第12話 聖域の奇跡
「おい! 開けろ! おい!」
有志の人たちがいくら扉を叩いても返事はない。きっともう扉の前からはいなくなってしまっているのだろう。
「無駄だよ。あいつ、俺らを囮にしたんだ。それよりあのゾンビどもを近づけないでくれ! 壁を作るぞ」
ザックスさんが必死の形相で扉を叩いている人にそう言った。
「……そうだな。今はザックスの旦那に壁を作ってもらうのが先決だな。」
「ああ、そうだ。十分くらい時間を作ってくれ。そうすりゃなんとかなる」
「わかったぜ。ホリーちゃん、頼むぞ!」
「はい!」
ザックスさんは他の大工さんと一緒に町会館のエントランス前に少しずつ壁を作っていく。
あとはこれが完成するまでゾンビを近づけなければいいんだ。
少し前に出た有志の人たちが近づいてくるゾンビたちを転ばせていく。
それからある程度まとまった数のゾンビたちが動けなくなると、そこへ私が近づいて浄化する。
これの繰り返しだが、本当にキリがない。
ただ一つ救いなのは、ゾンビの密度が街壁の上から見たものよりもはるかに低いということだ。
きっとまだ街壁のほうでは衛兵さんたちが頑張ってくれていて、侵入するゾンビの数を減らしているのだろう。
だがそうこうしているうちに、なんと獣のゾンビの群れに交じって人型のゾンビがいることに気が付いた。
「あれは! スティーブ!?」
有志の人の声に私はじっと目を凝らす。
「え? あ……」
たしかに……あれはスティーブさんだ。スティーブさんはハワーズ・ダイナーの常連さんで、いつもお酒を呑みすぎては二日酔いの薬を買ってくれていた。
お薬を買うときにいつも次からはもう飲み過ぎないと言うクセに、すぐに二日酔いの薬を使い切って買いに来るダメなおじさんだった。
だけど優しくていい人で、いつも笑顔に囲まれていた人だったのに……。
だが、ああなってしまってはもうどうしようもない。
きっとゾンビに殺され、スティーブさんもゾンビになってしまったのだ。
「ホリーちゃん!」
「はい!」
悲しいけれど、仕方がない。
いくらスティーブさんの姿をしたゾンビだからといっても、もう意識は残っていない。あれはスティーブさんではなく、ただの魔族のゾンビなのだ。
他のゾンビたちと同じようにスティーブさんのゾンビにも容赦なく土の矢が撃ち込まれ、腕と片足が千切れたスティーブさんのゾンビは動けなくなって倒れた。
だがそれでも私たちのほうへと向かって這い寄ってくる。
……私たちを喰らうために。
まるで私たちに助けを求めているかのようにも見えるが、そうではない。
ゾンビに生前の意識が残っていたことは一度たりともない。変に情けをかければこちらが殺され、ゾンビの仲間入りをさせられてしまう。
私はすぐさまスティーブさんのゾンビに近づき、浄化の奇跡を発動する。
金色のきらきらした光はスティーブさんのゾンビを浄化し、あっという間に灰へと変えた。
そのついでに私の近くに這い寄ってきていた別のゾンビも光に触れ、一瞬で灰へと変わった。
「今度二日酔いのお薬、持っていきますね」
私はスティーブさんの灰に向かって小さく声をかける。
「ホリーちゃん! もういいよ! 戻ってきて!」
「はい!」
ザックスさんの声に私はエントランスのほうを振り返る。
するとそこには高さ二メートル、幅十メートルくらいの四角い石があった。まるで巨大な箱がエントランスにくっついたかのようで、とても不思議な光景だ。
「ホリーちゃん! 早く! ホリーちゃんが最後だよ!」
箱の前でザックスさんが大声で私を呼んでいる。
そうだ、早く戻らなくちゃ。
「あ゛ー」
ゾンビの声が近づいてきたことに気付き、私は大急ぎでエントランス前へと戻った。
「ホリーちゃん! ここから入って!」
「はい!」
壁には小さな丸い穴が開いており、私はそこから中に入った。私に続いてザックスさんも入ってくる。
「塞ぐよ!」
誰にともなくそう宣言したザックスさんが私たちの通った穴を魔法で塞いでいく。
「あ゛ー」
「あ゛ー」
徐々に穴は小さくなっていくものの、向こうからはゾンビの声が迫ってくる。
そして!
「うおっ!?」
突然穴から腐った鹿の頭が現れた。まるで石壁から鹿の頭が生えているようかのような状況だが、その影響でザックスさんの手が止まってしまった。
一方の鹿のゾンビはというと、この小さな穴を通り抜けようと無理やり体をねじ込もうとしている。
こんな小さな穴を鹿の体が通り抜けるなどできるはずがないのは明らかだというのに、すさまじい執念だ。
無理やり通ろうとしているせいでびちゃり、びちゃりと腐肉が飛び散り、腐臭が強くなる。
「ホ、ホリーちゃん」
「はい」
浄化の奇跡を発動し、飛び散った腐肉ごと浄化してやる。
「よし、今度こそ」
ザックスさんたちが穴を塞ごうと近づくと、またもや鹿の頭が飛び出してきた。
「うっ」
ザックスさんたちは慌てて飛び
今度こそとザックスさんたちは穴に近寄るが、またまた鹿の頭が飛び出してきた。
「くそっ! これじゃあキリがない」
どうやら穴を塞ぐには穴の近くを触る必要があるようで、触ろうとすると腐った鹿の頭が噛みつこうとしてくるのだ。
ここはちょっと大変だけれど、無理をしたほうがいいかもしれない。
「あの、少しの間なら聖域の奇跡でゾンビを退けることができます。だからその間に穴を塞いでください」
「ホリーちゃん、大丈夫なのかい? 倒れたんだろう?」
「ちょっとなら大丈夫です。それにこのままじゃ浄化の奇跡の使い過ぎでまた倒れちゃいますから……」
「……わかったよ。お願いできるかい?」
「はい!」
私は再びホラーな頭を浄化すると、続いて聖域の奇跡を発動した。
この聖域の奇跡はその名のとおり、聖域と呼ばれるエリアを作り出すことができる奇跡だ。聖域はすべての悪しき力を振り払う効果があるため、入ってきたゾンビは一瞬で浄化されて灰になる。
だがこの奇跡には魔力の消費が大きいという欠点がある。作り出した聖域の範囲が広ければ広いほどすさまじい魔力を消費するうえ、それを維持するのにも作り出すのと同じくらいの魔力を消費し続けるのだ。
今の私では一メートルくらいの聖域をしばらく維持するのがやっとだ。
それ以上やろうとすれば、きっとこの前のように倒れてしまうに違いない。
だがそうして発動した聖域の効果はてきめんで、頭を突っ込もうとしていた鹿のゾンビが一瞬で灰になった。
その後も続々とゾンビたちがやってくるが、ことごとく灰となって消滅していく。
「す、すごいな……」
「あの、ザックスさん。早く……」
「あ、ああ。そうだった」
ザックスさんは穴の近くの壁に手を突くと、再び穴を埋め始める。
そうして一分ほどで穴は完全に埋まった。
「ホリーちゃん、よく頑張ったね。ありがとう」
「ザックスさん……」
その言葉に私は聖域の奇跡の発動を止めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます