第37話:門下生、集まらない(Side:レインソンス⑥)

「落ち着け、落ち着け、落ち着け。ま、まだなんとかなる……まだなんとかなるはずだ」


 門下生がまったく集まらない。

 ガッツたちが戻ってくることはおろか、見学者の一人も来ない。

 国王陛下との謁見の日はもうすぐそこだ。

 というより、今日の午後だった。

 そして、約束した門下生は一人もいない。

 まさしく、絶体絶命で心臓が破裂しそうほどバクバクする。

 どうしようか考えていると、扉がコンコンと叩かれた。

 ただノックされただけなのに、心臓が飛び出るかと思った。


「だ、誰だ! ワシは今考え事をしておるのだぞ!」

「「旦那様、失礼いたします」」


 扉が開かれ、使用人たちがぞろぞろ入ってくる。

 どういうわけか、屋敷に勤めている全員が揃っていた。

 こんなことは始めてだ。


「そんな大勢でどうしたんだ。部屋が狭くなるだろうが」

「「今日は大事なお話がありまして、使用人全員でこちらにお伺いいたしました」」


 こいつらはやけに張りつめた表情をしている。

 なんだ、こいつらは、この忙しいときに……。

 と、そこで、ワシは大事なことを思い出した。


「お、おい! そんなことより、ちゃんと門下生募集の案内は出したのか!?」

「「もちろん、言われた通りに出しております」」


 ワシは門下生募集の案内を手当たり次第に出しまくっていた。

 街の掲示板はもちろんのこと、少しでも繋がりがある貴族たちにも案内状を出している。

 だが、ただの一人も返事をよこさない。

 掲示板に至ってはワシの悪口を落書きされる始末だった。


「それなのに、どうして門下生が集まらないのだ!」

「「どうして……と仰られても、旦那様の人望がないからとしかお答えできないかと……」」

「なんだと!? ワシに向かってなんだ、その口の利き方は!」


 手当たり次第に怒鳴り散らす。

 だが、使用人たちはまるで怯えていない。

 いつもなら大声で怒鳴りつければワシの言いなりになるのに……。

 

「「それで、旦那様。改めまして、お話があるのですが」」

「な、なんだ」


 使用人たちは覚悟を決めたような顔をしている。


――いったいどうしたんだ? ……そうだ、わかったぞ! こいつらが門下生になるということだな!


 こいつらはワシが困っているのを、ずっと気にしていたのだ。

 なんだ水臭いヤツらだな。

 もっとはっきり言っていいんだぞ。


「「本日をもちまして、私どもはお屋敷を辞めさせていただきます」」

「なにぃ!?」

 

 しかし、門下生になるなどとは言わず、いきなり使用人は辞めるとか言い出した。

 こんなことを言われるのは今までで初めてだ。


「ちょ、ちょっと待て! どうして辞めるのだ!」

「「正直に申し上げて、旦那様のお傍でお仕えするのが嫌になってしまったのです」」

「なん……だと? 嫌になったって?」


 みな一様に険しい表情を崩さない。

 どうやら、使用人全員が同じ気持ちのようだ。


「「いつもいつも、私たちを道具のように扱ってこられたではありませんか」」

「あ……ぐっ……そ、それは貴様たちのことを思ってだな……」


 ま、まぁ、たしかに、使用人には厳しくあたってきた。

 とは言っても、茶の用意が遅かったら少し殴ったり、出費が重なった月は給金を少しカットしたりとかその程度だ。

 辞めたくなるほど追い詰めたつもりはない。


「「もう私たちは旦那様についていけません。キスククアお嬢様だけは優しく接してくださいましたが、もういらっしゃらないのではここにいる意味はございません。それではさようなら」」

「ま、待たんか!」


 ワシが引き留めるのも構わず、使用人たちはそそくさといなくなってしまった。

 捕まえようと思ったが、屋敷を出たとたん散り散りに走っていってしまったので、捕まえることなどできなかった。

 

「ま、待て、待ってくれ……ワシを一人にしないでくれ」


 大きな屋敷に、たった一人取り残された。

 室内は不気味なほど静かになる。

 心なしか寒くなってきたような気もして、背筋がブルッと震えた。

 その瞬間、ワシは自分の味方がいないことを悟った。

 もしかしたら、使用人たちはカカシトトー家に見切りをつけたのかもしれない。


「え、謁見は何時からだっけ……?」


 震えるように予定表を見る。

 国王陛下との謁見は数時間後だ。

 もちろん、この期に及んでキャンセルなど不可能だ。

 そんなことをすれば、国王陛下からの印象は最悪になる。

 元々、門下生の一件で信用を失いかけているところだ。

 爵位だって剥奪されかねん。


――謁見には行かなければならない。だが、門下生は一人もいない。そして、解決策は何も思い浮かばない……あ、あ、あ……。


 ワシは頭の中が真っ白になった。

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