アマゾネスの郷

Bamse_TKE

アマゾネスの郷

『OK?じゃあ、行きます。』

いつも通りのテロップがPC画面に現れる。フォントはいわゆる怖い系の水に浮かぶようにゆらゆらした明朝体。もうこれにつっこむのはよそう。

『始まりましたYoutube、異聞怪聞伝聞Youtuberのバムオです。』

マンネリではない、これはルーティーンなのだ。

『今回は消息筋からの情報で、廃村の危機から脱した寒村を紹介しようと思います。』


ネットニュースでネタ探し。酔っていたのか、よくわからない。どうしてこれを取り上げたのか?

動画配信、ぼくのお仕事。無論これだけでは食べられず、僕の生活支えてくれる、優しい祖母のすねかじり。

夢見て進め、編集励め、いつかはつかめ、勝者への芽。

育つ先にはぼくの王国、きっとくる未来、ぼくだけのハレム。


【・・・・・】

タイトルが決まらない。そのくらい今回の話は扱いが難しい。下手するとYoutubeチャンネルBANされてしまうかも・・・

でも移動費などなどを少しでも広告収入で取り戻さなくては、自分でもよくわからない危機感に駆られたぼくは動画編集を続けた。


ぼくが見つけたのはG県A村のお話。A村は数年前までいわゆる限界集落、高齢者ばっかりの寒村、だった。それがいつのまにか子供が増え、そして廃校になった小学校の分校が今年再開まで漕ぎつけたらしい。少子化に悩む日本よこの村こそ対策モデルだ。となりそうなものだがあんまり話題になってない。そこになんとなく疑問を感じたぼく。早速取材に行ってきまーす。


いつもの軽ワゴンにて一日がかりでG県A村に辿り着いたぼく、にしてもすごい山奥だなここ。事前情報によると昔は養蚕業でそこそこ栄えていたようだが、人口減少による働き手不足で廃業を余儀なくされ、仕事が無くなれば若者は村から流出していく。そうすれば人口は減っていく。こんな悪循環の中にあったのがA村だった。ところが数年前から突如若者が増え始め、それにつれて子供の数が増え小学校の分校が再開したという流れのようだ。

なんで?

自分で説明しといてさっぱりわからん。

人口が増えているとはいえA村はまだまだ寂れているので駐車料金を取られないのはありがたい。さて車を止めて早速付近を散策してみよう。

「メェ~」

最初に遭遇したのは人間ではなくヤギの群れだった。5頭6頭ではなく50頭近いのヤギの群れ。みんな首輪をしているところを見るとどうやら野良ヤギではなく、飼育されているヤギの群れらしい。ぼくを怖がることもなく、ぼくの周りで草を食み始めるヤギたち。すっかり囲まれたぼく。増えたのは村の人間ではなくヤギ?

「アラ?スミマセン、ダイジョウブデスカ?」

ネイティブで無さそうな日本語だが明らかに人間の声でほっとするぼく。ヤギをかき分けてあたりを見渡すまでもなく、ヤギたちの向こうに高身長な女の人が立っている。胸に小さな赤ちゃん、背中にも幼児をおぶっている。もしかしてこのヤギの管理者?輝くような漆黒の肌にスレンダーな長身、スカーフのような布で髪を覆っている姿、そしてヤギの群れ。この風景を見ているとなんだかぼくが外国に来た気分。その女性が笛を吹くとヤギたちはぼくを包囲するのをやめてくれた。すごい、二人の子連れでヤギ使いとは。そんなエキゾチックな見た目とは裏腹に、ぼくに会釈しながら通り過ぎて行った漆黒の子連れ美女。そしてヤギたち。なんなんだこの村?


「なんだお前、入植希望か?」

先ほどの美女の余韻に浸っていたのに。声だけでばあ様とわかる声がした。今度は日本語ネイティブっぽい。

振り返ると期待を裏切らない白髪のばあ様。顔に苦労の跡が刻まれまくってる割には背筋はピンとしている。

「あ~、いえあの、ぼくはYoutuberでして・・・」

視聴者が少なくても再生時間が伸びなくても、動画配信している以上はYoutuber。いつか胸を張って自己紹介してみたいもんだ。でもよく考えてみればこんなお年寄りにYoutuberっていっても理解されないか?

