第20話 慰労会

「あっ! ホリー!」


 病院に抗ゾンビ薬を届けた帰り道、私はアネットとばったり出会った。


「アネット……」

「突然呼ばれたって聞いて心配してたんだよ?」

「うん。私は大丈夫だよ」

「そっか。ねぇ、ニールは?」

「あ……ニール兄さんは……」


 どうしよう。考えないようにしていたのに……。


「え? ニールに何かあったの? ねえ!」

「えっと、それは……」

「ホリー! ねえ! 教えてよ!」

「その、ニール兄さんに直接聞いたほうが……」

「直接?」


 アネットはホッとした表情になった。


「あ、そっか。怪我しちゃったんだね。じゃあ、あのとき呼ばれたのってもしかしてニールを治療するため?」

「ううん。ニール兄さんを治療するためじゃなくって、他に怪我した人がたくさんいたから……」

「そう……」


 それから私たちの間に沈黙が流れる。


 そこへなんともタイミングよくニール兄さんがやってきた。


「おーい、二人ともこんなところで何してるんだ?」

「え?」

「ニール!?」


 アネットはものすごい勢いで振り向いたが、ニール兄さんの失われた左腕を見て固まってしまった。


「え? その腕……」

「ああ、ヘマしちゃったんだ。でも、ホリーが治してくれたからな。おかげでなんとか生きてるよ」

「そんな! ニール! その腕じゃ!」

「そうだな。ちょっと衛兵はキツそうな気もするけど、どうしようかなぁ」

「っ!」


 ニール兄さんはそうあっけらかんと言い放ち、アネットはその言葉に絶句する。


「ま、命があるだけマシだよ。衛兵の仲間たちだって何人も食い殺されたんだ。ゾンビになって、燃やした仲間だっていた。だからそれに比べれば、さ」


 ニール兄さんはそう言って遠くを見た。


 諦めているようにも見えるが、きっと悔しいのだと思う。


 ただ、私はそんなニール兄さんになんと声をかけたらいいのかわからない。


「まあ、気にしていないよ。腕を基に戻すのはできないんだろ?」

「うん。再生リジェネレートの奇跡は、使えないから……」

「なら、どうしようもなかったんだ。それに片腕でもしばらくは衛兵を続けさせてもらえるみたいだしな。ダメだったらできることを探すさ」

「ニール……」


 アネットはなんともいえない表情でニール兄さんをじっと見つめている。


「ほらほら、二人とも暗い顔すんなって。せっかく無事だったんだから、家に帰ろうよ」

「うん」


 こうして少しぎくしゃくしつつも、私たちは家路についた。


 その道すがらニール兄さんに聞いたのだが、どうやらかなりの人がゾンビに噛まれて亡くなったのだそうだ。


 特に門に近い避難所には大量のゾンビが押し寄せた。


 その中で窓を塞ぐといった対応がきちんと取れなかった避難所は侵入を許してしまい、避難していた人たちが全員死亡するという大惨事も起きていたらしい。


 ちなみに私たちの避難した町会館では、町会館から慌てて逃げ出した人以外に死傷者は出ていない。


 ゾンビに噛まれたのも最初の一人だけで、その人も私が治療したので大丈夫だとのことだ。


 そんな暗い話をしながら歩いていると、アネットの食堂の前にやってきた。


「あ、良かった。お店、無事だった」

「おお、良かったな」

「うん」

「ホリーのお店は大丈夫だった?」

「うん。でも隣のバートさんのところが燃えちゃってた」

「え? それは大変だ。大丈夫なのか?」

「ナタリアさんが来てて、町長が補償してくれるって言ってたから」

「そっか。早く元通りになるといいね」

「うん。そうだね」


 このあたりに住んでいる人はほぼ全員バートさんの服屋で服を買っているはずなので、困る人も多いだろう。


「えっと、それじゃあ私はここで」

「うん」

「僕もだね」

「うん。ニール兄さん……」

「ほら、気にするなって。ね?」

「うん」


 こうして二人と別れ、お店へと戻ったのだった。


 ああ、そうそう。私たちと同じ町会館に避難していたあのロリコンの人は衛兵に突き出されたそうだ。なんでもロリコンなだけじゃなくて前から色々と悪いことをしていたそうで、大目に見ていた町の人たちも今回の件でついに堪忍袋の緒が切れたらしい。


