第15話 反撃

「アネット?」


 せっかく仕事を終えて戻ってきたというのに、どうも様子がおかしい。


 アネットは私を見てなぜか口をあんぐりと開けているし、みんなもどこかおかしい。


 空気が変というか、なんというか、そう。とにかく普通ではないのだ。


「ホリー、なんだよね?」

「うん。そうだけど、何かあったの?」

「うわあああん! ホリー! ホリー!」


 突然アネットが私の頭を掴むと自分の胸に押し当てて、そのままわんわんと泣きだした。


 アネットのほうが私よりもかなり背が高いし力も強いので、こうされると私は全く動けなくなってしまう。


 それとこの姿勢、頭を胸に押し当てられているせいで実はかなり苦しい。


「んー! んー!」

「アネット、ホリーちゃんが苦しがってるわよ?」


 シンディーさんの声が聞こえ、アネットはようやく私を放してくれた。


「アネット、どうしたの? 一体何があったの?」

「実は――」


 アネットがあらましを教えてくれた。


 なるほど。私たちを締め出したのはあそこでうつ伏せに倒れているロリコンの男らしい。


「だからホリーが外にずっと取り残されているんじゃないかって……」

「うん。最初はびっくりしたんだけど、入口の扉もちょうどいいからって外から塞いだの」

「え?」

「それであとはザックスさんたちが足場を作ってくれたから屋上まで登って、普通に戻ってきたの。だから大丈夫だよ?」

「ええっ?」


 アネットは口をパクパクさせている。


 きっとものすごい心配をかけてしまったのだろう。


「えっと、アネット。心配かけてごめんね。ただいま」

「あ……! うん。おかえり!」


 アネットはそう言ってニッコリと笑ってくれたのだった。


◆◇◆


 それからというもの、私たちの避難した町会館の中は平和そのものだ。


 食料もきちんと運び込まれており、一週間くらいであればこのまま籠城できるそうだ。


 ただ心配なのは周りにゾンビがあふれかえっており、町のあちこちから火の手も上がっていることだ。


 ゾンビを退治するために放たれたものなのだろうが、誰かの家が燃えているのだと考えると胸がきゅっと締め付けられる。


 ちなみにホワイトホルンの町は全て石造りだ。ザックスさんたちが魔法と建材を組み合わせてしっかりとした建物を建ててくれているので、火事になったとしても延焼する心配はそれほどない。


 どうしてそんなことを知っているのかというと、以前近所の集合住宅で火事があったからだ。火元となったのは一階の中央付近にある部屋だったのだが、なんとその部屋の中が焼け落ちただけで他の部屋は無事だったのだ。


 もちろんすすなどで建物が黒くなってはいたが、すぐに大工さんの手によって元通りに修繕されていた。


 そんなわけなので、火災が起きたとしても町全体に被害が及ぶようなことはない。


 とはいえ、これだけゾンビに入り込まれてしまうと後始末に追われることは間違いない。


 ああ、きっと町の中でゾンビスモークを焚いて残党狩りをすることになるのだろうな。


 となると、これじゃあしばらくお店を開けることはできないかもしれない。


 でもその前にお店が無事かどうかが問題なのだけど……。


 確認しに行きたいが、今それをする術はない。


 もう私たちに逃げ場はないのだ。


 私たちにできるのは、衛兵さんたちを信じて待つことだけだ。


 ニール兄さんたちも無事だといいのだけれど……。


◆◇◆


 町にゾンビたちが侵入してかなりの時間が経過した。ヘクターは街壁の上に立ち続け、火球を放ちながら必死に部下たちを鼓舞している。


「焼け! 焼くんだ! 一匹でも多くゾンビを焼くんだ!」

「はい!」


 部下たちもそれに応え、必死にゾンビたちへと火球を放ち続ける。


「この、クソッタレどもがぁぁぁぁ」


 町長も今日何度目かの巨大な火球を街壁の外にいるゾンビたちに放ち続けている。


 すでに街壁の前には灰が積み上がり、なだらかな坂が五メートルはあろうかという街壁の上部まで達している。


「ええい! いい加減にしろ! 向こうへ行け!」


 町長は怒りに任せ、灰の坂道を登ってくるゾンビたちを吹き飛ばそうと強烈な突風を叩きつけた。


 どうやら相当フラストレーションが溜まっていたようで、坂を登ってきていたゾンビたちだけでなくさらにその先五十メートルほどにわたって吹き飛ばした。


 その結果、町長が担当している範囲の町の外側におよそ五十メートルほどの空白地帯が生まれた。


 しかもなだらかな坂となっていた灰の一部がごっそりと削り取られ、なんと坂の途中に高い段差が生まれていた。


「お?」


 町長はその光景を見て思わず驚きの声を上げた。


 もちろんその空白地帯はゾンビたちによってすぐに埋められていったのだが、なんとゾンビたちはその段差を登ることができずにいるのだ。


「おお?」

「あれ?」

「……そんな手が?」


 濃い疲労のせいだろうか?


 それとも最初に失敗したせいだろうか?


 町長もヘクターも他の衛兵たちも、誰一人として強力な風魔法で灰ごとまとめて吹き飛ばすということに思い至っていなかったのだ。


「風だ! とにかく強力な風を吹かせて坂道をえぐれ! 燃やすのは後でいい!」


 突如与えられた正解に衛兵たちは飛びついた。


 すぐさま突風を吹かせ、ゾンビたちを坂道から吹き飛ばし始めたのだ。


 視界は灰色に染まる。


 やがて視界が晴れ、衛兵たちの視界に飛び込んできたのは街壁へ登れずにうごめいているゾンビたちの姿だった。


「やった! やったぞ!」

「今のうちだ! 門を奪還しろ!」

「儂が門の前のゾンビどもをやるぞ!」


 ヘクターの号令で一部の衛兵たちが門の奪還に向かい、町長は宣言どおり門の前にいるゾンビたちを徹底的に燃やしていく。


 そうしているうちに街壁から降りてきた衛兵たちが門の下まで辿り着いた。


「バリケードを作れ」

「はっ!」


 衛兵たちは地面に手を当てて魔法を発動し、腰ほどの高さの岩壁を作り出した。


「門は奪還したぞ! 町の中に侵入したゾンビどもも掃討しろ!」

「はっ!」


 こうして門は奪還され、衛兵たちは住人たちを守るべく町中へと散っていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る