月栄え、桜染め

第15話 君は?

 



 う~ん。

 ……あぁ何だか寝心地悪い。それになんかムカムカするよ。だったらもうちょっと寝とくか……


 ん? なになに……? なんか脇腹ら辺に当たってるんだけど。ちょっと具合悪いから寝かせてくれ……


「……ですか?」


 ん? 人? 何言ってんの? てか寝かせてって……


「うぶですか……?」


 あぁ~もう。構わないでくれ……そんな叩かないでくれ……あぁ、分かった。分かった。目開けるから……


 眉間にしわを寄せながら目をうっすら開けると、目の前で女の子が顔を覗かせていた。

 長い髪に二重で大きい目。こんな子知り合いに居ないし、夢の中で夢を見るなんてなんてめんどくさい。


「大丈夫ですか?」


 女の子はそう言うと、俺の脇腹辺りを何回か叩きだす。


 あぁ……さっきから君が叩いてたのね。まぁ夢とはいえ、こんな綺麗な子に心配してもらえるなんてツイてるな……


「綺麗だな……」


 別に夢だから良いだろうと、軽い気持ちで口にしてみる。パッと見だけど、整っている顔だし、学校に居たら注目されるレベルだと思う。


「きっ、きれい!?」


 女の子はそう言うと、一瞬で顔を上げる。その顔はびっくりしたみたいな、驚いたようなそんな感じだった。その顔も意外と……なんて考えていると、女の子は続け様に、


「なっ、何言ってるんですか!」


 それと同時に、思いっきり右手を振り下ろした。バンっという音と共に、みぞおち辺りに感じる突き刺さるような痛み。


「うっ!」


 その痛みに、一瞬息が止まってしまう。そして無意識に口から声が溢れると、その後むせるように咳が飛び出してきた。


「ゴホッ!」


 その瞬間、反射的に体を横に向けると九の字に曲げてみぞおち辺りをさすっていた。


 あれ? これ夢……じゃない? めちゃくちゃ痛いし苦しいんですけど。

 確かに痛みの残るみぞおちを擦りながら、頭の中はパニック状態。


 すると、背中の方から女の子の慌てたような声が聞こえてくる。


「あっ! すっ、すいません!!」


 その声にすぐ返事できるほどの余裕はなかった。痛みが和らぐかは分からなかったけど、藁にもすがる思いで必死にみぞおちをさする。

 後ろでは女の子がなにやら慌てているみたいだけど、正直それどころではない。それでも、大きく深呼吸をしながら少し経つと、だんだん痛みも治まっていった。


 ふぅ……だいぶ治ってきた。びっくりしたぁ。よいっしょ。

 そのまま体を仰向けに直すと、それに気付いた女の子がさっきよりも近い距離で顔を覗いて来た。


「だっ、大丈夫ですか?」


 うわ……近い……

 女の子は心配そうな表情でこっちを見ているけど、その距離にドキッとしてしまう。真っ直ぐこっちを見ているから、その目から視線もはずせない。でも、なんか言わないと……


「だっ……大丈夫……です」


 無理やり口を動かして、なんとか出した言葉。


「はぁ。良かったぁ」


 ただ、女の子はそれを聞いた瞬間みるみる笑顔になっていって、そのまま後ろにへたり込んでしまった。その様子を見た俺は上半身をゆっくり起こして、その女の子の周りををもう1度良く見てみる。


 痛かったってことは、夢じゃない。

 夢じゃないってことは現実。

 この女の子も現実……。あれ? てかなんで寝てたんだっけ? 

 なんでこんな所で寝てたのか、ここはどこなのか、目の前の女の子は誰なのか。意識がハッキリした途端、頭の中が分からないことだらけで一杯になる。


 ゆっくり思い出せ。まずここには……あぁ、穴に落ちて気付いたらこの洞窟みたいな所にいたんだ。それから、歩いてきてそこの出口みたいなのを見つけて……


「でも、あんなこと言われたら誰だってびっくりしますよ!」


 考える間もなく、また女の子の顔が急接近してくる。


 だから……近いって!

 さっきより近い距離に女の子の少し怒ったような顔。思わず生唾を飲み込む。

 それにやっと気付いたのか、その女の子は急にハッとした表情を見せると、すごい勢いで体を横に向けて、


「ごっ、ごめんなさい……」


 そう言いながら恥ずかしそうに下を向いてうつむいた。そして訪れる静寂。

 やべぇ……気まずい。


 そんな無言の時間が続く中、女の子はほっぺにずっと手を当ててずっと下を向いたままだった。

 そんな女の子に、何か声をかけないととは思っていても、自分が置かれている状況が分からないことと、さっきの顔急接近の余韻が入り混じってて頭の中がまだ混乱していた。


 やばい。めっちゃ気まずい。下向いて動かないし、なんかしないと。だけどどうする? なんか話しかけるか? どうやって会話始めたらいいんだ?

