第36話:悪いドラゴンをぶち倒す

「う、うわああああ! あのドラゴンはボクを狙ってきたんだあああ!」


 ジャナリーは一人で右往左往している。


「ど、どうして、こんなところに来たんだい! グロリアスドラゴンの棲み処は近くにないはずなのに!」


 今までの依頼でも、ドラゴン系の討伐といったクエストはなかったはずだ。

 だけど、そんなことを考えていても仕方がない。

 すぐに倒すか追い返さないと甚大な被害が出てしまう。


「みんな、すぐに迎え撃つよ! こんなレベルのモンスターが街に行ったら、被害は想像もつかないからね!」

「プランプさん! あいつのランクはいくつですか!?」

「正真正銘のAランクだよ!」


 プランプさんは初めて見るような切羽詰まった表情だ。

 いつになく緊張していることが伝わってくる。

 グロリアスドラゴンの身体は不気味なほどに黒く、その瞳はギラリと赤く怪しく光っている。

 前足だけは短いものの、首と尻尾がとても長い。

 きっと、ブレスや尻尾攻撃が優れているのだろう。


――ん? あれは……。


 注意して見ていると、ドラゴンの表面が薄い紫色の膜に覆われているのに気付いた。

 どうやら、純度の高い魔力がいくつもの層になっているようだ。


「グロリアスドラゴンの体にある膜みたいなものはなんですか?」

「あいつは魔力を体の表面に、バリアのようにまとうことができるのさ。そのせいで、魔法攻撃はおろか通常の攻撃すら全然効かないんだよ」 

「なるほど……あれを突き破るのは大変そうですね」

「低ランクのモンスターでもバリアをまとうことはあるけど、そんなに強い防御能力はないんだよ。でも、やっぱりグロリアスドラゴンは別格だね。あのバリアを破れるほどの攻撃ができればいいんだけど……」


 プランプさんが話している間にも、冒険者たちの攻撃はどんどん弾かれていた。

 矢だったりファイヤーボールだったり、物理攻撃も魔法攻撃も全然効いていない。


「ちくしょう! バリアが硬すぎる! とっておきの魔法だってのに!」

「近づこうにもあんなに飛ばれてちゃ近寄れねえよ!」

「お、お前ら絶対に諦めるんじゃねえぞ! 俺たちが負けたら街が大変なことになるぞ!」


 それでも、冒険者たちはたくさんいるので数で押しているような状況だ。

 だけど、このまま戦っていても押し負けるのは明白だった。

 逃げたとしても街が襲われるのだけは絶対にダメだ。


『ギエアアアア!』


 グロリアスドラゴンは私たちを見ながら、ニヤァ……と気持ち悪く笑っている。

 そして、次の瞬間にはドンドンドンッ! と、黒いブレスを放ってきた。

 ブレスの当たった地面や木は、次々と炭になっていく。


「「ま、まずい! グロリアスドラゴンの炭化ブレスだ!」」


 グロリアスドラゴンは手当たり次第にブレスを放つ。

 見境などまるでないようだ。


『グワァハハハ!』


 おまけに、人々が逃げ惑う様子を見て嬉しそうに笑っている。

 こいつも人間に危害を加えるのが好きなようだ。

 どうしてモンスターたちは、こうも凶悪なのか。

 頼むから他所でやってくれよ。


「「キスククアお嬢様、お逃げください! ここは私たちが食い止めます!」」


 ガッツさんを先頭に、門下生たちが立ちはだかる。

 だけど、私はあいつと戦うつもりでいた。

 今もグロリアスドラゴンの脳天はぼんやりと光っている。

 そして、遠巻きながら小さな矢印と説明文も見えた。

 私の<かかと落とし>なら効くかもしれない。

 

――こいつは私が倒すんだ。


「みなさん、聞いてください! 私のスキルならあのドラゴンを倒せるかもしれません!」

「「な、なんだって!?」」

「<かかと落とし>なら、あの強力なバリアも貫通できるはずです! 高い木に登ってあいつの背中に飛び乗ります! それまでのサポートをお願いします!」

「「キスククアちゃん!」」


 ダダダッ! と背の高い木まで走る。

 私の言葉を聞いて、プランプさんも指示を出してくれた。


「……よし、みんな! キスククアちゃんを援護するよ!」

「「おう!」」


 冒険者たちはいっせいに攻撃を放つ。

 その中には門下生たちもいた。


「ファイヤー・ナックルショット!」


 ガッツさんが空中を殴ると、炎の拳が飛んでいく。

 グロリアスドラゴンも、さすがの猛攻に防御で精一杯だった。

 炭化ブレスを喰らうこともなく、高い木の下に着いた。

 枝から枝へと、ジャンプするように登っていく。

 あっという間にてっぺんまで着いた。

 グロリアスドラゴンまで、あと少しだ。

 