「名前は?」

とばあ様にすごまれ、本名を名乗ると

「ばぁかが、アカウント名に決まってるんだろうが。」

とのこと。あれ、見た目よりもYoutube界隈に詳しいのかしら?

そしてアカウント名を教えるぼく、スマホにてぼくを検索しあきれたように首を振るばあ様、うなだれる僕。売れるまではYoutuberなんて名乗るもんじゃないな。

「お前食っていけてないだろ。ここにいたほうが幸せだぞ。」

ぼくはすでに負け犬ムード、反論は心の中だけでと決めた。

そうですよ。役員収入+年金で暮らしている祖母に食わせてもらってますけどそれがなにか?

「ついてこい。」

そういうとぼくの血縁ではないほうのばあ様が踵を返して歩き始めた。ぼくがついてくるのが当然、的な態度が非常に気に入らないがついていかないとお話にならない。仕方なくばあ様の追従を開始した。


ぼくが後ろをついていく間もスマホいじりながらあれこれ連絡を取っているご様子のばあ様。見た目よりも若いのかしら?そんなことを考えながら15分も歩いたら、小さな平屋建ての見た目は新しい一軒家に案内された。ばあ様の家かな?

「役所の許可が下りたら、今日からでも使っていいぞ。」

・・・一軒家プレゼントキャンペーン絶賛開催中?

なんなんだこの村は?

よくわからないが、ここはばあ様に従い懐に潜り込んで情報を取るのも悪くない。今日からぼくは入植希望者ってことにしてみるか。

あとから来た役所の職員にいくつか書類を書かされ、免許書の写真を撮られあっという間に手続き完了。かくしてぼくはこの村の村民になった。え?

まさか、安達ケあだちがはらの鬼婆的にぼくを取って食うおつもりでしょうか?

「安心しろ、取って食ったりはせん。私はな。」

最後の私はなが若干気になったが、ばあ様はぼくを取って食うつもりではないらしい。ただ読心術は鬼婆の境地に達しているとぼくは思います。ばあ様と一緒に家の中に入ると、ベッドと洗面所、風呂トイレしかないじゃないこの家。生活できるのかな?飯を作るところがないと、この村明らかにあらゆる宅配サービス圏外だし。ただ自分のスマホを見て驚いた。Wifi完備だ、このおうち。

「荷物を置いたらついてこい。」

命令形の物言いが若干癇に障るが、逆らいづらい雰囲気のばあ様。仕方ない、従うか。それにしてもこの急展開、異世界転生ものでももう少し丁寧な説明が入るぞ。でも気弱、いやいや平和主義者のぼくはばあ様に従った。色々聞きださないと遥々この村来た意味ないですし。


10分ほど歩くと村の診療所とその横に大きな建物が見えた。ていうか他には何にもない。診療所がぼろいわりに横の大きな建物は立派で新しかった。その新しい建物から若い女性が駆けてきた。

「ハルモニ」

今度は外国語、はっきり聞き取れました。

「なんども言わせるな。わしは春本はるもと、は・る・も・とさんだ。」

苦い顔をしながらも若い女性に笑顔返すばあ様。なるほど春本さんっていうのね。よく見るとさっきの若い女性、というよりは幼さが残る娘そしてそのお腹は大きく膨らんでいた。しばらくばあ様もとい春本さんと話し込んでいた。ぼくの洞察力からすると彼女も日本ネイティブではなさそうだ。だって会話の内容がさっぱりわからない。それより春本ばあさんすごいな、謎の外国語ペラペラだ。お腹の大きな娘は時折大きなお腹をさするながら、涙目になって春本さんに頭を下げている。完全にぼくを蚊帳の外に置いた会話が終わり、数分歩くと何もないところに明らかにネオンがいかがわしいスナックがある。というよりもネオンが瞬くのをみて、ぼくはいつの間にか日が落ちていたことに気づいた。こんな辺鄙な村にスナックなんて需要あるのかね?春本ばあさんに連れられ僕はそのスナックに入った。

