどういう症状がありますか?」
「あとは鼻水が出ているみたいだね」
「それでしたら、こっちの薬を朝晩にスプーン一杯分ずつ飲ませてあげてください。とりあえず三日分お出ししますね」
私は携帯しているお薬バッグから去痰剤を取り出すと、スプーン六杯分を小瓶に入れて手渡した。
「あとは暖かくして栄養を取って、良く寝てください」
「ありがとう、ホリーちゃん」
「はい。お大事に」
こうして私たちはニールの家を後にしたのだった。
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