「かかとトルネード!」


 回転しながら、空中で<かかと落とし>を放つ。

 竜巻のような突風がグロリアスドラゴンの翼を打った。

 ヤツの態勢がぐらりと崩れ急降下する。

 もちろん、致命傷は与えられないけど、バランスを崩せればそれで十分だ。

 援護射撃を背に、グロリアスドラゴンの背中に飛び乗った。


「「や、やった! 背中に乗ったぞ!」」

『ギ……!? グルアアアア!』


 グロリアスドラゴンが猛烈に回転する。

 振り落とされまいと、必死にしがみつく。

 やがて、グロリアスドラゴンの動きが止まった。

 はぁはぁ……と息切れしている。

 すかさず、長い首を全速力で駆け上がる。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 目指すはグロリアスドラゴンの脳天、ただ一か所だ。

 グロリアスドラゴンは手が短いので、私の身体を掴めない。

 作戦通りだ。


「キスククア君が脳天に迫るぞー!」

「頑張れ、キスククアちゃん! あと少しだよ!」

「落ちないようにお気をつけくださいませ、キスククアお嬢様!」


 バリアのせいか、ドラゴンの背中は意外と滑りやすい。

 だけど、ここで落ちたらみんなの苦労が水の泡だ。

 足を滑らせないよう、全神経を集中して登りきる。

 脳天はもう目の前だ。


――この一撃で決める!


 かかとを力の限り振り上げた。


「楽しみ半分に人を襲うんじゃねええ! クソドラゴンがあああああ!」

『グェギアアアアア』

 

 かかとはバリアを突き破り、骨ごとグロリアスドラゴンの脳みそを潰す。

 そして、雷に打たれた木のようにその全身が引き裂かれる。

 あんなに長かった首も尻尾も、キレイに真っ二つになってしまった。

 一瞬のうちに、私は快楽の海に沈んでいく……。

 これがAランクモンスターの快楽か。

 低ランクでは味わえないような気持ちよさだ。

 と、そのとき、体がふわっと浮かぶ感じがした。


「……あっ」


 ヒューッとグロリアスドラゴンの死骸は落ちていく。


「「た、大変だ! キスククアちゃんが落ちちゃうよ!」」

「キスククア君が地面に衝突して木っ端みじんになるううう!」


 落ちてはいるけど、地面に落ちる前に高い木へジャンプすればなんとかなりそうだ。

 よし、と木に飛び移ろうとしたとき、ガッツさんの声が聞こえてきた。


「「キスククアお嬢様! こちらに飛んでください! 炎と風魔法とで空気のクッションを作っています!」」


 声がした方を見ると、門下生と冒険者たちが魔法で空気の層を作ってくれていた。

 木に飛び乗るより、そちらの方が安全そうだ。

 パッとジャンプした。

 ふんわりと温かい空気が受け止めてくれる。

 グロリアスドラゴンの死骸はズズーン! と地面に激しく落ちた。

 

「みなさん、ありがとうございました。おかげさまで特に怪我なく……」


 次の瞬間には、ギルド中の人が私の周りに集まってきた。

 

「「大丈夫だったかい、キスククア君 (ちゃん)!?」」

「「キスククアお嬢様、お怪我はございませんか!?」」

「は、はい、皆さんのおかげで大丈夫です」


 もみくちゃにされながらも、無事であることを懸命に伝える。

 危なかったけど、グロリアスドラゴンを倒せて良かったな。

 みんなも大きな怪我はなさそうだし。

 そのとき、森の中から武装した人達が出てきた。


「「い、今の攻撃はあなたがやったのですか……!?」」


 みな重々しい装備を身に着けているが、一目見て盗賊や山賊の類ではないとわかった。


「キ、キスククア君、あの人たちはもしかして……」

「ええ、私も初めて見たわ……」


 白と金の装飾で彩られた鎧に、王国のシンボルである太陽の刻印が刻まれている。

 この国では彼らを知らない者はいない。

 王国騎士団の一行が姿を現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る