第3話 突然の刺激

 


 玄関の前に停まってる軽トラには、すでに親父と母さんが乗っていた。荷台のあおりに手を掛けて飛び乗ると、足を延ばして座り込む。しばらくしてゆっくりと軽トラが動き始める中、俺は黙って玄関の方を見つめていた。

 今までそんな経験もないし、そういった類のものも実際に見た事なんてない。それだけに忘れたくても、簡単に忘れるなんて到底無理だった。


 あれはなんだったんだ? おれの腰ぐらいまでの身長に、着物姿……見間違いにしてははっきりと見えすぎだ……

 軽トラが徐々に山の中に入っていく間、答えの出ない疑問をひたすら考えていたんだろう。気が付くと、辺りには、一面に林檎畑が広がっていた。


 減速にもブレーキも分からないくらい、さっきのことを考え込むなんて……

 原因は分かっているのに解決できないことが歯痒くて仕方ない。


 そんなグダグタな気分のまま、俺はゆっくりと荷台から飛び下りる。目の前には少し傾斜のある林檎畑が広がり、その上には森。さらに上には山が続いていて、頂上らしき部分が見える。


 ……あれ? うちの畑ってこんなに林檎の木多かったっけ? 


「ん? どうかしたか?」

「いや……木多くね?」


「これでも昔より少なくなったんだぞ。それに毎年手伝いに来てるだろ?」

「そうなんだけどさ……」

「とにかくさっさとやろう。透也! お前も三脚取りに来い」


 親父はそう言いながら俺の肩を軽く叩くと、小屋の方へ向かって歩き出す。俺もその後を追って小屋の中へ。

 反射シートや手籠が綺麗に収納してある中、


「ほれっ、あとこれは母さんのだな」


 渡されたのは、6尺と4尺のアルミの三脚。軽くて地面に掛けやすい優れ物だけど、これを手にすると作業が始まるのだと少し憂鬱な気分に苛まれる。


「よしっ! じゃあ下からやってくか」

「はいよー」


 よくもまぁ、そんなハイテンションで居られるな親父。

 小屋から自分の三脚を担いで来たハイテンション親父の後を追い、俺と母さんも畑の1番下にある林檎の木に向かって歩き始める。


 ……けど、作業中はさっきのこと忘れないと。余計なこと考えて三脚から落ちるなんてヤバイ。集中集中……そう自分に言い聞かせ、


「よしっ!」


 両手で自分の頬をパシッと叩くと、三脚を広げ葉取りの作業に取りかかった。




 ★




 どのくらいの時間が経ったんだろうか。畑にはラジオの音だけ響いている。親父の、


『葉っぱは少し取るだけで良いぞ』


 という言葉の通り進めては来たけど、本数が本数だからざっと見る限り3分の1が終わったくらいだ。


「ちょっと休憩するか」


 親父のその言葉、待ってました。

 梯子から降りる親父を確認すると、おれは三脚から素早く下りる。汗で少しベタベタで、何より喉がカラカラだった。


 一目散に軽トラの方へ向かうと、助手席に置いてあった小さめのクーラーボックスを手に取ろ、炭酸飲料を拝借。大きく3口ほど飲み込むと火照った体に染み渡ってめちゃくちゃ美味しい。


 ふぅ……生き返ったぁ!

 そんな爽快感に包まれながら、何気なくあたりを見渡す俺。見渡す限りの木が立ち並び、まだこんなにもあるのかと意気消沈しかけていた時だった。


 あそこって……

 ふと、畑の上にある森の様な場所が目に入った。


「親父、この畑の上ってどうなってるの? 森が見えるけど」

「ん? 畑の上にはすぐ砂利の道路があって、そこから更に上に行く道があるはずだ。でも、そっから先はただの行き止まりだぞ? 高い岩の壁みたいなやつがあって地層ってやつが丸見えになってる。それだけだ」


「マジ? 親父は行ったことないの?」

「んー。そりゃ小さい頃は探検だって言って、見に行ったりしたさ。だけど、ほんとに行き止まりで他になんにもないんだ。何回か行ったらそりゃ飽きるべ。母さんも見たよな?」