「お前の歓迎会だよ。」

矢継ぎ早の展開について行けてないぼく、ぼくは生きて帰れるのだろうか、しかしながら無情にもぼくはスナックのなかへと招き入れられてしまった。


やはりこの村は日本では無いようだ。飛行機に乗ったつもりも船出したつもりもないが、本当に日本人率低いなこの村。でもよく見るとスナックのカウンターで管を巻いている爺さん二人は日本人、女の子がみんなエキゾチックなんですな。いやいや雰囲気を分析している場合じゃない、ぼくこんな店の料金払えませんて。

「安心しろ、お前はおごりで飲むことになってる。」

鬼婆の読心術を持つ春本さんがぼく不安を解消してくれた。じゃあ飲みますか?嫌いじゃないです、むしろ好きです。ぼくは大きなジョッキを傾けた。

「ステキ、イイノミップリ。」

片言の日本語で褒めてくれる褐色の肌が素敵な女の子、今までの人生でこんなに女子にもてなされ、こんなに接近してもらったことがあっただろうか?自問する必要もなく、答えは否である。ぼくは舞い上がった。言葉通りの酒池肉林に溺れてみますか♪


「大丈夫、大丈夫?」

誰かの優しい声にぼくは目覚めた。ああさっきのスナック、あれぼくたち二人きり、誰もいないじゃない。ただ酒に現を抜かし、飲み過ぎた。ていうか寝てしまってたのねぼく。話しかけてくれていたのは店のカウンターにいたママ的存在。いろんな意味でセクシーダイナマイトな熟女。

「わたし、お店キーロックするから。アナタは危ないから待ってなさい。」

なになにこの展開、もしかしてだけど、もしかしてだけど。聞いたことがあるフレーズが僕の脳みそを支配する。

これってぼ~くを誘ってるんじゃないの?

店の外でぼくは幸せな夢を見ていた。さっきまで横にいてくれた若い娘もよかったけど、セクシーダイナマイトなママさんも素敵だ。ママさんのほうが日本語も上手ですな。ぼくが勝手にママさんと呼んでいたのはフェルタさん、新しいぼくの家に向かう道中彼女が教えてくれた。フェルタさんかなり積極的、こんなことされたことがないぼくが言うのもなんですが、いわゆるスキンシップはんぱねぇ~。もしかして今夜は運命の夜、ぼくが大人の階段登る日なのかも知れない。もう興奮が止まらない、と思ったぼくは少し冷静になり違和感に気づいた。なんだろう・・・。ぼくはアルコールで赤くなった以上に青くなった。そうだ、ビールを飲み過ぎたんだ。お腹が緩くなるのを忘れて。明らかにぼくは大失敗をやらかしている。自分でも若干悪臭を感じるパンツの中にある違和感がぼくを走らせた。びっくりするフェルタさん。

「すみません、すみません。」

「なによ、どーしたの?」

酔っぱらったぼくですが、ヒールのフェルタさんよりは速く走ることができた。そして幸運にもぼくが走る先に、ぼくの新しい家が見えた。幸い家のカギは出る時かけ忘れた。素早くドアを施錠、トイレに駆け込んだ。フェルタさんはドアを数回ノックしたようだが諦めて、あるいは呆れて帰ってしまったようだ。ごめんなさい、フェルタさん。ぼくだってその気でしたが、純潔を捧げるにあたり身を清める必要があったのです。とくに、その、下半身を。シャワーを浴びて事後処理を終えたぼくは千載一遇のチャンスを逃した悔しさに悶えながら朝を迎えた。


「とんだ根性なしだな、おい。」

明くる日の昼頃になにもかも察した風の春本さんが押しかけてきたうえにため息をつかれた。

「こわいのか?女が?」

いいえ、大好きです。怖いのは女性に醜態を晒した上に幻滅されることです。

「ま、お前みたいな男、最近多いな。うん。」

春本さんが納得したようにうなづく。

「ついてこい。」

なんかこのパターンに慣らされていく気分、この村に来て初めて出会ったあの漆黒長身の美女に従うヤギのように・・・

道中畑の世話をする娘、車いすの男性を後ろから押して歩く娘、みんな春本さんに嬉しそうに挨拶する。そしてその言葉はやっぱり日本語ネイティブの響きではない。


どこぞに連れていかれる道中、子どもたちの集団下校に出くわした。といっても黄色い帽子の一年生が5人ほど列をなしていた。なんだろう、うまく言えない違和感がある。そう、現代社会では呼び方に注意が必要にはなるが、彼女たちは全員いわゆる混血児だ。

