第29話 吹雪の夜の狂宴

 私の不安は的中し、ハワーズ・ダイナーはすぐに混沌に包まれた。


 まず、アンディさんが上半身裸になった。


 とはいえアンディさんは酔っていなくても上半身くらいは裸になるので、これはある意味いつもどおりと言える。


 アンディさんは嬉しそうにお酒を飲みながら筋肉が美しく見えるらしいポーズを取り、他のお客さんの喝采を浴びている。


 いや、まあ、私だって女だ。男の人のたくましい肉体を見るのは好きだし、セクシーだとは思う。


 だが私はあそこまでマッチョなのは好みではないはないし、そもそも時と場合を考えてほしい。


 お店の中で半裸になってポーズを取り続けるのはちょっとおかしいのではないだろうか?


 まあ、どうせすぐに全裸になると思うが……。


 そんなことを思っていると、予想どおりあまりお酒に強くないポールさんが怪しくなってきた。


「あはははははは。あは、あははははははは」


 何がおかしいのかはわからないが、ポールさんはアンディさんを見て大爆笑している。


「ひー、ひー、ひー」


 そしてやがて引き笑いを始め、苦しそうにし始めた。


「ポール、筋肉だ筋肉! さぁー、筋肉体操ー!」


 アンディさんも酔いが回っているのか、何を言っているのかさっぱりわからない。


 体操といっているが体操をする素振りはなく、先ほどから三つくらいのポーズを延々と繰り返している。


 するとそれを見たポールさんが笑いながら上半身を脱ぎはじめ、アンディさんの真似をし始めた。


 ああ、あれはもうダメだ。去年もポールさんは大して筋肉もついていないくせにアンディさんの真似をして、結局一緒に全裸で外に出て行って風邪をひいたのだ。


 きっと今年もまた同じことが繰り返されるのだろう。


 もちろん全裸四人組以外はそこまで問題はないので、ある程度酔っぱらったところで私の二日酔いのお薬やお腹のお薬を買って帰宅する。


「それでさぁ! 俺は言ってやったんだよ! 鼻毛が伸びるんですって!」


 この大声はボビーさんだ。一体何がどうしてサンドラさんと話しているのに鼻毛の話になったのかはわからないが、あの様子だとボビーさんもダメだろう。


「それでよぉ!」

「なによ! あたしだってねえ!」


 ああ、サンドラさんも酔いが回ってしまったようだ。サンドラさんを止めるのは大変だからイヤなんだけどなぁ……。


 そう思っていると、なんとシンディーさんが厨房からさっそうと飛び出してきた。


「ちょっと! もうこれくらいにしなさい! 毎度毎度、酔っぱらって皆さんに迷惑かけて! もうこれ以上お酒は出さないからね!」


 ああっ! シンディーさん! かっこいい!


「ほら、ホリーちゃんから二日酔いのお薬を買って早く帰って!」

「あははははははははは」


 しかし怒っているシンディーさんを前に何が楽しいのか、ポールさんは腹を抱えて笑っている。


「まったく! サンドラ! この笑い袋の旦那を連れて帰りなさい!」

「っ!?」


 サンドラさんはまだ酔いが少し浅かったのか、一瞬瞳が正気に戻ったように見えた。だがすぐに泣きだしたのを見て、その考えが甘かったことを痛感する。


「そんなぁ~、ホリーちゃ~ん」


 うわっ、よりにもよって私のところに来るなんて!


「シンディーが冷たいのぉ~」

「ああ、はい。二日酔いのお薬、いりますか?」

「いらな~い。ホリーちゃんもらうの~」


 そう言って酒臭い息を吐き出したサンドラさんは私の頭を抱き寄せ、頬ずりを始めた。


 ううっ、お酒臭い。


 そう思っていると、ゴンという音とともにサンドラさんが床に蹲った。


「はい! セクハラです! サンドラさん! 退場!」


 顔を上げると、なんとアネットがお盆を持って仁王立ちをしていた。


「いた~い」


 そう言ってなぜか楽しそうにケタケタと笑い始めた。かと思えば、すぐにワンワンと泣きだす。


 ああ、もうダメだ。完全にいつものパターンに入ってしまった。


「よーし! 鍛えるぞ! 鍛えなきゃ!」


 そんな叫び声に気付いて振り向くと、ついにアンディさんがパンツ一丁になっていた。


「ちょっと! アンディさん!」


 シンディーさんが慌てて駆け寄るが、アンディさんはどこ吹く風で店の外へと走っていく。


 しかも服とお財布は席に残したままで。


 シンディーさんは額に手を当てると、やれやれといった様子でお財布の中身を確認する。


 そしていくらかのお金を抜き取ると残された服とお財布を籠に入れた。


「アネット、これ。アンディさんのよ。いつものところにしまっておいて」

「はーい」


 アネットは渋々といった様子で籠を受け取ると、店の奥へと消えていった。


 さて、残る全裸三人組はというと……まずポールさんは酔いつぶれ、上半身裸のままテーブルに突っ伏している。


 これはかなりお行儀がいいほうだ。いつもこのくらいまでにしておいて欲しいものだ。


 ボビーさんはというと、その突っ伏したポールさんに何を言っているのかさっぱりわからない聞き取れない言葉でしゃべりかけ、そして一人で大爆笑している。


 ものすごくシュールだが、ずっとああしてくれていると平和で助かる。


 そして問題のサンドラさんはというと……なんと私のすぐ隣で脱ごうとしているではないか!


「サンドラさん!? ダメです! 脱いじゃダメです! シンディーさん!」

「えー? もう脱がなきゃやってらんないのよ! 男も女もみんな脱げー! お酒があれば冬だって風邪知らずなのよぉー」

「サンドラさんそう言って毎回風邪ひいてるじゃないですか! やめてください!」


 私は必死に止めるが、こうなったサンドラさんが説得に応じてくれた試しはない。


「ほらー、ほりーちゃんもぉー、ぬげばいいのぉ」

「私は脱ぎません! それからお酒臭いです!」

「あーん、ほりーちゃんがぁー」


 するとゴンという音とともに再びサンドラさんが蹲った。顔を上げるとやはりアネットがお盆を持って立っていた。


「セクハラです! 追い出しますよ!」

「もぅー、あねっとちゃんのぉ~、い、け、ずぅ」


 そう言って今度はアネットに抱きつこうとしたサンドラさんの頭をアネットはお盆で叩いた。ゴンと小気味のいい音を立て、サンドラさんは再び頭を押さえて蹲った。


「ホリー、もうこの人たちダメだから閉店でいいよ。いつもの部屋、使っていいから」

「う、うん。ありがとう」

「えぇ~、ほりーちゃん、いっちゃうのぉ? もっとおねえさんとぉ~」


 私に絡もうとしてきたサンドラさんの頭の再びアネットのお盆が襲った。


「いった~いぃ~。あはははははは」


 何が楽しいのかはわからないが、サンドラさんは大爆笑を始めた。


「アネット、いいの?」

「いいよ。うちのお客さんだし。それにお母さんがなんとかしてくれるから」


 アネットはそう言ってシンディーさんのほうをちらりと見た。


「うん、わかった。じゃあ、私はもう閉店にするね。すみませーん! 私そろそろ閉店しまーす。お薬がほしい人は今お願いしまーす」

「うえ~ん。ほりーちゃんがいなくなっちゃう~」


 サンドラさんがそれを聞いて泣きながら私に抱きつこうとしてきたが、アネットのお盆がまたしてもその頭を襲う。


「いった~い。あはははははは」

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