4話

 一軒家に一人暮らし。

 寂しいと思ったのはいつぶりか。

 ベッドに横たわりながら枯れ葉舞う冬の庭の木を見る。

『あの木の葉が全て落ちる頃私は死んじゃうのかな?』

 いつか見た物語であったシチュエーション。


 心臓の病気をトレードした私は病で自室のベッドで人生の幕を降ろすことになっていた。

 誰にも看取られることなく一人ぼっち。

 病気を助けた娘の感謝する笑顔が脳裏をよぎる。走馬灯だろうか。

 私は静かに重くなる瞼を閉じようとした。

 その時。


「随分やつれたねぇ」


 ベッドの脇には謎の男が立っていた。片手には缶ジュースが握られている。

「……もう売れる健康なんてないわよ」

「違う。今日は全く別のことを言いに来た」

 全く別とはどういうことだろう。


「俺の健康を買ってほしい」


「……どういう意味?」

「最初に説明しただろう。このチケットは“健康の売り買い”が出来る。よって君のその最後の一枚を使って俺の健康を君に買ってもらうということだ」

 尚更わからない。男がどうしてそんなことをするのか。

 私が困惑の表情を浮かべると、

「少し昔話をしようか」


 男はベッドの隣に置いてある椅子に座った。



 ……自分には優しい妻と娘がいた。

 妻は娘を産んですぐに流行り病を患って亡くなり、自分にとって唯一の家族は娘だけになってしまった。

 数年後、その最愛の娘も病気で床に伏せる回数が多くなった。必死に看病するも娘の病が治る余地はなく悪化が進むばかりだった。



「このチケットが手に入る頃には娘は亡くなっていたよ」


 男は自嘲気味に笑う。

「病床で病と戦う君の姿が娘と重なった。このチケットは君のために使うべきだと思った。それに……」


 君はもう、生きる目的ができたのだろう?


 やるべきことをやった、そういう優しい顔で男が笑うから、私は頷き最後のチケットの力を使った。



***



「明先生またねー」

「うん、またね」


 とある総合病院の診察室にて。

 午前の診療を全て終えた私はカルテを机に置き、休息がてら院内を散歩していた。

 大きなガラス張りの長廊下を歩く。春の陽気が差しこみとても暖かい。

 病棟の中からでも良い天気だということがわかる。

 廊下の窓ガラスから下にある中庭を覗くと、そこにはリハビリに勤しむ患者さんや看護師さんたちが見えた。

 私は中庭とは逆方向の広場へ行き、更にその奥へ進む。

 そこには綺麗に手入れされた墓地があった。

 辿り着いたのは千羽鶴が供えられた一つのお墓。


「みんながんばっているよ」


 私に健康を売った男は二年後にこの世を去った。

 私と交換した病気は余命半年という心臓の病も抱えていたのに、男の生きることへの執念は大したものだ。

 きっと娘さんが生きろと言っていたのかもしれない。

 今頃、娘さんや奥さんと再会できているだろうか。

「これからは私自身の力で命を救っていくから、安心してよね」

 墓に向かって一礼し、私は病棟へ帰る。


 五月晴れの穏やかな空の下、前向きな気持ちで午後の診療へ向かうのだった。





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不健康大富豪 秋月流弥 @akidukiryuya

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