第16話 野戦病院
日が傾いてきた。ゾンビたちの襲撃が始まってから三度目の夜を迎えようとしている。
窓という窓を全て塞いだおかげもあり、私たちの避難している町会館は無事だ。
しかも驚いたことに、取り囲んでいるゾンビたちの数が目に見えて減り始めているのだ。
これはもしかすると、衛兵さんたちがゾンビの撃退に成功したのかもしれない。
いや、もしかするとどこかで燃えているゾンビの匂いに引き付けられただけということもあり得る。最悪、どこかの避難所が……。
そんなことを考えつつも屋上からゾンビたちの様子を観察していると、町会館前の広場にたむろしているゾンビたちに通りのほうから火球が撃ちこまれた。
衛兵さんたちだ!
彼らは次々とゾンビたちを燃やしていき、あっという間に広場を取り返してくれた。
「おーい! 無事かー?」
衛兵さんの一人が大声で呼びかけてきた。
「無事でーす! 中に怪我人はいません」
「お? その声は、ホリーちゃん!? ホリーちゃんだよね?」
「はーい!」
「よかった! やっぱりここの避難所だった! ホリーちゃん! ちょっと助けてほしいんだ!」
「わかりましたー! ちょっと待っててくださーい!」
私はザックスさんにお願いして足場を作ってもらい、屋上から地上へと降りた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと負傷がかなり出ていて厳しいんだ。悪いんだけど、治療をお願いできないかな?」
「もちろんです! 行きます」
「ホリーちゃん、大丈夫なのかい? この間倒れたんだろう?」
ザックスさんが心配そうに私を見ている。
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です。たくさん休みましたから」
「そっか……」
「それより、ザックスさんは早く戻ってください。私たちは大丈夫ですから」
「……分かったよ。無理しないでね」
「はい!」
ザックスさんが足場を登って屋上へと戻ると、すぐにその足場は砂となって崩れ落ちる。
「いってきまーす!」
「気を付けてねー!」
屋上のザックスさんに向かって大きく手を振ると、ザックスさんも手を振り返してくれる。
こうしてザックスさんに見送られ、私たちは負傷者のもとへと急ぐのだった。
◆◇◆
私たちはゾンビによって荒らされた町を駆け抜け、怪我人が集められているという病院へとやってきた。
道すがら、ゾンビたちに襲われることはなかった。きっと町中に入り込んだゾンビの大半はもうすでに衛兵さんたちが退治してくれ、安全がそれなりに確保されているのだろう。
「みんな! ホリーちゃんが来てくれたぞ!」
「ああ! 良かった! ホリーちゃん! 頼む!」
私が病院の入口に来るなり、見張りの衛兵さんは安堵した表情を浮かべる。
どうやらかなり切迫した状況のようだ。
「はい!」
大急ぎで病院内に飛び込むと、部屋の中には所狭しと怪我人たちが並べられていたのだ。
大体、五十人くらいはいる気がする。
「う、こんな……」
あまりの惨状に、私は思わず後ずさってしまった。
「全員ゾンビにやられたんだ。早く処置しないと!」
ああ、そうだ。ここで私が
急いで処置しないと、この人たちまでゾンビになってしまう。
「はい! まず、軽症の人は傷口を抗ゾンビ薬で洗ってください。この人数だと、全員を奇跡で治療することはできません。だから重症の人から順番にやります!」
「わかった。おい! 抗ゾンビ薬の在庫はまだあるか?」
「もう在庫がありません!」
「じゃあ普通の解毒薬でいいので、傷口を洗って綺麗にしてください。それでも多少は進行を遅らせられるはずです」
「わかった!」
中で治療に当たっていた衛兵さんが狭い室内を歩いていき、解毒薬を持ってきた。そしてすぐに傷口を洗い始める。
「いててて!」
きっと
「ホリーちゃんの処方だ。我慢しろ」
「ホリーちゃんの……う、ぐっ」
ちなみにこの衛兵さんは薬師というわけではない。私たちの町でこんなに怪我人が出ることはないため、衛兵隊に薬師はいないのだ。
では普段衛兵さんたちが怪我をした場合はどうしているのかというと、自分で薬屋に行ってお薬をもらうか、私のところに来て治療を受けるかしている。
もちろん薬代や治療費は後日、衛兵隊から私たち薬屋に支払われる。そうすることでこれまでは上手く回っていたのだ。
「重症の人はどこですか?」
「こっちだ」
私は別の衛兵さんに案内され、部屋の奥へと向かう。
案内された部屋に入ると、そこには五人の重症患者がベッドに寝かされていた。
全員ひどい怪我だ。
「治療します!」
私はまず、五人にそれぞれ浄化の奇跡をかけた。万が一助からなかった場合でも、ゾンビとならないようにするためだ。
それから私は一人目の患者さんの様子を確認する。
何体かのゾンビに噛みつかれたのだろう。下半身を中心に無数の噛まれた傷がある。無残に肉が食いちぎられており、このままでは長くはもたない。
「ホリーちゃん、助けられるかい?」
「はい。助けます」
私は治癒の奇跡の中でも効果の高い、大治癒の奇跡を発動した。
きらきらとした光に包まれ、傷口に吸い込まれていく。
するとあっという間に傷口は綺麗になり、苦しそうにしていた衛兵さんは安らかな表情へと変わった。
「はい。治りました」
「す、すごい……」
「次です!」
こうして私は重症患者五人全員を治療した。
全員大治癒の奇跡を必要とする大怪我だったものの、前に倒れたときのような感覚はまだない。
体感的には、まだあと数人は治療できそうな気がする。
よし、残る人たちも治療しないと!
そう考え、先ほどの部屋に戻って軽症の人たちの浄化をしようと思ったそのときだった。
「おい! 抗ゾンビ薬を持ってきてくれ! 早く!」
入口のほうから切羽詰まったような声が聞こえてきて、私は大急ぎで軽症の人たちが集められた部屋へと戻った。
するとそこで見たものは、なんと同僚の衛兵さんに肩を抱えられて運び込まれたニール兄さんの姿だった。
しかもニール兄さんの左腕は肘から先がなく、そこから大量の血が流れ落ちているではないか!
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