第25話 ゾンビを生み出す魔道具
「ホリーさん、先ほどの症状を詳しく教えていただけますか?」
ようやく落ち着いてきた私にエルドレッド様は優しげな笑みを浮かべながらそう尋ねてきた。
「はい。あの宝玉を見るとなんだかこう、背筋に寒気が走るんです。あとは、こう、上手く言えないんですけど不安になるっていうか……」
「そうでしたか。そんなものを不用意に見せてしまい申し訳ありませんでした」
「そ、そんなっ! そうなるのは私だけですから……」
「ええ、それでもそんな気持ちにさせてしまったのです。心配くらいはさせてください」
「あ、ありがとうございます」
エルドレッド様は優しい声色でそう言ってくれるが、あまりにも紳士すぎて逆に戸惑ってしまう。
町長だってとても紳士的な人だし、もしかして魔族の偉い人たちはみんなこんな風に紳士なのだろうか?
「しかしホリーさんがそのように感じるということは、人族にのみ感じ取れる何か……いえ、違いそうですね。恐らく聖女だから感じ取れる何かがあるということなのでしょう」
エルドレッド様はそう言って手元の布に視線を移した。
「ホリーさん、布越しでも何か感じますか?」
「いえ、特には……」
「なるほど。それでは少し失礼します」
そう言ってエルドレッド様は後ろを向くと何かをし、再び私のほうに向き直った。
「これではどうでしょう?」
エルドレッド様は別の布を差し出してきた。
「う……」
直接見たときのように強烈な悪寒が背筋を走ることはないが、それでもなんとなく不安と恐怖で気分が悪くなってくる。
「なるほど。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」
エルドレッド様はそう謝罪すると、先ほどの布を被せた。すると嘘のように不安や恐怖は嘘のように消えた。
「あの、今のは一体?」
「この布は魔力そのものによる作用のほとんどを遮断する効果を持っています。それに対して内側の布はただの布です」
エルドレッド様は突然難しいことを話し始めた。
「ああ、すみません。この布によってあの魔道具から放たれる魔力を遮断しています。正確なことは中身をきちんと確認できていないのでなんとも言えませんが、おそらく呪詛のようなものが込められているはずで、そこから発生する作用をこの布で遮断しているのです」
私が困っているのを見てエルドレッド様は説明を追加してくれたが、言っていることのほとんどを理解できない。
だがこのまま分かりませんといって聞き流すのも失礼な気がするので、耳慣れない単語が何かを質問してみる。
「あの、呪詛ってなんですか?」
「呪詛というのは、簡単に言うと人の悪意を凝縮したようなものです」
「悪意?」
「はい。この場合ですと、生ある者を呪い、死を撒き散らすといったものになるでしょうか。その呪詛を何かの媒介を用いて固定し、それを魔法を使って外部から固めています。さらにその外側には周囲のマナを吸収し魔力へと変換する回路、その魔力を内部の呪詛に供給する回路、さらに呪詛によって構築された魔法を取り出す回路、それを外部に放出する回路の四つが焼き付けられています。こういった仕組みはわりとよく見られるものですので、この魔道具の構造自体はそれほど目新しいものではありません」
「???」
どうしよう。エルドレッド様の言っていることがさっぱりわからない。
回路? って何?
マナ? 魔力とは何が違うのだろうか?
私が反応に困って
「ああ、すみません。難しいことを一気にお話しすぎましたね。私は魔道具の研究が趣味でして、ついつい魔道具の話になると熱が入ってしまうのです」
「いえ……」
「さて、ホリーさん。たしか聖女の奇跡の中に解呪の奇跡というものがあったかと思いますが、ホリーさんは使えますか?」
「実際に呪いを解いたことはありませんが、練習はしました。だからたぶん大丈夫だと思います」
「わかりました。それでは、この魔道具を無効化するお手伝いをしていただけませんか?」
「無効化できるんですか?」
「はい。この魔道具の内部に固めれた呪詛を解呪してやるのが一番安全な方法です」
「え? もしかして、あの宝玉を触らないとダメだったりします?」
「……そうですね。ですが、これを破壊してしまうと呪詛が周囲に飛び散ってしまいます。かなり強力な呪詛ですので大地が汚染されてしまい、下手をすると自然にゾンビどもが湧き出てくるスポットが出来てしまうかもしれません」
「それは……」
「どうしても難しい場合は回路を書き換えることになりますが、既存の回路の書き換えはかなり細かい作業を必要とします。それとこの魔道具は、どうやらこの回路がなくともわずかずつではありますがマナを取り込んで利用しています。正しく書き換えをしなければ暴発し、最悪の場合破壊したときと同様に汚染を撒き散らす結果となる恐れがあります」
言っていることが難しすぎて途中からさっぱり分からなくなったが、解呪しなければ危険だということだけは理解できた。
「わかりました。私、やります」
「ありがとうございます」
不安ではあるが、私が少しの間だけ我慢すればいいだけだ。
「ホリーちゃん……」
「ヘクターさん、大丈夫です。がんばります!」
心配そうなヘクターさんに私はそう強がって笑顔を向ける。
「ホリーさん、大丈夫ですよ。私が隣についていますから」
エルドレッド様はそう言って優しく微笑み、そして私の手をそっと握ってくれた。
するとほんの少しではあるものの、心がすっと軽くなるのを感じたのだった。
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