連れていかれたのは診療所、春本さん以上にじい様、いやいやお年を召された医者に親身にぼくの下半身を心配していただいた。

違います。あなたと春本さんの勘違いです。わたしは男性としてちゃんと機能しております。お見せできるほどではございませんが、私は男性的として健康です。お腹が緩くて、その、失敗をすることがあるだけなんです。

ようやく誤解を解いてもらい診療所を出た。なんなんだ。大体あの医者診断の根拠が、春本さんが言ってたから。春本さんが言ってたら、医者でも警察でもいうこと聞くんかいこの村は。人権侵害一歩手前の扱いに石を蹴っ飛ばしてみる。石が飛んでいくのにすこし溜飲を下げてみる。石が飛んでいった先にぼくのもらった家と同じつくりの家がある。なんだ?そっと覗きに行ってみた。カーテンの隙間から覗いてみると人がいる、だれか昼間から寝てるようだ。まあぼくもちょっと前に起きたばかりだが。だが寝ている彼はなんだか様子がおかしい。大きなゴーグルをつけ、両手になにやらコントローラーを持って必死に動かしている。ああなるほど、VRゲームやってるのね。しかし多様性に富んだ村だ、ヤギの群れと歩く親子がいれば、昼間からVRゲームに熱狂している人もいる。あんまり撮れ高無いけど早めに帰ったほうが身のためかも。とりあえずあの春本さんに見つからないように行動しよう。そう思っていた時、聞いたことのある声がした。

「メェ~」

ヤギだ。ヤギの群れだ。もしかしたら漆黒長身の彼女が近くにいるのかも。なんとなくぼくは身を潜めた。するとぼくの想像通り、彼女が昨日と同様に赤ちゃんを抱っこ、幼児をおんぶの態勢で現れた。そして驚くことに、ヤギの群れを放置してぼくがさっき覗いてた家に入っていくではないか。そして群れを崩すことなく、その辺の草を食むヤギたち。さすがはヤギ使いの美女。ヤギはほっといてまた覗きに耽るぼく。みれば先ほどの美女は赤ちゃんと幼児をそれぞれベッドに寝かしつけ、さきほどのVRゲーマーの寝室に向かった。VRゲーマーは相も変わらずゴーグルを付けて自分のベッドに寝ころんでいる。そしてヤギに囲まれながら人の家を勝手に覗くぼくは驚くべきものをみた。漆黒長身の彼女は自分主導のまま、相手がVRゴーグルを付けたままなのにも構わずに夫婦の営みを始めた。それは数分間の出来事ではあったものの、ヤギに囲まれながら覗きを続けたぼくには数時間にも感じられた。行為が終わるとVRゲーマーを打ち捨てるかのように漆黒長身の彼女は部屋を後にし、寝ていた子どもたちを回収し、何事もなかったかのようにヤギの群れをまとめ歩き去っていった。VRゲーマーは以前ゴーグルを外さず、ベッドに横たわったままだったが、一人残された彼がVRゴーグルを外し涙をぬぐっているのを見てしまい、なんだかいたたまれなくなるぼくだった。


「場合によっては生かして帰さんぞ。」

ヤギがいなくなったあとも悲嘆に暮れてあおむけで動かないVRゲーマー。それを呆然と眺めていたぼくは春本さんの気配に気付かなかった。

振り向くとそこには鬼婆ならぬ春本さん。どうしよう?一目散に逃げるか?Youtuberとして最後まで取材してみるか?命を懸けるほどの収入は無いが、情熱なら少しはあるぞ。法治国家の日本、身の安全を警察力に期待し疑問を春本さんにぶつけてみた。

