第19話 襲撃の爪痕

 ゾンビ撃退が撃退され、避難指示は解除された。人々は避難所から自宅へと戻っていく。


 私もお店の様子が気になるため、病院を後にして自宅へ戻ることにした。


 そんな私にヘクターさんが声をかけてきた。


「ホリーちゃん、ありがとう」

「はい」

「もう帰るのかい?」

「はい。お店がどうなっているのかも気になりますし」

「ああ、そうだよね。それとさ。昨晩話した抗ゾンビ薬だけど、お店に在庫はあるかい?」

「そんなに多くはないですが、ありますよ」

「そうか。じゃあ、全部うちに売ってくれないかな?」

「え? 全部ですか?」

「そうなんだ。町長が買占めされると必要な人に行き届かなくなるからって、全ての薬屋から買い集めとって指示を出したんだ」

「買占め? ああ、そうですね」

「必要な人にはただで渡すつもりなんだけど、どうかな?」


 なるほど。それはいい考えだ。


「わかりました。あと、奇跡が必要だったら呼んでくださいね」

「そうだね。でもホリーちゃん、昨日あんなに使ったんだから少しは休んだほうがいいよ?」


 ヘクターさんはあの一件以来、ちょっと過保護になっている気がする。


 けれども、私だって町の一員なのだ。同じ故郷に暮らす人たちの力になりたい。


「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 私はニッコリ微笑むと、力こぶを作るポーズをして元気なことをアピールする。


「そっか。それじゃあ、どうしようもなかったらお願いしようかな」

「はい!」


 こうして私は一夜を明かした病院を後にし、自宅へと向かう。


 その道中、あちこちに火災の痕が残されていた。だが幸いなことに町の建物はザックスさんたちが建てた石造りの建物だ。前と同じように延焼してはいないようだ。


 とはいえ木の扉や窓枠などは燃えるため、そこに着火するとそのまま室内がすべて燃えてしまうのだ。そうなってしまえば家財道具一式を失ってしまうため、生活は立ち行かなくなってしまうだろう。


 私のお店は大丈夫だろうか?


 あのお店にはおじいちゃんの遺してくれた大切な道具と想い出がたくさん詰まっているのだ。


 それがもし焼けていたら……!


 不安に駆られ、私は足早にお店へと向かう。


 無事だったアネットの食堂の前を通り過ぎ、私のお店が見えてきた。


 何かが焦げたような臭いが立ち込めている。


 そして私のお店……の隣の建物が黒焦げになっていた。


 一瞬ドキッとしたが、おじいちゃんとの想い出のお店が無事だったことに胸をでおろす。


 それと同時に黒焦げとなった建物の前で途方に暮れている夫婦の姿を見つけ、自分だけが助かったと安堵したことに対する罪悪感にさいなまれる。


「バートさん、ハンナさん……」

「ああ、ホリーちゃんか」


 彼らはこの焼けてしまった建物に住んでいる夫婦で、服屋を営んでいる。私の服は二人のお店で買ったものばかりだ。


「ホリーちゃんは、無事でよかったね。グレン先生がのこしてくれた大切なお店だもんね……」

「ハンナさん……」

「ああ、私たちはこれからどうしたらいいんだろうねぇ」

「……」


 そんな二人になんと声をかければいいか分からずに立ち尽くしていると、背後から二人に声をかけてくる人がいた。


「ああ、バートさんのところは焼けちゃったんですね」

「え?」


 振り返ると、そこにはこの地区を担当しているお役人のナタリアさんがいた。ナタリアさんはすらりと背が高く、プロポーションも抜群で仕事ができるオーラを全身から漂わせるかっこいい眼鏡美人だ。しかもオーラだけでなく実際に仕事もできるため、憧れる女子は少なくない。


「ああ、ナタリアさん。もう私たちはこれからどうしたら――」

「安心してください。今回のゾンビ襲撃で発生した火災による損害は全て町が補償します。この火災は戦闘時に衛兵たちの放った火が原因ですので」

「っ! 本当かい! ああ、ありがとう!」

「ですから、まずは被害の状況を確認します。それから必要書類に――」


 ああ、良かった。町長が補償してくれるらしい。


 胸のつかえが取れた私は自分のお店の様子を確認しようと歩きだす。すると、背後からナタリアさんに呼び止められた。


「ホリーさん!」

「はい?」

「この度は、衛兵隊の治療にご尽力いただきありがとうございました」

「いえ、そんな……」

「町長より慰労会を開きたい旨、言付ことづかっております。ご参加いただけますか?」

「え? 私なんかにですか?」

「はい。是非に、と」


 当然のことをしただけなのでそんなことをしてもらう理由はないと思うが、かといって断る理由があるわけでもない。


「……わかりました。喜んでお伺いします」

「ありがとうございます。それでは招待状を後日、お送りいたします」

「わかりました。じゃあ私はこれで」

「はい。失礼します」


 こうして私はナタリアさんと別れ、店内に入った。


 店内にゾンビが侵入した形跡はなく、避難したときのままだ。


「えっと、抗ゾンビ薬の在庫は……」


 薬を保管している部屋に入って抗ゾンビ薬の入った青い瓶の数を確認する。


「ああ、十五本しかないや」


 原料となるホワイトアッシュベリーが実をつけるのは来年の八月ごろだ。それまでの間、この町では抗ゾンビ薬を生産できない。


 となると、間違いなく抗ゾンビ薬は不足するだろう。


 いくらこれから雪で閉ざされるとはいえ、春先のゾンビ被害が心配だ。


 そんなことを考えつつも抗ゾンビ薬を籠に入れ、病院に届けるべくお店を出たのだった。

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