宮原透也という少年

第1話 田舎の田舎の山の中

 


 なぁ、知ってるか?


 ここ1年間に日本で捜索願が出された件数、約85,000件。


 その内発見された件数、約84,000件。


 まぁ、3,000件くらいは死んだのが確認されたってことらしいけどさ?


 残りの1,000件……それに、届け出すらされてない人。


 そういう人達って、どこで何してると思う?

 宇宙人に拉致された? 国家の秘密施設で強制労働? 2100年地下行き?


 そう考えたらさ、やばくね? やばいだろ? めっちゃ興味わ……


「湧かねーよ!」


 自転車に乗り、煌々こうこうとしている佐藤の話を、俺は思いっきりぶった切った。その表情と顔に反射している夕焼けが相俟ってまぶしいし、顔がでかいから余計にまぶしい。すかさず俺は手の平でその光をシャットアウトする。


 UMA、怪奇現象、都市伝説に陰謀論、そういった類いがいくら大好きとはいえ、その手の番組にすぐ影響されるのは止めてもらいたい。どうせ昨日の【実録警察24時+α】でテンションが上がってるんだろうけど、朝から8回も同じ話を聞かされるこっちの身にもなって欲しいもんだ。


「なんでよー! めちゃくちゃ怪しいべ? 陰謀の匂いがプンプンしまくるぞ!」


 指の間からは鼻息を荒くして、熱弁する佐藤の顔がぼんやり見えている。そしてその顔は今まで何度も見た事のある顔。なんとなくこいつが何を言おうとしているのかは察しがついた。


「それで? なにを探しに?」


 そんな佐藤に向かい、片目を細めながら問い掛けると……一瞬でその顔がにやける。


「いやー実はその筋の人から情報を頂いてな。ある森の中に建物があるらしく、何年も放置されているらしい。噂ではそこの建物には地下があって、行方不明になった人たちが閉じ込められ、実験に利用されている! という噂なんだ」

「へえー、んでその森ってのはどこにあるんだ?」


 やっぱりか。

 いつも同じ眉唾もののネット情報に、おれは半ば飽き飽きしながら適当に相槌を打ち続ける。


「それが俺の家の近所の森白山なんだよ! 道路上がって、さらに上に行ったところ! ネットで確認したらほんとに建物がある訳よ! だから透也、今度一緒に……」

「行きません!」


 興奮気味の佐藤に俺は即答する。


「おれは秘密結社のアジトを探しに行って、突如現れた鎌持ったじじいに追いかけられたり、小人を探しに行って、川を挟んでいるとはいえ熊に遭遇したり……そんな事はもうたくさんなんだっ!」


 正直言って、こいつと一緒にそういうことに関わるとロクなことがない。人面犬を探しに行って野犬に襲われたり、人面魚がいると噂の池に行ったら足滑らせて落ちたり、夜に二宮金次郎が動くって噂を確かめようと夜中に家を抜け出したら、見事にバレて親にこっぴどく怒られたり……その他多くの被害しか受けてない。


 佐藤自体は嫌いじゃないし、むしろ保育園・小中高と一緒だから言いたいことも言い合える良い親友だと思っているけど、これまでの実例がある以上その手の話には極力乗りたくはない。


「―――だから、――――――だろ?」


 熱弁を続ける佐藤。適当に相槌を打ちながら自転車を漕ぐ俺。まるでいつもと変わらない光景を、まさか夏休み……しかも市民プールでサッパリとした後にも味わえるとは思ってなかった。


 そんな感じで40分。周りの景色が商業施設と住宅街から徐々に田んぼと山に変わってくると、目の前に現れるのが地味にきつい上り坂。

 さすがにこの辺りまで来ると、昨日の興奮も収まったのか、佐藤との話もくだらなくて、どうでもいいものばかりだった。


  市民プールでめちゃくちゃ可愛い子がいたとか、流れるプールで後ろから来た女の子の胸が当たったとか。そんな話をしている佐藤の顔はやっぱり気持ち悪かったけど、自然と笑いが出てくる。あとは将来の事とか、大学の話とか。


 そんな話をしていると、目の前に十字の交差点が見えてきた。捕まると信号がなかなか変わらず毎回イライラする場所であり、佐藤と帰宅路が分かれる場所。佐藤は左で、おれは真っすぐ。


「透也、お前明日は何すんの?」

「明日は……朝から林檎の葉取りだな」


 葉っぱをむしるジェスチャーに佐藤もなるほどといった表情を見せる。


「大変だなぁ。じゃあまた近々連絡するわ。へばなー」

「おう。じゃあな」


 山の方へ向かう佐藤の背中を見送ると、俺は車があんまり通らない交差点をぼんやり眺める。目の前には今まで通ってきた坂よりさらに急な坂道。立ち漕ぎ必須の言わばラスボスと言ってもいい。


 小学生の時は歯が立たず、中学生の時は半分までが限界だった。高校に入っての初撃破から今日まで連勝記録は更新中だけど、やっぱり目の前にすると自然と力が入る。それを見計らったかのように信号が赤から青へ。


 それは言わば戦闘開始の合図。大きく息を吸い込むと、足を思いっきり踏み込み立ち漕ぎをしながら助走をつけて……


 よし、いくか。


 休むことなく足を交互に踏み込み坂道を上がる。息は徐々に切れはじめ、太腿はパンパンだ。30mぐらい登ったところで、ようやく坂道は緩やかになって左に曲がり始める。


 ここを曲がりきれば……

 ありったけの力を両足に込めて全身を伸ばす。するとどうだろう、次第にペダルがふっと軽くなり目の前に広がるのは平坦な道。


 勝った……

その瞬間、自然と笑みが零れたのは言うまでもない。


 そんな余韻に浸りながらゆっくり自転車を漕いでいると、嗅ぎ慣れた硫黄の匂いがどんどん強くなってくる。その匂いを腐った卵の匂いだって言う人もいるけど、俺はそんなに嫌いじゃない。なんというか落ち着くというか。まあ、温泉地に生まれたからにはこれが故郷の匂いってやつなんだろう。


 所々に見える湯煙、そして浴衣を着た宿泊客。見下ろす先にはいつもと同じ|鶴湯つるゆの風景。


「おかえりなさい12代目」


 そんな中、唐突に聞こえて来たその声に、俺は自転車を停め視線を上げる。その先には梯子に登って木の看板を拭いている源さんがいた。


「うん。ただいま! でもその呼び方はやめてよ源さん。それに言いにくくない?」


 おれは少し笑みを浮かべながら自転車から降りると、引きながらゆっくり歩き出す。


「おっと、すいませんね透也坊ちゃん」

「坊ちゃんも禁止!!」

「はいはい。透也さん」


 そう言うと梯子からするっと降りる源さん。もういい歳のはずだが、その動きは軽やかだ。


「今日は満室?」

「そうですね。満室でございます」

「やっぱり金曜日は客付きがいいねぇ」


 そんな話をしつつ、門を通るとその先に見えるのが木造の3階建て、見た目はザ・日本といった感じの宮原旅館。都会の人たちにウケているらく、週末は結構な予約があるらしい。


 まぁビルが立ち並ぶ都会と違って、ここには山とか川とか……自然しかないからなぁ。ある意味日常から離れられるって事なんだけど、俺達にとっては日常そのもの。


 まっ、仕方ないけどね? とりあえず……



 「ただいま」


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