第18話 夜明け
食堂にきた私たちはみんなと同じ夕食を受け取った。
夕食といってもこの緊急事態にきちんとした食事を用意できる余裕はないらしく、メニューはスープとパンのみだ。しかしこのスープにはお肉とお野菜がたっぷり入っていて栄養満点なので、これを食べてしっかり寝れば明日の朝には魔力もちゃんと回復しているはずだ。
「あの、ヘクターさん」
「なんだい?」
「その、戦況はどうなんですか? 一度、町の中まで入られちゃいましたよね?」
「ああ、そうだね。失敗しちゃったけど、今はもう大丈夫だよ。それに、少しずつゾンビの数が減ってきてるんだ」
「本当ですか!?」
「本当だよ。だから、ホリーちゃんもこれを食べたらしっかり休むんだよ」
「はい。あ、でも実はさっきまで寝ていたんですよね。だからあんまり眠れないかもしれません」
「そういえば、さっき仮眠室から出てきたもんね」
「はい」
「それでも横になっておいたほうがいいよ。きっとホリーちゃんに治療してもらいに来る奴がいるはずだからね」
「え?」
「だってお店、開けるんだよね?」
「はい。開けられるなら開けたいですね」
「抗ゾンビ薬、きっとたくさん売れるよ」
「でもあれ、そんなにたくさん作れませんよ?」
「そりゃそうか。なんの木の実から作るんだっけ? ブルーベリー?」
「違いますよ。ホワイトアッシュベリーです」
「ああ、そうそう。そんなのだったね」
そう言ってヘクターさんは楽しそうに笑ったのだった。
◆◇◆
食事を終え、ホリーを病院の仮眠室まで送ったヘクターは再び街壁の上へとやってきた。
「町長、戻りました」
「ああ」
「状況はいかがですか?」
「ゾンビどもの数は間違いなく減ってきたな」
ヘクターは街壁の外に視線を送った。すると
「ああ、ようやくですね」
「そうだな」
押し寄せるゾンビの群れに対して嫌気がさしていたであろう彼らの表情には希望の色が浮かんでいる。
「おっと、火が」
ヘクターは鎮火しそうになっていた場所に火球を撃ち込み、再びゾンビに着火した。
「このまま行けば、明日の朝には終わりそうですね」
「ああ、そうだな。そうなってほしいものだ」
町長はうんざりした様子でそう答えると、突風を吹かせて灰を吹き飛ばす。
「儂はいったん休憩させてもらうぞ」
「はい。お疲れ様でした」
そうして街壁を後にした町長を見送ったヘクターは、再びゾンビたちへと視線を向ける。
「さて、もうひと踏ん張りしますかね!」
小さく気合を入れると、再び鎮火しそうになっている場所に火球を撃ち込む。
そうして延々とゾンビを燃やし続けていると、やがて空が白んできた。
そう。夜が明けたのだ。
すぐに朝日が顔を出し、ホワイトホルンの町を照らしだす。
ホワイトホルンの町の周囲は積もりに積もったゾンビの灰により、遠目から見れば雪でも降ったかのように白く覆われていた。
しかし、一面の白の上に動く影はない。
「ゾンビが……いない?」
「いない、な」
「やった、のか?」
「そのようだな」
「よくやった! 諸君の働きのおかげで、町は守られた!」
町長の声に、街壁の上に陣取っていた衛兵たちからは歓喜の声が沸きあがる。
こうして三日三晩にわたって続いた大量のゾンビによる襲撃は、ようやく終わりを告げたのだった。
◆◇◆
私が目を覚ますと、すでに窓の外は明るくなっていた。
眠れないと思っていたのに、意外とぐっすり眠ってしまったようだ。
昨日しっかり食事をしたおかげか、体調はすこぶる良好だ。
治療を始めようと仮眠室から病室に出ると、衛兵さんたちも患者さんたちも皆明るい表情を浮かべている。
もしかして……?
「おはようございます。あの……」
「あ! ホリーちゃん! おはよう! ゾンビ、撃退したよ!」
「本当ですか!?」
「ああ! ついに! ついに森から出てこなくなったんだ!」
「やったぁ!」
私は病室にいる皆さんと一緒に喜びを分かち合う。
そうしていると、重傷者の病室の扉がガチャリと音を立てて開かれた。
「……ホリーちゃん」
「あ……ニール兄さん」
左腕を失ったニール兄さんが複雑な表情で立っていた。
「ホリー、ありがとう。助けてくれたんだってな」
「……うん」
「そんな顔するなよ。俺はあのままなら死んでいたんだ」
「でも……」
「いいって。利き手はまだあるからさ。できることをするさ」
「ニール兄さん……」
「ホリー、ありがとう」
そう言い残してニール兄さんは辛そうな表情を浮かべたまま、病院から出ていった。
これで、良かったんだよね?
あの表情を見ているとどうしても正しいと思えないのに、ニール兄さんが生きていてくれたことが私は嬉しい。
でも……。
「ほら、ホリーちゃん! 朝食、まだだよね? 早く食べに行こうよ」
衛兵さんたちが気を遣ってくれたのか、私に明るく声をかけてくれた。
「……はい」
どうしたらいいのかはわからない。
これで本当に良かったのだろうか?
どうにもモヤモヤした気持ちは残るが、きっとこれで良かったのだろう。
私は自分になんとかそう言い聞かせ、食堂へ向かうのだった。
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