第27話 ゾンビ被害

 ホワイトホルンが雪に閉ざされたころ、将司は二人の聖導教会の騎士たちと共にサンプロミトから北にあるアージェルという小さな村を訪れていた。


 森を切り開いて作られたその村には木造の簡素な家々が立ち並び、周囲には広大な畑が広がっている。


 ホワイトホルンとの間を隔てる高い山々は完全に白く染まり、冬小麦の緑が芽吹く畑にもうっすらと雪が積もっている。


「勇者様、こちらが魔族どもによってけしかけられたゾンビが出没しているアージェル村っす」


 二人の騎士のうち、赤い短髪で緑の瞳を持つ若い騎士が将司にそう説明した。


「ゾンビですか……。年々被害がひどくなってるんでしたよね?」

「そうっす。もうかなりキツくなってきてるっすね」

「はぁ……」


 将司はいまいちピンと来ていない様子だ。そんな将司にお目付け役と思しき褐色の肌を持つスキンヘッドの巨漢が注意を促す。


「ショーズィ殿、油断してはなりませんぞ。ゾンビどもに噛まれればショーズィ殿もゾンビと化してしまいますからな」

「わかってますよ。ハロルドさん」

「だと良いのですがな」


 ハロルドは半信半疑といった様子でそう答えた。


「勇者様、副団長、行くっすよ。早くゾンビどもを退治して、村人たちを助けてやるっすよ」

「はい」


 こうして三人は村の中へと入っていったのだった。


◆◇◆


「ゾンビは北の山よりやってきているのです。きっと魔族どもが我々を滅ぼそうとしているに違いありません! 聖騎士様、どうか我々をお救いください!」

「村長! ご安心ください! 我々聖騎士団が来たからにはもう安心ですぞ!」


 ハロルドは平身低頭して助けを乞う村長に対し、自信満々にそう答えた。


「よろしくお願いいたします! まだ人的被害は出ておりませんが、もう村の外には出られない状況となっているのです。このままでは――」

「村長! 大変です!」


 話をしているところに外から村人が飛び込んできた。


「なんだ! 今聖騎士様にお願いをしているところなのだぞ! 失礼なことをしたら――」

「モーリスが! モーリスがゾンビに!」

「何っ!?」

「それでアンさんを襲ってるんだ!」


 それを聞いた村長と将司は顔を青くする。


「村長! 心配には及びませんぞ! 我々がすぐに片づけて参りましょう! ショーズィ殿、ブラッドリー! 出るぞ!」

「はっ!」


 ブラッドリーは号令にすぐに反応して立ち上がり、将司も青い顔をしつつもやや遅れて立ち上がった。


「さあ、案内を頼みますぞ!」

「はい! こちらです! お願いします! 聖騎士様!」


 こうして将司たちは飛び込んできた村人に先導され、駆け出した。


 そして村内を駆け抜け、一軒の家の前までやってきた。そこには数人の村人たちが集まっており、一人の十歳くらいの女の子が大人の女性たちに取り押さえられていた。


「いやぁぁぁぁぁ! パパ! ママ!」

「ダメだよ! ルシンダちゃん! 行っちゃいけないよ!」


 半狂乱で泣き叫ぶルシンダの視線の先には人族の男のゾンビがおり、そのゾンビは女性の首筋に噛みついていた。


 その周りを農具を手にした村の男が数人で囲んでいる。


「っ! あれは!」


 将司はその凄惨な現場に思わず眉を顰める。


「遅かったようですな。ショーズィ殿、初めての実戦ですな。まずは我々が手本を見せますぞ。ブラッドリー!」

「はいっす!」


 ハロルドとブラッドリーは剣を抜き、ゾンビのほうへと歩いていく。


「諸君! ここは我々聖導教会の聖騎士団が任された! 諸君は安全のために下がっていなさい!」


 大声でそう宣言したハロルドの声に集まっていた村人たちは一斉に振り向き、安堵の表情を浮かべた。


「ああ、助かった!」

「神様!」


 口々にそう呟き、村人たちはゾンビから離れていく。


「ショーズィ殿、ゾンビの動きは大して早くはありませんぞ。ですからこのように!」


