第40話:大事な爵位、剥奪される(Side:レインソンス➆)

「さて、レインソンス伯爵よ。門下生は見つかったんだろうな?」

「…………あっ」


 その後、ワシはとりあえず王宮までは来ていた。

 御者も辞めてしまったので、街で安い馬車を手配してだ。

 ただでさえ緊張しているのに、やたらと暑い馬車だった。

 ワシはもう汗がだくだくだ。

 おまけに、椅子が硬すぎたせいで尻まで痛い。


「貴様は優秀な人材を必ず連れてくると言っていた。しかし、一人もいないようだが……?」

「えっ……と」


 ここに来るまでずっと言い訳を考えていたが、何も思い浮かばなかった。

 まさか、一人も集まりませんでした、なんて言えるわけがない。

 どうしよう……。


「まさか、この期に及んで門下生がいないとは…………言わないだろうな?」

「ぅあ……」


 国王陛下は無表情ゆえに、なおさら恐ろしい。

 衛兵たちも罪人を見るような冷たい目で睨んでくる。

 もう何も喋りたくない……。

 頼む、察してくれ。 


「早く状況を言いたまえ」


 何も言わずにいると、余計に倒れそうになる。

 もう半分やけくそになってきた。


「す、すみません……門下生は集まりませんでし……」

「ふざけるな!」


 最後まで言い終わる前に、とんでもない気迫で怒鳴られた。

 体内までビリビリと声の振動が伝わってくる。

 たったそれだけで気絶しそうだった。


「今日までに門下生を集めるように言ったではないか!」


 王の間に国王陛下の怒鳴り声が響きまくる。

 反響しやすい構造のせいか、実際の声よりさらに大きく聞こえる。

 気を抜くと魂まで抜けてしまいそうだ。

 ワシはもう意識がもうろうとしてきた。


「も、申し訳ございません……。どんなに手を尽くしても、ただの一人も集まらず……。きっと、国民は遠慮しているのかと……」

「そんなわけがないだろう! 全ては貴様の信用が無いのが原因だ! 今までの違法ともいえる指導の実態がわかってきたぞ」

「い、違法だなんて、ワシの指導は至ってまともでございます」

「これを見れば言い逃れはできないはずだ」


 国王陛下が言うと、衛兵が一冊の本を持ってきた。

 突きつけられるように渡される。

 中身を読んでいくにつれ、嫌な汗が止まらなくなってきた。

 ワシが今まで門下生にやってきた仕打ちが詳細に書かれている。

 それだけでなく、使用人たちへのぞんざいな扱いも細かく調べられていた。


「そ、そんな……」

「門下生や使用人への違法な対応に飽き足らず、貴様はキスククア嬢を追放したそうだな」

「……っ!」


 キスククアと聞いた瞬間、心臓が止まるかと思った。

 どうしてそこまで知っているんだ。

 こ、これ以上ワシを追い詰めないでくれ。

 だが、あの小娘を苦しめられたのだから、最低限の目標はクリアできたのだ。

 そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

 ふんっ、キスククアめ。

 今ごろは死んでいるか路頭に迷って苦しんでいるに違いない。

 ああ、良かった良かった……。


「キスククア嬢は魔王討伐隊に任命された」

「…………え?」


 いきなり、国王陛下は理解しがたいことを言ってきた。

 キ、キスククアが魔王討伐隊に入っただと?

 有り得ないだろうが……。

 確かめたいが震えるような声しか出ない。


「こ、国王陛下、それはいったいどういうことでしょうか……? なぜキスククアが……」

「報告によると、あのグロリアスドラゴンをたった一撃で倒したそうだ。その類まれな力を評価され、魔王討伐隊の貴重な戦力になってもらった」

「そ、そんな……」


 まさか、あのゴミスキルを授かったキスククアが魔王討伐隊に入るなんて。

 さっきから、ワシの頭では理解が追いつかない。


「レインソンス伯爵よ、貴様には心の底から失望した。貴様の爵位と領地は剥奪だ! そして、貴様は監獄行き処分とする!」


 突然、国王陛下は無慈悲に言った。

 ワシの全てが奪われる宣言だ。

 いや、この先の人生まで奪われる宣言だった。


「お、お待ちください、国王陛下! さすがにその処分は重すぎるかと! どうして、爵位はおろか領地まで剥奪されるのでしょうか……!」

「レインソンス伯爵、本当にわからないのか?」

「ひっ……」


 一瞥されただけなのに、体が動かなくなってしまった。

 強力な金縛りを喰らったかのようだ。

 周りの衛兵たちでさえ、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。


「貴様がしたことは、大事な魔王討伐計画に大きな支障をきたしかねない。さあ、この者を牢獄へ連れていけ! 二度とその顔を見せるでない!」

「か、監獄行きだけはおやめください! ワシはまだやりたいことがたくさんあるのです!」


 国王陛下の言葉を合図に、衛兵たちが集まってくる。

 力いっぱい縄で縛ろうとするので、あっという間に体がボロボロになった。


「いたっ! こ、こら、もっと丁寧にしないか! ワシはカカシトトー伯爵家の当主、レインソンス……」

「黙れ! お前はもう貴族じゃないだろうが! 偉そうに命令するな!」

「迷惑ばかりかけやがって、いい加減にしろ!」

「お前のせいで魔王討伐計画が破綻したらどうするんだよ!」


 ワシの抵抗は虚しく、さっさと地下牢へ連れて行かれた。

 蹴り飛ばされるように監獄へ押し込まれる。

 立ち上がる間もなく、乱暴に錠が下ろされた。


「そこで死ぬまで反省してろ! 一生出てこれると思うなよ!」

「命があっただけで感謝しやがれ! お前にはみんなウンザリしているんだ!」

「まぁ、いくら後悔してももう遅いだろうがな!」


 衛兵たちは好き勝手に罵倒すると、さっさと出て行ってしまった。

 ただ一人、牢屋に取り残される。

 右を見ても左を見ても、ただの壁しか見えない。

 ワシはこれからどうすればいい……なぜワシはこんな目に遭ったのだ……。

 考えていると、キスククアのことが思い出された。

 

――そうだ、あいつを追放したことで門下生の信用を失ったんだ。キスククアを追い出したりしなければよかった……。


 むしろ、考えを改めてキスククアに謝罪し、そのまま鍛錬をつけていれば……ワシはもっとまともな人生が送れたのに……。

 いくら考えても後悔の気持ちしか湧いてこなかった。

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