第4話 宮原家

 



「透也ー、ご飯できたよー!」

「はいよー、今行くっ!」


 窓からはうっすらと夕日がこぼれてて、部屋の暗さと交じり合う。そんな中で、おれは軽く返事をすると、机の上のリュックに懐中電灯を入れた。


 とりあえずこんなもんかな。あとは飲み物か……

 なんて考えながらリュックを閉めると、晩御飯を食べに1階に向かう。

 

 あの後、親父達には洞窟の話はしなかった。言ったらなんて反応されかは想像できてるしな。

 ただ、何食わぬ顔で葉取りをしてたつもりだったけど、内心勘づかれてないか気にはなっている。特に母さんなんかはそういうの鋭いし。今のところは大丈夫みたいだけど、気付かれたら絶対に止められるのは分かっている。それだけは勘弁してほしい。


 にしても、晩御飯の前に明日の準備をしようと、急いで風呂に入ったまでは良かったんだけど、その準備がなかなか上手く進まなかったな。

 万全の準備をするために大きなリュックを用意して、多めの非常食にガスバーナー。万が一に備えて寝袋を詰め込んでみたものの、背負った瞬間に予想以上の重さがのしかかる。さすがにそれじゃまともに歩ける気がしなかった。


 軽量で動きやすさを取るか、さっき程じゃないにしろ少しの重さは覚悟して安全第一を取るか、それをなかなか選べなくて、ようやく軽量・動きやすさを選ぶ決断をしたところだ。

 タオルにバランス栄養食、単3電池にLEDの懐中電灯。そこに飲み物を2~3本を入れれば準備は完了だ。


「飲み物は行く直前に入れるとして……うん、大丈夫だな」


 そう呟きながら、台所の引き戸を開けると、台所にはすでにみんなが揃っていた。至って普通の光景を前に、自分の椅子に座ると……おもむろに晩御飯を食べ始める。


「透也、おまえ珍しくお守りつけてないな」


 ん? 

 ご飯を口に運ぶか否かのタイミングで、隣の爺ちゃんの声が耳を通った。その言葉に反射的に自分の左手首を見てみると、確かにいつもつけているお守りがそこにはなかった。


「あれ、どっかに落としたかな?」


 お守りといっても、ブレスレットとか数珠って言ったほうが正しいかもしんない。小さな丸い石と立方体の木が何個か交互に並んでいて、真ん中を紺色の組紐が通してある。それらが落ちないように両端が丸結びで止められてて、手首に巻ける様になっている。


 小さい頃、母さんから貰ったんだよなぁ。なんでも家庭を守るという意味合いで、宮原家に来たお嫁さんに代々受け継がれてきた物らしい。お嫁さんに受け継がれてきたのに、なんでおれに渡したのか、その辺は良く分からない。もしかしたら一生結婚できないとでも思ったのか?


「あっ、お兄ちゃん洗面台に置いたでしょ? 洗面台と扉の間に落ちてたよー」


 ん? 湯花とうかが拾ってくれたのか? 兄の落し物を拾うとは出来た妹だ。


「おっ、サンキュー! 明日ジュース奢ってやるよ」

「コーラねっ! 2本!」


「2本? んーなんか不服だが……よし! いいだろう!」

「やったね! ありがとう」


 お守りを渡す湯花の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 今時中2にもなってコーラ2本でこんなに喜ぶとは、とても純粋無垢なのか、はたまた精神年齢が低いのか……おれは絶対に後者だと思う。


「あっ、お兄ちゃん今湯花のこと馬鹿にしたでしょっ!?」


 ……そういえばこいつ、こういう勘だけは母さん譲りで異様に鋭いんだった。


「そ、そんなことないぞ。全然!」

「怪しい……本当かな? まあ良いや、コーラに免じて許すよ」


 なんとか誤魔化せたか。こいつ、怒らせるとうるさい上に、しつこいんだよなぁ。


「はいはい」


 やっぱりまだまだ子どもだな。こういう時は、適当に相槌打つに限るよ。


「そういえばお兄ちゃん、そのエセ標準語いつまでやるの? ちょっと変だし、浮いてる感MAXだよ? 湯花の友達の間でも少し話になってて、ちょっと恥ずかしいんだけど」


 ……エセ標準語だと?