 素早く距離を詰めたハロルドはゾンビの首をね、続いてブラッドリーがゾンビの右足を太ももから切断した。


 続いてハロルドがゾンビの左脚を切断し、ブラッドリーは左腕を切断した。


「まずは無力化をするのですぞ」


 ハロルドは平然とした様子で将司に対してゾンビの倒し方を指南していく。


「さあ、ショーズィ殿。こやつの右腕を切断してみましょう」


 しかし将司は青ざめ、動くことができずにいる。


「……仕方ありませんな」


 ハロルドはゾンビの右腕を切り落とした。


「パパ―!」


 先ほど半狂乱になっていた少女の悲痛な叫び声が響き渡る。


「……その少女は?」

「それがゾンビとなったモーリスと、そこで食われたアンの娘でして……」


 ハロルドたちをここまで連れてきた男が気まずそうな様子でそう答えた。


「……そうでありましたか」


 ハロルドは悲しそうな表情になり、その目からは涙が流れ落ちる。


「それは、辛かったでありましょうな。彼女をここに連れてきて貰えますかな? それとそのスコップをお貸し頂きたい」

「は、はい。ただいま!」


 男は遠巻きに眺めていたスコップを持っている村人のところにいき、それからルシンダのところへと駆け寄った。


「ハロルドさん? 一体何を?」

「せめて、最後の別れくらいはさせてやるのですぞ」


 そう答えるとハロルドは村人からスコップを受け取り、女性に覆いかぶさっていたゾンビの体を乱暴に取り除いた。四肢と頭、そして胴体が転がり、ぐちゃりと潰れるとともに腐臭があたりに撒き散らされる。


「う、あ……」


 すると覆いかぶさられた女性が呻き声を上げた。


「ハロルドさん! この人まだ! 早く手当てを!」


 それに対してハロルドは涙を流しながら首を横に振った。


「ショーズィ殿、万が一助かったとしても、こちらのご婦人はゾンビとなってしまうのですぞ。聖女様がいらっしゃらない以上、助けることは不可能なのですぞ」

「なら! その聖女様に来てもらって!」

「聖女様にお出ましいただくには長い準備が必要なのですぞ。聖女様の奇跡を待つ者は多いですからな。我々の目の前で起きた不幸だからとといって、それを優先することはできないのですぞ」

「っ!」


 将司は反論することができず、悔しそうに唇を噛んだ。


「……パパ、ママ」


 そこにルシンダのか細い声が聞こえてきた。


「少女よ、我々が遅かったばかりに申し訳ない」


 ハロルドは涙を流しながらそうルシンダに謝罪した。


「だが、最後ですからな。何か声をかけてやりなさい」

「……ママ」


 ルシンダは涙でぐしゃぐしゃになった顔でそう呟いた。


「……ルシ……ダ」

「ママ!? ママ! ママ!」


 血まみれで地面に倒れたアンはなんとか言葉を絞りだし、ルシンダは涙をボロボロとこぼしながら叫ぶ。


「……う」


 アンは言葉にならない声でルシンダに呼びかけたかと思うと、そのまま動かなくなってしまった。


「ママ? ママ? ママー!」


 ルシンダの絶叫が村中に響き渡る。


 その様子を将司は悔しそうに見つめており、そんな将司の肩にボロボロと涙を流すハロルドがそっと手を置いた。


「ショーズィ殿、私とて悔しくて、悲しいのですぞ。聖騎士として任務をこなす中で、聖女様がこの場にいて下さったらと思ったことは数えきれないのですぞ」


 ハロルドの真剣な表情に将司は表情を引き締める。


「ですが残念ながら神に認められ、その御業を代行できる聖女様は本当に少ないのです。だからこそ、このような悲劇を生み出し続ける魔族どもを許すわけにはいかないのですぞ」

「ハロルドさん……はい」


 涙を流しながらも真剣な様子でそう訴えるハロルドに、将司もまた真剣な表情で頷いたのだった。

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