第16話 お前は?

 



 見覚えのある白い着物。

 見覚えのある短い髪の毛。

 見覚えのある水色の瞳。


 今度はすぐに消えない。今度は落とされる穴もない。すぐ近くに女の子は立っている。


 この女の子……

 俺を落とした女の子……

 ……そうだあいつのせいで……


 勝手に夢に出てきて、勝手に姿を現し、そして勝手に俺を突き落とした。その光景が頭の中を駆け巡る。その瞬間湧き出てくる怒りなのか、憎しみなのか分からない感情。そんな感情を隠すことなく、俺は勢いよくその場に立ち上がると、まっすぐにその女の子を睨み付けていた。


「そうカッカするな。透也」


 なんだ? その態度。

 女の子の飽きれるような素振りに、我慢できなくなった俺は感情に任せて怒鳴りつけていた。


「ふざけんな! いきなり現れて、ここにいるのも全部お前のせいじゃないか!」


 自分の声が洞窟の中に響き渡る。ただ、そんな声にも目の前の女の子は瞬きすらしないでじっとこっちを見ていた。

 俺も負けじと睨み付けるが、あんな声なんて出したことなかったから喉はヒリヒリするし、顔が少し熱くなってくる。

 そんな状況の中、ついに女の子はゆっくりと目を閉じた。


 よし! やってやった!

 なんて思ったのも束の間、すぐに目を開けるとさっきと変わらない素振りのままで、


「当たり前だな。必要だから、あたしがここに呼んだんだ」


 口元は少し笑っているかのような、そんな表情のまま平然と口に出してきた。


 呼んだ……? なに言ってんだ? お前が押したから穴に落ちたんだろ?

 あいつの言うことの意味が分からない。ただ、あいつが嘘をついてるのは明らかだった。呼んだんじゃなくて無理やり連れてこられた。それが事実。


「なにが呼んだだ! お前が俺を突き落としたんだ! 無理やり連れて……」

「なんでわざわざ畑の上まで行った?」


 俺が話しているのを遮るように、あいつが話し出す。それは今までと違って少し低くて、耳に響くそんな声だった。その声に、なぜか分からないけど自分の声がかき消されそうで言葉が出ない。


 なんでって……突然畑の上が気になって、そしたら地層があるって言うから……


「なんで洞窟を探検しようと思った?」


 洞窟見つけたら、誰だって探検したいと思うじゃんか……


「なんで穴をみつけた?」


 穴は偶然見つけたんだよ……


「なんで穴の中を覗き込んだ?」


 分からないけど、中が気になったんだよ……


 雰囲気の変わったあいつの問い掛けに、頭の中では答えれるのに声が出ない。そんな俺を尻目に、あいつはこっちを見ながら間髪入れずに話を続ける。その水色の瞳が少し怖く感じて、自分でも分からないうちに目が泳いでしまう。


「あたしは確かにおまえを呼んだ……そう呼んだだけだ。きっかけを作ったに過ぎない」

「だけど、おまえは来た。自分の意思で、あの穴の前までな」


 たしかに……そうかもしれない。自分で探検したくて、あそこに行って……穴を見つけて。だけど落ちたのは!


「そして落ちたんだ」


 その言葉に、一気に背中に寒気が走る。


 嘘だ……違う! あの時、誰かに押されてそれで前のめりになって……その時後ろにいたのはお前だった! だからお前が……


「あたしはおまえに触れない」


 !!

 嘘だ……そんなことあるわけない……

 あいつの言ったことを信じたくなかった。あいつが落としてないなんて信じたくなかった。


「嘘だ……」


 口から震えるように声がこぼれて、ゆっくりとあいつに向かって足が動く。


 嘘だ。嘘だ。嘘だ。触ってやる。全部あいつの嘘だ。

 そればっかりが頭の中をグルグル回る。足にうまく力が入らなくて、もつれるようにしか歩けない。そんな俺の姿を変わらない表情で、あいつは眺めている。


 くそっ! そんな顔で見やがって……見てろ、ここまで来たら手を伸ばせば……

 俺はあいつの目の前まで来ると、ゆっくりと手を伸ばしてあいつの肩に触れるように手を下ろした。だけど、おれの右手は空を切って、その勢いのままバランスを崩す。


 触れない……? 本当に……触れない。

 前のめりになりながら、その事実が突き刺さる。それを受け止められないまま、ゆっくりと顔を上げると、そこにはさっきとまったく同じ表情のあいつがおれを眺めていた。

 その顔を見た瞬間、うつむくように下を向くしかなかった。足にも何もかも力が入らないし、あいつを見たくなかった。そしてなによりこの現実が信じられなかった。


 ホントに触れねぇ。 あいつじゃないとしたら、なんで落ちた? 全然訳わかんねぇ……

 それを受け止めようとしても、自分には思い当たることがなかった。その食い違っている答えがまったく分からなくて、けどそれを見つけないと自分自身が納得できない。


 あの背中に感じた……あれだ! あれはなんだったんだ……? あいつじゃなきゃ……


「ここにひかれるのも、わからなくはないがな」


 惹かれる……?

 その言葉に、俺はもう1度顔を上げる。そこにはやっぱりさっきと変わらない表情のあいつがいて、俺を見下ろしていた。


「ちょっとま……」

「まぁいい。ところで透也、おまえに頼みがある」

「はぁ?」


 またしても、俺の声を遮るようにあいつがしゃべり出す。また話を遮られたことにもイライラするし、唐突な発言になんだか調子が狂ってしまって、相手のペースに嵌められてるってつくづく感じる。


「姉様を助けて欲しい」


 あいつの表情が少し変わる。人をバカにしたような無表情ではなく、いつの間にかひたむきな眼差しに変わり、まっすぐ俺の方を見つめていた。いきなりの真剣な表情に少し戸惑っていると、あいつは続けて口を開いた。


「姉様の名前は耶千やち

「いや、ちょっと待……」

「あと、あたしの名前は千那ちなだ。あいつじゃない」


 バカだった……一瞬でも話を聞こうなんて思うべきじゃなかった。

 そう言うあいつは、さっき見せた飽きれるような素振りをしながら、にやりと笑っていた。



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