第28話 冬の訪れ

 ゾンビの大量発生事件も無事に解決し、ホワイトホルンはようやくいつもの日常が戻ってきた。


 お店も相変わらずで、一日十人くらいのお客さんが来るくらいだ。抗ゾンビ薬はホワイトアッシュベリーが手に入らないので来年まで調合できないが、それ以外はなんの問題もない。


 それにあれからゾンビの目撃情報は一切聞こえてこないので、このあたりのゾンビは一匹残らず全滅したのだと思う。


 それと、エルドレッド様が帰ってからすぐにまとまった雪の降る日が増えてきたため、町の外はもう一面の銀世界だ。


 こうなればもう、私たちがゾンビ退治に出かけるのは来年の雪解けまでお預けとなる。


 できることなら、もう二度とゾンビなど出ないでほしいものだが……。


 そんなことを考えつつ、私はお客さんのいない店内で二日酔いのお薬を調合している。


 というのもこれから年末にかけてホワイトホルンは毎年大雪に見舞われ、完全に雪に閉ざされるのだ。


 どのくらいの大雪かと言うと、なんと一晩で私の背丈ほどまで積もることだってあるほどだ。


 そうなれば大工さんや衛兵さんたちが魔法を使って除雪してくれるのだが、それでもやはり外出が億劫になる人が多い。


 そうして家に閉じこもった人たちが何をするのかというと、かなりの人がお酒を大量に飲むのだ。


 彼らの言い分としては、寒い日にお酒を飲むと体が温まり、裸で外に出ても風邪をひかなくなるというものだ。


 もちろん私は裸で外に出るようなことはしないし、体質的にそもそもお酒を飲めないのでその真偽はわからない。


 だが薬師としての立場から言わせてもらうならば、単に酔っぱらって感覚がマヒしているだけなのではないかと思う。


 もちろんお酒には血の巡りを良くする効果があるため、体を温める効果があるということは間違いない。とはいえ、雪の降りしきる中外に出ても風邪をひかないほどの効果があるわけではない。


 というか、毎年そうして風邪をひき、お薬を買いに来る人が増えるのだからいい加減学習してもらいたいものだ。


 そうして私はふと、ゾンビになってしまったスティーブさんのことを思い出した。


 そういえば、まだ二日酔いのお薬、届けてなかったな。


 調合し終えたらお供えに行かなくっちゃ。


 私は心にそう誓い、すりこぎを動かすのだった。


◆◇◆ 


 それから数日後、ホワイトホルンの町は猛吹雪に襲われた。


 私は吹雪が強くなる前にお店を閉め、二日酔いの薬やお腹の薬などを持ってハワーズ・ダイナーへとやってきた。


 どうせ毎年猛吹雪がやってくると近所の酒飲みたちはここに来て、大量にお酒を飲んで全裸で外に出るのだ。


 ならば患者が出る場所に先にいたほうがいいだろう。


 そんなわけで私はグラン&ホリー出張所と書かれた小さな木の札を置き、カウンターの一番端に座って食事をとる。


 そうして待っていると近所の人たちが続々とやってきた。その中には、いつも脱いで全裸で外に出る常習犯のアンディさんも混ざっている。


 アンディさんは農場を経営していて、びっくりするほどのマッチョだ。今日もこの寒い中、筋肉が良く見えるようにとタンクトップを着ている。


 はっきり言って意味が分からない。


「おっ! 今日はホリーちゃんがいる。これは飲み放題だね」

「ちょっと、アンディさん。いつも飲みすぎて大変なことになるじゃないですか。今日は脱いじゃダメですからね」

「ええっ!? そんな! 僕のこの鍛え上げた肉体をぜひみんなに見てほしいのに!」


 そういってアンディさんは力こぶを作るようなポーズを取った。すると私の腰よりも太そうなその二の腕にはたくましい力こぶが出来上がる。


「ほらほら、もっと見たくないかい?」

「い、いえ……」

「そうかぁ。残念だなぁ。見たくなったらいつでも見せてあげるからね」

「アンディさん! ホリーにセクハラしたら出禁にしますよ!」

「おっと、アネットちゃんは厳しいなぁ。それじゃあまたあとで来るからね」

「いえ。お薬を買わないですむようにしてください」

「あはは、善処するよ」


 そう言ってアンディさんは一歩ごとにポーズをキメながらテーブルに戻っていく。するとすぐにハワーズ・ダイナーの扉が開き、新しいお客さんが入ってきた。


 あれは、ボビーさんだ。近所で清掃と運搬の仕事をしている人で、彼もまた全裸で外に出る常習犯だ。


 ボビーさんの場合はアンディさんと違って筋肉を見せつけたいわけではない。酔っぱらって泥酔するとわけのわからないことをしゃべりながら笑い始め、最終的にはなぜか脱いで外に行くのだ。


 一体どうしてそうなるのかはよく分からないが、こういった雪に閉ざされる季節になると毎回そうなのだ。


「あ! ホリーちゃんじゃないか。こんばんは」

「こんばんは、ボビーさん。あんまり飲み過ぎないでくださいね」

「わかってるよ。大丈夫だって」


 そう言ってボビーさんは空いている席に適当に座った。


 すると再び扉が開く。


「あ……」


 続いて入ってきたのは近所で雑貨屋を営んでいるポールさんとサンドラさんの夫婦だ。


 まずい。あの二人はまずい。


 まずポールさんだが、あの人はすぐに酔っぱらう上に笑い上戸だ。そしてなぜかやっぱり脱ぐ。


 そしてサンドラさんのほうはたちが悪い。お酒には強いほうなのだが、一晩中飲み続けられるほど強いわけではないため最終的には泥酔する。


 しかも泥酔すると泣き上戸なうえに笑い上戸というよく分からない状態になり、最終的にはなぜか脱ごうとするのだ。


 サンドラさんが泥酔する頃にはもうポールさんは全裸で酔いつぶれているので、結局私たちが止めることになる。


 ハワーズ・ダイナーも一度出禁にすることを考えたそうなのだが、サンドラさんの場合は近所の道端で酔いつぶれて寝ているなんてことにもなりかねない。


 サンドラさんは泥酔さえしていなければいい人だし、私やアネットも含めて近所の人は雑貨を買うときはいつも二人のお店を利用しているという間柄だ。


 さすがにそんな人が凍死体で発見されるというのもいやなので、決定的な迷惑をかけない限りは出禁にしないのだそうだ。


 ああ、それにしても近所で最も危険な全裸四人組が揃ってしまった。


 頼むから全裸で外に行かないでほしいのだが……。

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