「どうなってるんですか?この村。若い女性の外国人が多くて、その、なんというか・・・」

疑問が頭の中でまとまっていないのか、恐怖に怯えているのか自分でも何を言っているのかわからない。

「ああ、あの娘たちは技術実習生や留学生として来てくれた。国が管理した制度で日本に来ている、受け入れると村や企業はその労働力だけでなく補助金をたんまりもらえるぞ。その過程で得た収入の一部を国に残った家族に送金する。そういう約束で彼女たちは日本に来てくれている。」

意外なほど嬉しそうに話す春本さん。

「それってほぼ人身売買じゃ・・・」

すると春本さん、表情が変わった。

「なにを馬鹿なことを、今日までお前があった村の娘で嫌々ここにいる娘が一人でもいたか?」

春本さんは続けた。

「彼女らは国で働けど働けど食うや食わずの生活をしていた。日本に来れば最低限の衣食住は保証され、微々たる金額でも母国に送金すれば残してきた自分の子や親が飢えなくても済む。ヤギ飼いの彼女を見ただろう。あの娘に至っては反政府運動家の夫が武器を買うために実質売られたようなものだ。それが彼女たちの現実なのだ。」

唖然・・・。ていうかヤギ飼いの彼女、重婚じゃん、さらには装いから察するに宗教的問題があるのでは。

ぼくの疑問に春本さんの答えは明快だった。

「自分の妻を武器の代わりに売り飛ばした夫に操を立てろと?そんな夫が信じる神が説く貞節を守ることになんの意味がある?」

春本さんは止まらない。

「この村に限らずはG県は深刻な人手不足にあった。だがら子供を出産すれば県からもお祝い金が出る、その子を診療所併設の企業主導型託児所に預ければ乳幼児は寝たきりの年寄りよりも補助金が高い。ヤギが草を食むことにすら、環境保全の補助金が出る。そしてそのヤギはミルクがチーズになり、それが特産品になる。ヤギ肉は彼女たちが喜んで食べる。この国ではすべてが金になる。彼女たちが母国でやっていた当然の無料奉仕、子を産む、育む、ヤギを育てる。この日本ではそれのすべてが金になる。そして彼女たちの子供たちが大きくなれば、学校が出来て更なる雇用が生まれる。そして子供も大人も増えて私の村は昔の繁栄を取り戻す。」

「でも、それは日本国籍保持者に限るのでは・・・」

「みんな日本国籍を持っておる。すくなくとも子供たちは全員日本人だ。」

ぼくの疑問はすぐに論破された。

「お前を含めた男性には二つの価値がある。一つは子を成すことができること、一つは日本国籍を持っていることだ。男は簡単だ。衣食住を餌に都会から食うや食わずの男を連れてくればいい。生活に窮した男などネットカフェを当たればすぐに見つかる。」

やっぱり最初のカンがあたっていた。やっぱりこいつは人さらいの鬼婆だ。鬼婆春本は続ける。

「男にはすることをさせたら最低限の食べ物とメタバースを与えればそれで満足する。男女が見かけ上一緒に住んでいて子供もできている。そんな二人の婚姻届けを受理しなれば、いわゆる人権派の先生方が頼まずとも出張ってくれる。なにより父親が日本人なのだから、生まれたその子が日本国籍を取得することに何の問題がある。そして男はことがすんだら仮想現実のなかに戻して、必要な時だけ子種を絞ればよい、その時だけ仮想現実もそういう設定になる。そして役に立たなくなったら・・・。」

ぼくの恐怖でからからになった口で聞くのこれが精いっぱい。

「役に立たなくなったら?」

「お前もヤギの群れを見ただろう。メスは年老いても子ヤギの面倒を見たりできるが、老いたオスヤギは何の役にも立たん。ヤギの雄雌もわからんお前には群れのオスヤギが少なかったことに気づかなかったようだな。」

そう言えばさっきすれ違った小学生もみんな女の子だったような・・・

「子供たちは村のみんなで大切に育てる。もちろん日本人として、この村の宝物として。」


「ぼくをどうするつもりですか?」

なんとか喉から絞り出したセリフ、これっていわゆる死亡フラグなのでは?

