2話

 謎の男との不可思議なやり取りをして丸三日。

 私はチケットを使わないでいた。

 尻込みをしていたわけではなく、単に怪我や病気で困っている人と話す機会がなかった。

 苦しい、助けてと通りすがりに助けを求める人材なんてそう簡単に見つからない。

 通学している学校の連中に困っている者はいないかと聞いてみる?

 いや、無理だ。

 交遊関係が希薄な私には話を聞いてくれる友人なんていない。

 そもそも同年代集う学校の雰囲気が嫌いで今日もサボって河原で一日を浪費しているのだ。


「やけ起こすにもコミュニケーションがいるなんてね……」


 夕日でオレンジ色に染まる河原。

 夜に近づき視界も狭まっているというのに、そこでは中学生くらいの男の子たちが夢中でサッカーの試合をしている。

 無我夢中でボールを追う少年たちはお互い声を掛け合い青春真っ只中という感じで私の気力を削ぐ。

「「はあ……」」

 なぜかため息が二重に聞こえた。

 ぎょっとして周りを見ると、男の子が一人私と同じように膝を抱え河原に佇んでいた。

 年齢からして中学生くらいか、よく見るとサッカーをしている少年たちと同じデザインのジャージだ。

 ため息が重なったのに気づいたらしい。向こうも気まずそうに俯く。

 どこか内気そうな子に見えたせいか、私は抵抗なく声をかけることに成功する。

「どうかしたの?」

「え……」

「落ち込んでなきゃため息なんて出ないから」

「…………」

 いきなり声をかけられ戸惑っていた少年だが話をしてくれた。

「骨折しちゃって、来週試合なのに」

 少年は中学三年生で今年部活を引退する。その最後の試合が来週に行われるというのに練習試合で怪我をしてしまったらしい。

「一、二年の時ずっと活躍出来なくて、やっとレギュラーになれたのに……!」

 悔しそうに涙を流す。

「みんな安静にしろってそればっか!! 俺は諦めない。試合に出るためだったら手段を選ばない!」

「その手段は見つかった?」

「う……」

 言葉を詰まらせる少年。

 この子も分かっているんだろう。怪我がそんな簡単には治らないこと。自分が言っていることは現実的ではないということ。

「ねぇ、治すためなら本当に手段を選ばない? 」

「ああ、何千万の借金だって背負ってやる!!」


「……なら私が治してあげる」


 私は一番上のチケットを一枚もぎり、少年に渡した。

 初めて自分の健康を売り渡す瞬間だった。



「まさか本当に治せるとは思わなかった」

 少年は嬉しそうに笑顔で財布から手持ちの三千円を私に渡すと、さっそく河原で試合をする少年たちの群れへ飛び込んでいった。


「たったの三千円……」

 私は初めての報酬である千円札三枚を握り締める。

 トレードして骨折した右足を手に入れた私は足を引きづりながらバス停を目指す。徒歩帰宅は無理だ。

 バスターミナルに到着した際、私は近くのアクセサリーショップで初収入を使い果たした。


 割に合わない初トレードだったが要領は得た。

 このチケットは使い方次第で大きな利益になる。


 チケットを手に入れたことで私の人生は大きく動きだしたのだ。


***


 クラスメイトの森敬吾もりけいごのことを意識し始めたのもこの時期だった。


 河原の少年とのやり取りをして次の日、高校に登校したとき真っ先に声をかけてくれたのが敬吾だった。


「右足大丈夫か?」


 明朗快活でクラスの中心人物の彼。

 そんな彼にいつも教室の隅で大人しくしているような私は声をかけることも出来なかった。

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」

「そうか? 無理するなよ……あ」

 敬吾は私の前髪をちょんちょんと指差す。

「ピンかわいいね。似合ってる」

 彼の指差す所には昨日の報酬で買ったヘアピンが前髪を飾っていた。

 褒められ慣れていない私は小声でお礼を言う。

「……ありがとう」

 思わぬ言葉を憧れの彼から貰えて私は嬉しくて有頂天になった。


 その日から私は早いペースで健康を売り続けた。


 彼にもっと褒めて貰いたい。

 あわよくば彼に見合う私になるため自分を磨きたい。恋は盲目だ。


 その為にはお金が必要。お金を得る方法は簡単。


 私にはこのチケットがある。


 人間とは単純なもので、つい先日まで自分は空っぽで死にたいと思っていた私は森敬吾という存在のおかげで人生の逆転を夢見るようになった。

 彼は私の人生を再び照らしてくれる光になった。


 チケットには一つ難点がある。


 それは健康を売れば勝手に通帳にお金が振り込まれるわけではないということ。

 治した相手が感謝の気持ちとして報酬をくれる。もちろん誰もが多くの財産をくれるわけじゃない。

 相手によっては全くお礼をくれずタダ働きをした時もあって心底腹が立った。

 これを教訓に私は病院などで重い病に苦しんでいる者に声をかけた。


 そういう行いをしていたら、

『どんな病も治してくれる天使がいる』

などと噂が広まり私はいつの間にか都市伝説になっていた。


 私は私で手に入った札束を豪勢に使い自分の生き甲斐のためにお金を捧げた。

 敬吾も私からプレゼントを貰うと嬉しそうに喜んでいた。

 人気者の敬吾と仲良くなると他のクラスメイトたちとも交流することが多くなり、私はクラスの中心になりクラスの輪に溶け込むことが出来た。


***


 しかし、楽しい時間は長く続かなかった。

 それは皮肉にも生き甲斐である森敬吾によって私の楽しい豪遊生活は崩れ落ちる。


「明、お前最近顔色悪くないか?」

「え?」


 敬吾が放ったのは初めて会話をした時と同じ私を心配する言葉だった。

 彼はとても優しい人だ。

 事情を知らないとはいえ、健康を売って体調を崩している私を気遣ってくれる。

「何か悪い病気なんじゃないか? 病院行って診てもらった方が…… 」

「病院なんか行かない!!」


 思わず声を荒くする。

 診察なんて出来るわけない。

 だからといって自分が健康を売ってるなんて正直に彼に言えなくて。


「ごめん。でも大丈夫だから」

「何が大丈夫なんだよ! お前、俺と関わるようになってから急に体調悪くなってるよな。知ってるんだ。明らかに無理してるだろ!」

 彼は畳み掛けるように言う。

「何やってるか知らないけどさ、これ以上明がやつれていくのは見たくない」


 嫌な予感がした。


「待って、確かに敬吾くんに内緒にしてることはある。ごめん。でも、私は敬吾くんのためなら多少体調が悪くなっても構わないから……」

 焦って言った時にはもう遅かった。


「お前、ちょっと怖いよ」


 想いはすれ違い、結局この恋は実らず幸せな時間は儚く散っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る