 私は被害にったことがないのでよく分からないが、あんなにも温厚な町の人たちを怒らせるなんてよっぽどのことをしたのだろう。


 これを機に反省してくれればいいのだけれど……。


◆◇◆


 それから三日後、私の慰労会という名目で町長がランチをご馳走してくれることとなり、町の中心にある町長のお屋敷にやってきた。


「君がグラン先生の後継者かね?」

「はい。ホリーといいます」

「そうか。儂が町長のアリスターだ。ホリー先生と呼んだほうがいいかね?」

「いえ、ホリーで結構です」

「そうか。ではホリー、衛兵たちの治療をしてくれただけでなく抗ゾンビ薬の件でも世話になったそうだな。町を代表して礼を言わせてもらう。ありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです。おじいちゃんであれば、絶対にそうしたはずですから」

「それでも、だ。それに、グラン先生は良い後継者をのこしてくださったのだな」

「私なんか、まだまだです」

「ふむ。その謙虚な姿勢もグラン先生そっくりだ」


 おじいちゃんにそっくりと言ってもらえるのは正直、とても嬉しい。


 おじいちゃんは私の憧れであり、目標であり、そしてたった一人の大切な家族なのだ。


「ところで、ホリーは奇跡を使えるのだそうだな」

「はい。どうやら人族にしか使えないみたいなんですけど、おじいちゃんが人族の町からわざわざ本を手に入れてくれていたみたいなんです。それを読んで練習したら、使えるようになりました」

「うむ。儂も、聖女と呼ばれる人族の女性のみが使えるという話は聞いたことがあるな」

「はい」

「ゾンビ退治でも、衛兵たちが世話になっているそうだな。ゾンビを燃やさずに退治できると聞いたぞ?」

「そうです。ゾンビを退治するのは浄化の奇跡というものになります」

「そうか」

「町長、ホリーちゃんの浄化の奇跡はすごいですよ。なにせ、ゾンビを退治してるのにゾンビを呼び寄せないで済みますから」


 一緒に参加しているヘクターさんが言葉足らずな私の補足をしてくれる。


「ほう。それはすごいな。他にも怪我の治療ができるのだったな?」

「はい。そうです」

「ホリーちゃんの治癒の奇跡はもっとすごいですよ。瀕死の者でもあっという間に治りますから。さすがに大人数は無理みたいですけど」

「ああ、なるほど。魔力の枯渇か。しかし、風の噂で聞く聖女の奇跡と比べるとずいぶんと強力だな」

「え? そうなんですか?」

「うむ。人族の事情まではあまりわからんがな。力の強い聖女でも、骨折を治せる程度が精々だと聞いていたぞ」

「でも、私は本を読んでやっただけですから……」


 正直、何が正解なのかはわからない。


 ただ、私の場合は本で勉強したらできてしまったのだ。


 ちゃんと習ったものではないので、はっきり言ってきちんと教わった人と比べたらまだまだなのではないかと思う。


 人族の街ではきっと先輩の聖女がこれから聖女になろうとしている子を教えているのだろうし、私なんかよりもっとできる人がたくさんいても不思議ではないと思うのだが……。


「そうだな。だが昔、たしか三百年くらい前だったかな? 人族が攻めてきたことがあったが、そのとき人族の軍にいた聖女は瀕死の者を治すなどできなかったはずだぞ」

「はぁ」


 そんなことを言われても、私はどう反応すればいいんだろうか?


「ほら、町長。ホリーちゃんが困ってますよ? それに、ホリーちゃんにお願いがあるんですよね?」

「む? ああ、そうだったな。ホリーよ、頼みがある」

「頼みですか?」

「うむ。そんな奇跡を使えるホリーに、衛兵たちによる森の調査に同行してほしいのだ」

「調査ですか? でもゾンビはもう退治し終わって、安全になったんですよね?」

「いや、そうではない。理由は分からんが、三時間に一匹という決まった頻度で町にやってきているのだ」

「え?」

「当初は我々も残党かと思ったのだが、であれば毎回きっちり三時間に一匹の頻度で現れるのはおかしい」

「それはたしかにおかしいですね」

「というわけで、その原因を調査したいのだ。その調査をするにあたり、ゾンビを呼ばずにゾンビを退治できるホリーの力を借りたいのだ」


 なるほど。そういうことならゾンビを呼び寄せない私がいたほうがいいだろう。


「わかりました。いつもゾンビ退治にはご一緒していますし、任せてください」

「うむ。ときにホリーはグラン先生のお店を継いでいるのだったな?」

「はい」

「手当の他に休業補償もきっちりと出すので安心してくれ」

「え? いいんですか?」

「うむ。これは緊急事態だからな。それに今は薬の需要が多いのだろう? そんな時期に町の事情で休んでもらうのだ。それくらは当然のことだ」

「わかりました。ありがとうございます」


 こうして私は三時間ごとに現れるというゾンビの謎を解明するため、再び森へ向かうこととなったのだった。

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