「お前に?なにもせんよ。女に挑まれてビビるような輩は願い下げ、役に立たない男など私の村には必要ない。さっさと荷物をまとめろ。」

た、た、助かった。必死の状況かと思いきや相手にもされてなかったのねぼく。お言葉に甘えてさっさと帰ることにした。


慌てて軽ワゴンに乗り込みG県A村を後にするぼく。でもどうしても気になることがある。なんであの鬼婆春本はこんなにも村の復興に取り憑かれているのか?くるまで20kmほど走り、鬼婆春本圏内から離脱したことを確認しここで調査を試みた。そこそこA村からは離れていたが、鬼婆春本はここでも有名だった。そしては聞いた話がこの通り。


鬼婆春本こと春本あいはもともとA村の住民ではなかった。A村がまだ養蚕による繁栄を続けていたころに春本家へ嫁いだ。春本家は代々村の村長を務める家系で、周囲からは敬意というよりは崇め奉られていたといったほうが正しいかもしれない。責任感の強い春本あいにとって一番大事な仕事は後継ぎを産むこと、それだけを毎日のように舅姑から告げられていた。しかし嫁して三年経つも子ができない春本あいに離縁のうわさが立ち始めたころ、思わぬ形で事態は好変する。あいの夫が妾腹しょうふくに子を成したのである。その子は春本家に引き取られ、易男えきおと名付けられ大事な後継ぎとして育てられた。当初あいが妾腹の子易男を冷遇するかもと周囲は心配したが、あいは大事な後継ぎである易男を大切に育てた。小児期病弱であった易男を心配したあいは、昼に子育てや家事に奮闘しつつも夜間学校を経て看護師資格を取得し、易男の健康に最善を尽くした。その後もあいには子が出来なかったが、あいは易男を大事に愛情をこめて育てた。このA村において春本家は絶対な存在、あなたはお父様と同じくこの村を統べる立派な人物におなりなさい、あいは子守歌以上にこのことを易男に刷り込み続けた。当の春本家当主、すなわちあいの夫は村の中では皆に尊敬されているが、ふもとの街に出れば遊興にふけり何日も帰ってこないことが珍しくない人物であった。生まれ故郷ではない村を愛し村を大事にする母、生まれ故郷である村を疎み、街の魅力に溺れる父を見ながら易男は育った。そして舅姑が居なくなったころ、易男は村を出て当時の医学部に進み、医者への道を選んだ。あいはこの選択に狂喜した。息子の易男は医者になり、村に貢献してくれるものと。このころすっかり街に入り浸りで村に帰ってこなくなったあいの夫に代わり村を統治してくれるものと思い込んでいた。しかし医学部を卒業後易男は村に帰ってこなかった。あろうことか自分の父が遊興に溺れている麓の街に居を構えてしまった。もちろんあいは説得に向かった。それでも易男の考えを変えることは出来なかった。あいは悩んだ、自分は生まれ故郷でもないA村に仕え、自分の人生の大半を捧げてきた。それなのに春本家当主である夫、そしてその跡継ぎの息子まで村での生活を否定して帰ってこなくなった。足繫く街に降りてはあいが易男を説得する姿を見たものがいるらしい。なだめすかし、時には強い口調で説得を試みるあい。しかし易男の口から出てきた言葉はあまりにも冷たい一言であった。

「お母さん、春本家の人間は一生村にいて、村のために尽くすのが決まり。そこまで言うならそれは春本家の伝統ではなくて春本家にかけられた呪いです。」

それ以来麓の街であいの姿を見た者はいなかった。その後、あいの夫と息子の易男が相次いで原因不明の死を遂げた。原因は最後まで分からなかったそうだ・・・。


恐ろしい、恐ろしすぎて震えが止まらない話だ。ついで聞いた話ではぼくを誘惑してきたスナックのフェルタさん、いわゆるじゃぱゆきさんとして来日し麓の街で働き、日本人と結婚し日本国籍を得たようだが結婚数年後から行方不明。フェルタさんはその後A村に移住し二人の婚外子をもうけたそうだ。ちなみにフェルタさんの夫は現在も発見されていない。

役に立たない男は必要ない、子種だけを採取して女たちの楽園を築き上げる。どこかで聞いたような話だが、現実感が無さ過ぎて動画にできない。BANされてしまう。なによりも鬼婆春本が恐ろしすぎて動画編集が進まない。今回の取材は無駄足で終わらせたほうが身のためかも知れない。

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