 大学生活の4年間だけは都会で過ごしたいと思ってるからこそ……勉強している標準語。日常生活でもなるべく話していた標準語。浮いているのはなんとなく分かってたけど、高校の友達は慣れているみたいだし、自分でもほぼ完璧に近い仕上がりになったと思ってたのに……

 なんで妹にバカにされて、中坊ごときに浮いてるなんて噂されなけれないといけないんだ?


 まぁ、俺もいい歳だ。ここで恥ずかしげもなく感情を爆発させればこの中坊と同レベルになってしまう。あくまでスマートに、俺にとっての標準語の必要性とうまく説明しよう。一旦気持ちを落ち着かせて、


「いいか? お兄ちゃんは都会の大学に行こうと思ってるんだ。そこではみんな標準語を話しているわけだ。1人だけ訛っていたら変だろ?」


 表情を軟らかく、優しく問いかける。


「えー、全然! 訛ってても良いじゃん。それよりお兄ちゃんのせいで湯花まで変だって言われそうなのが嫌なの! うみちゃんもなんでお兄ちゃんみたいな人に憧れてんだろ?」


 なんだぁ? そのぶりっ子みたいな怒り方は。それにいいじゃないか! 俺に憧れるだなんてうみちゃん……いや雨宮君だっけ? 確かに彼はナイスガイで良い子だぞ? そんな子を悪く言うなんて……許せん!


「お兄ちゃん! 聞いてるー? とにかくそれやめてね? あと今顔めっちゃキモイよ」

「キモイは余計だろ。それにな? そんなくだらないことばっか考えてるから、栄養が体に行ってないんじゃないか? だから身長も胸もミニマムなのでは?」

「身長と胸は関係ないでしょー! お母さん、お兄ちゃんがひどいこと言うよー」


 あっ、母さんに助け求めやがった。


「まぁまぁ、2人ともホントに仲が良いわねぇ」

「「良くないっ!」」


 母さんの言葉に、俺と湯花が口を揃えて反論し、互いの顔を睨み合っている時だった。


「透也! 湯花!」


 おもむろに声を出した親父に、家族全員の視線が集中する。


 やべっ、少し言い過ぎたか。ただでさえ親父は湯花に甘い所があるし、きっと俺が叱られ……


「コーラは1日11にしなさい! 今からそんなに飲んでると骨が溶けて体に悪いぞ!」


 突拍子のない発言に、無言の時間が生まれる。コーラで骨が溶ける……頭の中でそのフレーズが繰り返され、自然と口元が緩んでしまっていた。


「ぷっ! ぷはは! 親父、今時そんな話する人いないぞ。さすがに骨は溶けねえよ」

「なっ、なん……」

「お父さん! コーラは湯花のエネルギー源だよ! それをバカにしてっ!」


 親父が何かを言おうとした瞬間、見事に湯花に遮られ口撃を受ける。


「いっ、いや湯花、お父さんは冗談を言ってこの場を……」

「コーラの侮辱は、湯花が許さないもん! だいたいコーラは風邪の時の時に飲むと――――――」


 湯花の矛先がおれから親父へと変わる。一方的に口撃をする湯花に、それを絶え間なく受け続け、困った表情の親父。

 そんな状況を見ていると笑いが止まらなかった。2人の間に座っている母さんも同じようで、2人のやり取りを笑顔で眺めている。


 俺の隣に座っている爺ちゃん婆ちゃんに至っては、お茶を啜りながら、


「この感じ、やっぱり落ち着きますねぇ」

「まぁ、宮原家は代々こんな感じで賑やかじゃからな」


 と呟きながら、のほほんとその様子を眺めていた。

 他の所から見たら良い意味賑やか、悪い意味で騒がしいと思うだろうけど、これが宮原家のいつもの日常なんだよなぁ。

 そう思いつつ、おれも笑い続けながら、親父と湯花のやり取りをしばらく眺めていた。




 ★




 夜に見る旅館は、照明と部屋の明かりも相まって綺麗に見える。歯磨きを終えた俺は、窓から見える旅館を眺めていた。

 この位置からだと丁度旅館が斜めに見える。この角度から見る旅館がいつからか好きだった。雪が降り出すと、明かりと舞い降りる雪がうまくマッチして、夏とは違った姿を見せるのも魅力の1つだ。


