第5話 近付く違和感
気が付くと、おれは川の真ん中に立っていた。
目の前には大きな山、左の方には川岸と砂利道。右の方には木がいっぱい生えていて、その景色にはなぜか懐かしさを感じる。
そんな中、俺はゆっくりと川岸に向かって歩き始める。1歩、また1歩と歩き続け……いつのまにか岸まで辿り着いていた。
何気なく自分の足元を見てみると靴は履いている。見た事のあるような、ないようなそんな靴。
この靴なんだっけ……
そんな疑問が頭を過った瞬間だった。ふと右側に誰かの気配を感じる。そのままゆっくりと顔を上げると、2mくらい先の方に……着物を着た髪の短い女の子が裸足で立っていた。
今のご時世に似合わない着物。そして裸足。その風体は一見すればおかしい。ただ、不思議とその女の子に対しては……特に何も感じなかった。むしろ、顔から目を離すことが出来なくなっている。
ただそれは女の子の方も一緒で、静かに俺の方じっとを見ているだけ。しばらくお互いの顔を見合っていると、おもむろに女の子の口が動きだす。何かを話してるのはわかるけど、何を言っているのかまったく聞こえなかった。
それを聞き取りたくて、近づこうとしたけれど……その瞬間、さっきまで自由に動いていた体はまったく動かなくなっていた。まるで誰かに操られているかのように。
その間にも、女の子はひたすら何かを話している。
「……け……」
「……け……て……」
その断片的な言葉を聞きとるのは難しかった。
け、て? どういう事だ?
不思議に思いながらも、必死に女の子の言葉に集中する。
「……た……け……て……」
分からない。君は俺に何をしたいんだ、何を言ってるんだ、何を伝えたいんだ。
理解できない怒りと疑問、そして焦り。それらが体の中をぐるぐる回って、思わず目を瞑ってしまう。
そして目を開けたその瞬間、俺の腰程だろうか……そのくらいの身長の女の子が目の前に立っていた。その女の子はさっきと変わらずおれの顔をじっと見上げている。
一瞬の出来事に何も考えることが出来ない。ただそんな中、女の子の透き通った水色の瞳からはなぜか目が話せなかった。
するとどうだろう……ゆっくりと女の子の口が動き出す。
―――たすけて―――
目を開けたその先には、見慣れた天井。横からはスマホのアラーム音が聞こえる。寝起きのはずなのに、頭の中は妙にハッキリとしていた。そんな変な感覚のままアラームを止めると、記憶に新しいさっきの夢の事を思い出していた。
『たすけて』
夢の中の女の子は確かにそう言った。そこだけはちゃんと聞こえた。だけど助けてって?
そう思いながら女の子の顔を思い出そうとしたけど、思い出せない。覚えているのは髪が短くて、着物を着ていて裸足。顔以外の外見は覚えているのに顔のことは全然思い出せなかった。
着物……
ふと頭に昨日の朝、テレビの画面に写ったモノを思い出す。
たしかあの時写っていたのも着物を着た……女の子!
それを思い出すと上半身を起き上がらせて、もう1度夢について考え始めた。
顔は覚えていない。でも着物を着ているということは昔の人? でも着物を着たあのくらいの女の子と会った記憶はない。場所も川の中にいたのは覚えているけど、周りの風景までは覚えてないなぁ。まさかっ前世の記憶! いやいや、いくらなんでも……。
なんて考え込んでいると、ふと机が目に入った。すると、机の上に何か丸い物が転がってるのが見える。
ん? なんだろう?
そう思い、カーテンを開けて机の前へ向かう。朝日に照らされた机の上には、お守りが置かれていた……組紐が真っ二つに切られた状態で。その無残な姿に、俺は言葉を失う。
どういうことだ? なんでお守りが? 昨日は何ともなかったのに……まさか湯花が昨日の仕返しに? いや、いくらなんでもこんなことはしないはずだ。だったらだれが……
お守りをよく見てみると、組紐の部分が真ん中から切られていて、その切り口から丸い石と木の欠片がが逃げるように転がっていた。
ただ、組紐の切り口がなんか不自然で、よく見るとそれはハサミとかで切ったような綺麗な切り口ではなかった。そう、まるで引きちぎったかのように乱雑なモノ。
実際、組紐の部分は結構しっかり出来ているし、引きちぎるにしても相当な力が必要だ。となると、そんなことができるのは……親父? いやいや有り得ないだろう。それに宮原家に受け継がれてきたお守りをこんな形で壊すわけないし……余計に分からなくなってきた。
「さっきの夢に、このお守り……なんか嫌な予感がするなぁ。まぁとりあえず、お守りをどうにかするか」
原因もその根拠も、考えていても無駄なことは分かっていた。だったら、今できるのはお守りを直す事しかない。
何かあるかな?
組紐の代わりになりそうなものを求め、机の上を見渡したけど……それらしきものは見当たらない。次に机の引き出しを開けてみると、その中に釣りで使うテグスを見つけた。
まぁ、これでいいか。
テグスとその隣にあったハサミを取り出して、机の上に置く。テグスの先を持ってcm伸ばすと、それを切って、お守りに付いていた丸い石を2つと四角い木の真ん中にテグスを通していく。そのまま両端をきつく結ぶと、キーホルダーのようなものの出来上がり。
今は応急処置。とりあえず今日ははこれ持っていこう。
昨日の母さんの話しの通り、お守りが本当におれを守ってくれていたのか分からない。けど、ほぼ毎日身に付けていたものが無いと、何だか違和感を感じる。テグスを通しただけのものだけど、今まで着けていたお守りの1部だけでも持って行きたかった。
「ふぅ」
作業を終えると、俺はそそくさと着替え始める。昨日用意しておいた紺色の長袖のインナーに黒のポロシャツ、下はストレッチジーンズって言うんだっけ? 延びる素材のジーパンを履くと、机に置いたお守りをポケットに入れた。そしてリュックを抱えると……1階へと足を運んだ。
洗面台へ向かい、いつもの様に顔を洗うと、俺はそのまま台所へと向かった。けど……引き戸の先には誰も居ない。
みんな旅館の方へ行ったかな?
そう思いつつ冷蔵庫の扉を開ける。お客さんの多い日のは、母さんも手伝いに行くことが多い。特に朝は各部屋に朝食を持って行ったり、早々に帰るお客さんの見送りもあったりして、従業員と親父だけじゃ人手が足りない。
俺もちょくちょく手伝いはするけど、朝の手伝いはあまりしたことがなかった。子どもたちに対する親父の優しさだろうか? まあ、今はそう思っておこう。
冷蔵庫の中にあるペットボトルの飲料水を2本取るとリュックの中に入れ、チャックを閉めると準備完了。揃いも揃ったリュックを片手に、俺は玄関へと向かう。
よし! なにがあるか分からないけど、行ってみよう!
決意も新たに玄関を開けると、俺は自転車にまたがって、畑に向かってペダルを漕ぎ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます