第14話 同胞とは

 エントランスホールにやってきたアネットは、破壊された開閉装置を見てぎょっとした。それからすぐに顔から血の気が引いていく。


「お父さん! お母さん! 誰か! 扉が! 鍵が壊されてるの!」


 悲痛な叫び声にエントランスホールへと人が集まってくる。


「こりゃひどい……」

「これは普通折れないだろ」

「誰だよこんなことをしたのは……」


 集まってきたうちの一人がそう呟くと、視線が一斉にアネットへと集まった。


「え? 私? そんなわけ――」

「ああ、そうだな。君なわけないな。音もしなかったし、すぐに叫んでたもんな」

「それもそうだな」

「ということは、やっぱりあいつか?」

「あいつっぽいな」

「食い逃げするくらいだからな」

「ま、これくらいなら技師がくればすぐ直るだろ」

「だな。とりあえず、待つか」

「ああ」


 集まってきた男たちはそのまま奥の部屋へと戻っていく。


「え? ちょっと? 外にはホリーと大工さんたちがいるんですよ? ねえ! ちょっと!」

「そんなこと言ったって無理だろう? 鍵がちゃんと動くならまだしも、壊して開けたら閉められなくなるぞ?」

「それは……」

「そんなことをしたらここだって安全じゃなくなるんだ。悪いけど、これ以上ここを危険にさらす訳にはいかないんだよ」

「それに、あの子は奇跡が使えるんだろ? それならなんとかするって」

「でも! ホリーはついこの間、奇跡の使い過ぎで倒れたんですよ! だから!」

「そんなこと言ったってどうしようもないじゃないか! それともその子を助けるために、俺ら全員に死ねっていうのか!?」

「そんなこと……私はホリーやザックスさん、それに危険を顧みずに外で作業をしてくれた人たちを助けたいだけなのに……」


 アネットが目に涙を溜めてそう訴えた。


「そ、そんなこと言われても……俺たちにはどうしようもないじゃないか」

「……」


 その言い争いは中の部屋まで響いていたようで、セシルの芝居がかった声が聞こえてきた。


「そうですよ! 皆さん! 今扉を開けば皆さんも死んでしまいますよ! それでもいいんですか?」

「あいつ!」


 アネットはエントランスホールから中の部屋へと駆け込む。


「何よ! もとはといえばアンタが鍵を壊したせいでしょうが!」


 しかしセシルは見向きもせずに演説を続ける。


「それによく考えてみてください。鍵が壊れているということは、鍵を開けることもできないということですよ! それがどれだけみなさんの安全にしていることか!」


 芝居がかった口調のままそう演説をするセシルに眉をひそめている者もいれば、それはそうだと納得の表情を浮かべている者もいる。


「お願いします! ホリーを! ザックスさんを! みんなを助けたいんです! 誰か!」


 アネットの必死の懇願をあざ笑うかのように、セシルは無神経な言葉を放つ。


「それに、ホリーというのは人族じゃないですか! 人族なんかのために我々魔族が犠牲になる必要なんてありませんよ! そうですよね? 皆さん!」


 その言葉に部屋の空気が一瞬で凍り付いた。


 何人もの人たちが立ち上がると、怒りの形相を浮かべてずかずかとセシルのほうへと詰め寄っていった。


「お前、何様のつもりだ?」

「え?」

「俺はな! ホリーちゃんに! グラン先生にだって散々世話になったんだ! 何が人族だ! 魔族に生まれたのがそんなに偉いのか!」

「え? ええ?」

「そうだ! ホリーちゃんはいつだってグラン先生の孫娘として恥ずかしくないように勉強していたじゃないか!」

「態度だって立派だったぞ! 俺たちのために危険を承知でゾンビ退治にだって行ってくれてるじゃないか!」

「そうよ! あの子は私たちの同胞よ!」

「そうだそうだ!」

「それに引き換えお前はなんだ! 食い逃げ野郎!」

「この泥棒が!」

「魔族か人族かの前に、てめえが人として最低じゃねぇか!」

「え? 皆さん? え?」


 セシルは彼らが激怒している理由が分からないようで、ただひたすら困惑している。


「もう我慢ならねぇ。緊急事態だからと多めに見てたがな」


 殺気だった男たちがセシルをぐるりと取り囲み、近くにいた人たちはさっと距離を取った。


 焦った表情を浮かべながらじりじりと下がるセシルだったが、やがて壁際に追い込まれて逃げ場を失う。


 その中からまるでボディビルダーのように筋骨隆々な一人の大男が歩み出てきた。彼は相当腹を立てているようで、額に青筋を浮かべている。


「おまえ、ホリーちゃんを人族って言って差別しやがったな? ならお前は魔族らしく、強さで決着つけるんだよなぁ? 決闘だ! ホリーちゃんの名誉を懸けて決闘だ!」

「え? ええ? ちょっと? アンディさん? 暴力反た――」

「うるせえ! お前も魔族なら自分の言葉に責任持て! いくぞ!」


 アンディは即座にセシルとの距離を詰めると、腹に強烈なパンチを入れた。


「あ、が……」

「どうした! この程度か!」

「こ、この!」


 セシルは反撃しようと拳を繰り出した。だがアンディはそれを軽々とかわし、カウンターで顔面に一撃を入れる。


 それからアンディは一方的にセシルを殴る展開となった。もはや反撃する素振りすら見せないセシルに周囲の男たちは次々と野次を飛ばす。


「おら! この野郎! それでも魔族か!」

「金返せ!」

「そうだ! 金返せ!」


 そうしてしばらくサンドバッグ状態となったセシルは大の字になり、ぐったりと地面に横たわった。はぁはぁと苦しそうに息をしており、胸が大きく上下している。


 だが大した怪我をしていないところを見る限り、アンディはそれなりに手加減はしていたようだ。


 するとセシルに何人もの女性たちが近寄ってきた。


「食い逃げした分のお金を払え! それからホリーに謝れ!」


 アネットがセシルの耳元で大声を上げると、次の女性に交代する。


「おばあちゃんからだまし取ったお金を返せ!」

「あたしが貸したお金、返せ!」

「盗んだ私のペンダント、返せー!」


 次々に女性たちが耳元で大声を上げ、セシルに追撃を与えていく。


 そうして大声で罪の数々を暴露され続け、ようやく最後の女性となった。


「この変態! 盗んだ妹の下着を返せー!」

「え?」


 その言葉に一部の女性が固まった。


「え? あんたの妹って……」

「そうよ。六歳よ。あんな小さい子の下着を盗むなんて最低よ!」


 それを聞いた人たちは汚物を見るような目でセシルを見つめる。


「な? そ、それだけは……濡れ衣……」


 セシルはなんとか言い訳をしようとするが、女性の一撃が完全に粉砕する。


「忘れたとは言わせないわよ! 一週間前! 大通りで妹が初めて自分で選んで買ったお気に入りの下着! バスケットから盗んだじゃない! この変態! ロリコン!」

「あ」


 室内の空気が完全に凍り付いた。


 あまりの気まずさに全員がフリーズしていると、アネットの後ろから呑気な声が聞こえてくる。


「ねえ、何かあったの? ロリコンって誰?」

「え?」


 アネットは一瞬固まり、それからギギギと音がしそうなほどぎこちない動作で振り返る。


 するとなんとそこにはホリーの姿があった。しかも外で作業していたザックスたちも一緒にいる。


「え? ホリー? ホリー? ええええっ!?」

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