「透也? どうかしたの?」


 その時だった。不意に聞こえてきた声に後ろを振り向く。するとそこには母さんが立っていた。


「なんでもないよ。ただ旅館見てただけ」

「あら。そうだったの」


 少し笑いながら返事をすると、母さんも同じような表情だった。

 ……そういえば、なんで母さんはお守りをおれに渡したんだろう? お守り自体はだいぶ昔にもらった気はしたけど、どうしておれに渡したのか。その部分については特に今まで興味もなかったし、だから聞こうとも思っていなかったんだよな。


「そういえば母さん、なんで俺にこのお守りくれたの?」


 その言葉に、母さんは一瞬驚いた表情を見せ、


「えっ、覚えてないの? まぁ昔の頃だから忘れてても仕方ないか」


 ポツリと呟き、話を続ける。その表情に、重大な何かをしでかしたんだと瞬間的に感じ取る。


「透也が6歳くらいの時かしら、たっちゃんの所に遊びに行くって出掛けたのよ? でも夕方になっても帰ってこなくてね? たっちゃんの家に電話したら、たっちゃん風邪でずっと寝てるって言うし。透也は来てないって言われて、お父さんとお爺ちゃんと母さんで探しに行ったの」


 6歳? そんなに昔のことはさすがに覚えてない。あと母さん、佐藤の事をたっちゃんなんて呼んでるのは全世界で母さんだけだぞ。


「そしたら、林檎畑に入って行く道路あるでしょ? そこ歩いてたの……全身びしょ濡れで」

「まじか、全然記憶にないんだけど」


 予想以上の出来事に、小さい時の自分が我ながら少し恥ずかしくなる。


「そりゃ当時から、どうしたの? どうして濡れてるの? 誰といたの? って聞いても、分からないってしか言わなかったもの。それに嘘とかついてる顔じゃなかったし」

「そっか……もしかしてその事件があったからお守りを?」


「当たり。母さんもだけど、特にお婆ちゃんは何か嫌な予感がするって強く言ってたから、2つお守り透也に渡したのよ」

「なるほどなぁ、ん? 2つ? おれ1つしか持ってないけど?」


 ポケットからお守りを取り出すと、つまんで見せる。俺の中ではこのお守りをもらった記憶しかないんだが……。


「まぁそれも覚えてなくても仕方ないわよ。渡してすぐに透也、なくしちゃったもの」

「はぁ? まじか! やばくないかそれ?」


 やばい。だんだんと子供の頃の自分がとんでもない奴だった気がしていく。


「その時もいくら聞いてもなくした、なくしたってしか言わなかったのよ。それにあんなことあった後だったし、また危ないことから助けてもらったんじゃないかって、皆で話して終わったの」

「なんか……すごい奴だったんだな……」


 昔の話を聞けば聞くほどなんだか悲しくなってくる。記憶にないだけで、どんだけのことをしでかしたのか、苦笑いしか浮かばない。


「まっ、そういうこと。昔のことだしそんな気にしないで? それじゃおやすみなさい。」

「あっ、おやすみ」


 2階へと向かう母さんを見送ると、少し複雑な感情を抱きつつポケットの中にしまった。そして、自分の部屋行こうと階段を上がると、丁度上り終えたところで、ばったり湯花とすれ違う。


「おう、おやすみー、トイレか?」

「ふあー、うん。おやすみー」


 大きなあくびをしながら、1階へ下りる湯花はいつもと変わらない様子のようだ。さっきの事を忘れたのか、親父への八つ当たりで気が紛れたのか。まぁ、あのくらいの賑やかなら日常茶飯事だし、特には気にする必要もないか。


 そんなことより、いよいよ明日だ。あの洞窟の先、何もないかもしれないけど行って見ないと分からない。それにめちゃくちゃ楽しみだ。

 

 よし、明日の為に早く寝よう。

 そう思い、お守りを机の上に置くと……ベッドへダイブ。こうして目を閉じると、何処からともなく景色が広がっていった。 


 歴史感じる廃墟や、謎の装置に謎の……頭の中の妄想はなかなか止まる事を知らなかった。


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