 なにかいい口実、言葉がないか必死に考える。女の子にさっきのことを気にさせないような、そんな言葉。 


 何かないか? 何かないか? ……あっ、お礼はどうだ? 寝ていたのを起こしてくれた! それならさっきのことも関係ないし、話しやすいだろ!

 それは、その瞬間頭に閃いたシチュエーションだった。おれは会話の成功を確信すると、重い口をゆっくり開けた。


「あっ、あの……さっきはありがとうございました。その、起こしてくれて」


 なるべく自然に、なるべく笑顔で。そんなことを考えながら、ゆっくり女の子に話しかける。少し間が開いた後に、


「……いえ。とんでもないです」


 女の子は少し小さい声だったけど答えてくれた。

 なんとか重い雰囲気にひびはは入れれたかな?


「あの……、さっきはすいません!お腹叩いちゃったり、顔近付けちゃったり!」


 すると女の子は体をこっちに向けたかと思うと、深々と頭を下げながら必死に謝ってきた。全身から感じる申し訳ないオーラがヒシヒシと伝わってきて、何だかこっちまで申し訳なくなってくる。その雰囲気に、なぜか俺はその女の子の方を向いて正座していた。


 やっ、やべえ……話しできたまでは良かったけど、めちゃくちゃ謝ってるじゃん……


「そっ、そんなに謝んなくていいよ。それに俺が変なこと言ったのがそもそもだし。ねっ?」

「でも……」


 なんとかしようと話したものの、当の本人はまだ引きずってるみたいで、曖昧な返事に顔は下を向いたまんまだった。どうしたもんかと少し考え、


「お互い様だよ。あっ、おれ宮原透也っていいます」


 話題を変えようと、とえいあえず自己紹介をしてみた。突然なのは分かってたけど、このままあっちも自己紹介してくれれば、違う話題に持っていけるし話も逸らせる。それに実際聞きたいこともたくさんあった。


「あっ、私は桃野真白っていいます。はっ、初めまして」


 桃野……真白……さん? ちゃん? 

 まぁそこは今はどうでもいいとして、桃野さんは顔を上げて自分の名前を言ったと思ったら、またすぐ下げて。それが何だか面白くって、おかげで自分自身の変な緊張もほぐれた気がする。


「こちらこそ、初めまして」


 桃野さんへの返事を、なんだか普通にしゃべっていた。それだけで一歩前進だったけど、それを聞いたからか桃野さんの顔がゆっくりと上がってくる。だんだんと見えてくる顔は、まだ少し硬かったけど、なにより普通に話ができそうなのが嬉しかった。


「あっ、そういえばここってなんていう所? おれちょっと迷っちゃって」


 そんな俺の質問に、桃野さんは少し驚いた様子を見せたあと、視線を逸らしてゆっくり口を開いていく。


「ごめんなさい……私もここがどこかわからないんです」


 なんとなく分かっていた。

 おれの質問を聞いた瞬間に、桃野さんは目を逸らして少し悲しそうな目をしていたから、その時点で少し嫌な予感はしていた。まぁお互いに場所が分かるかもって期待があったなら、そうなるのも無理はないと思う。それに疑うわけじゃないけど、その表情は嘘を付いてるようには見えなかった。


 自分でもよく分からない。普段はそんな人の仕草とか気にならないのに、なんだか細かい部分まで気になってそれが目に入る。今だって仕草である程度の予感はしてたから、そんなにガッカリもしなかった。

 それだけじゃない。さっきだって、ここまで来る時だって、妙に頭が冴えるような感覚が……さっき?


 そうだ……さっきおれは男の声が聞こえたから、ここまで来たんだ……そして外に男は確かにいたんだ。

 その瞬間、寝る前の記憶が徐々に蘇ってくる。男が居たこと、女が居たこと。そしてその後のこと。


 その男は……三好剛。なぜか分からないけどあいつがいて、あと着物を着た女……そうだそしてその女があいつを……


「やっと目を覚ましたか」


 不意に、聞き覚えのある声が右の方から聞こえた。その瞬間、俺と桃野さんは合わせるようにそっちの方を振り向く。


 そこはおれが歩いてきた場所。そして、そこには……



 白い着物を着た髪の短い女の子が立っていた。



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