 親父はそう言うと母さんに話しかける。母さんは何回か頷きながら、


「そうねえ。確かに行き止まりだったけど、あんなにハッキリしてる地層を見た時は、ちょっと感動したけどね」

「そんなに凄いの?」

「見る人によってはね」


 母さんは少し笑いながら、親父の方に視線を向けていた。それに気付いたのか、親父はばつが悪そうに咳払いをして、すぐに林檎畑の方を眺める。


 地層か……

 別に興味があるわけじゃないけど、母さんが言うくらいだから、どんなのか少しに興味が湧いてくる。


「ちょっと行ってきていい?」


 それがどんなものなのか、見てみたくなって親父に問い掛ける。


「いっ、いいけど、ホントにそれしかないぞ?」

「そうだと思うけど、なんか気になっちゃって。すぐ行って戻ってくるよ」


 おれは親父にそう言うと、畑の上に向かって指をさす。


「じゃあ、葉取りやってるから、早く戻ってこいよー」

「はやく来るのよ?」

「はいはい、分かったって」


 親父と母さんはそう言い残すと、休憩を終えて作業をしている木の方へ向かって歩き出した。その姿を確認すると、俺は森の方に向かってゆっくり歩き始める。


 実際に歩いてみると、傾斜が結構キツい。地味に太腿にもくるし、走ったら良い練習になりそうだ。

 なんてキツさに耐えていると、親父の言っていた砂利の道路に辿り着く。畑に沿って伸びている道路の幅は車1台分あるかないか。タイヤの跡を見る限り、結構車が通っているみたいだけど、車同士行き合ったらどうするんだろう。


 道路挟んだ向こう側には、傾斜地が段上になっている。いわゆる段々畑のみたいだけど、そこに林檎の木は1本も生えてなくて、雑草が無造作に伸びているだけだ。


 林檎辞めちゃった所か……。

 そんなことを思いながら少し畑沿いを歩いていくと、上の方に続く畑道を見つけた。さすがに車は通れない位の道幅で緩やかな坂。砂利と少し雑草が生えている坂道を躊躇なく進んで行くと、辿り着いたのは少し拓けた場所だった。


 地面は砂利から土に変わり、その拓けた場所を取り囲むように、目の前には剥き出しの地層が壁となって立ち塞がる。

 その上には俺が林檎畑から見ていた森が広がっていて、4m程の高さの壁はより一層高く感じた。


 なるほど、こりゃ確かに立派な地層だ。

 目の前の岩の壁は確かにでかい。広範囲に広がり、ハッキリとした層はその歴史を語るには申し分ない。そして、そのまま辺りを隈なく見渡していた時だった。取り囲んでいる壁の一部に穴みたいなものが開いてるのを見つけた。 


 穴……というより洞窟? 岩の切れ目? 

 不思議に思い、その穴の方へ向かうと……徐々に近づくにつれて、それは穴というよりむしろ洞窟といった方が正しいような気がした。入口は意外と大きくて、壁の中に空洞みたいなのが続いている様に見える。


 その前に辿り着くと、ゆっくりと中を覗いて見た。どうやら入口からすぐに左に曲がって、空洞が続いている。更には緩やかな下り坂になっているみたいで、その先にはうっすらと光のようなものが見える。


 光? じゃあこの壁の向こう側に繋がってる? てことは、ここ完璧に洞窟じゃん! 親父のやつ、なにもないなんて言ってたけど……バッチリあるだろ! しかもとびっきりのやつが。もしかして隠してたのか? 

 その瞬間、一気に気持ちが踊り出す。


 めちゃくちゃ気になるな……行ってみようかな? 

 一瞬好奇心が勝り、足を踏み入れようとした。ただ、中は結構暗くて一体どういう状態なのか全く分からない。

 入口から差し込む光だけじゃ、せいぜい1mほど先までしか見えない。いくら真っすぐとはいえ足元が見えないのは危ないし、どうしてこういう時にスマホを持ってこなかったんだろうと、自分の運の悪さに落胆してしまう。


 それに、もしかしたらホントに親父も知らないのかもしれない。親父の性格上、隠す前に自慢しそうだしな……それか危ないから入るなって釘を刺すか。それに俺が上の方見に行って来るって言ったのに、止める気配もなかった。だとしたら、結構最近出来たのかな? 地震とかそんな感じで……


「んー、考えても仕方ないし今日は帰って、また改めて来るか。葉取りは今日だけって言ってたっけ……だったら明日だ。明日来よう!」


 おれはそう呟くと、その洞窟を後にした。そしてもう1度、入口の部分とその周りをじっくり見渡す。


 それなりに充実した夏休みだけど、さらにでかい楽しみが現れたなぁ。

 この洞窟の先にはどんな景色が広がっているのか、それともただの岩に囲まれたところなのか。歴史を感じる古い物があるのか、謎の集落があるのか、それともただの石ころしかないのか。考えるだけで心が躍る。


 佐藤は絶対連れて来れない。連れて来たら、絶対に洞窟の中で岩が崩れて下敷きになるとか、そんな感じのことが絶対に起こる。それだけは絶対に嫌だ。佐藤には自慢話をお土産にしておこう。


「よし、戻るか!」


 洞窟のことや探索のことを考えるだけで、高まるテンションを感じながら、俺は静かにその場を後にした。


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