第34話:国王陛下、激怒(Side:レインソンス⑤)

「久方ぶりだな、レインソンス伯爵」

「お、お久しぶりでございます。国王陛下」


 その後、あっという間に謁見の日がやってきた。

 もちろん、断ることなどできないので来るしかなかった。

 謁見場所は王の間。

 右も左も屈強な衛兵たちが並んでいる。

 そして、国王陛下は一番奥にある玉座に座っていた。

 ややくすんだ金髪に、髪と同じ金色の瞳。

 ワシより年上のはずだが、その細い目からは力強さがあふれている。


「さて、レインソンス伯爵よ。貴殿の門下生たちはどうだ? 特にガッツ嬢が楽しみだな。無事試験を通過した暁には、彼女は即戦力となってもらいたい」


 さっそく、本題に入られた。

 この流れはまずい。

 とりあえず、別の話題で時間稼ぎするのだ。


「も、門下生たちは元気でございます。それよりも、最近は新しいファッションが流行っているようですね。ついこの前は、ゴブリンの頭みたいな帽子を被った若者たちがたくさんいて……」

「ファッションの話など、どうでもいい。早く門下生の状況を教えたまえ」


 ぐっ……ワシの話術でも誤魔化せないか。

 さすがは国王陛下だ。

 なるべく小さな声で話してみよう。

 うやむやにできるかもしれん。


「そ、それが、全員辞めてしまいまして……」

「何を言っているのかまったく聞こえん。もう少し大きな声で話しなさい」


 だが、そんなはずもなく、さらに追い詰められる。

 

「門下生たちは……辞めてしまいました……」

「なに? だから、声が小さいと言っている。レインソンス伯爵よ、具合でも悪いのか?」


 国王陛下はおろか、衛兵たちも怪訝な顔をしている。

 このままでは状況が悪くなるだけだ。

 声を腹の底から絞り出すように白状した。


「も、門下生たちは……全員…………辞めてしまいました……」

「……なんだと? 辞めた?」


 シーン……という静寂が王の間を支配した。

 ただ静かになっただけなのに、ゾッとするほど背筋が凍る。

 そろりと国王陛下を見る。

 死神のように恐ろしい顔をしていた。

 

「辞めたとはどういうことだ!!」

「も、申し訳ございません! ま、まさか、こんなことになるとは……!」


 ものすごい剣幕で怒鳴られた。

 冷や汗をかきまくり、心臓が破裂しそうなほどバクバクする。


「今が一番大事な時期だということは貴殿も知っておろう! ようやく、魔王討伐計画が動き出したのだぞ!」

「そ、それは、もちろん知っておりますが……」


 最近、人々から待ち望まれた<勇者>のスキルを授かった者が現れたのだ。

 すぐさまシャンタージ王国全体で支援し、剣術、魔術ともに秀でた能力を身に着けたらしい。

 本人の意志も強いと聞く。

 夢物語だった魔王討伐が現実味を帯び、王国は戦力をさらに強化することにした。

 我らがカカシトトー家も、その一角を担うということで国王陛下とは取り決めを交わしている。

 優秀な門下生を王国騎士団の団員候補として、たくさん育成するという取り決めだった。


「貴殿は優秀な団員候補を必ず用意すると言っておったな! 約束を破るということは、魔王討伐へのやる気がないということか!?」

「めめめめ、滅相もございません! 私も魔王討伐へのやる気は満ちあふれるほどございます! こ、これは事故だったのです!」


 慌てて否定した。 

 このままでは、国家反逆の罪まで着せられるかもしれない。


「おい、あいつ門下生に逃げられたらしいぞ」

「国王陛下との約束を破るなど、貴族の風上にも置けないな」

「このタイミングで戦力を用意できないなんて……もしかして、魔王と通じているのか?」


 衛兵たちがぼそぼそ呟く声まで聞こえてくる。

 こ、この状況は最悪すぎる。


「ようやく、魔王軍の恐怖も消えると期待している民たちもいる! それなのに、辞めたとはどういう了見だ! 貴様は優秀な門下生を必ず育てると言っていたではないか!」

「そ、それはそうでございますが……。しかし、門下生たちがいっせいに辞めるなど想定外でございまして……」

「なにが想定外だ! 貴様はカカシトトー家の当主だろう! 門下生の信頼を集めていれば、こんな事態にはならなかったはずだ!」

「あぅ、そ、それは……」


 必死に言い訳を考えるが、まともな言葉が浮かんでこない。

 

「王国騎士団は勇者とともに、最終試練へと臨んでいるところだ。そこで、貴様には最後のチャンスをやる」

「さ、最後のチャンス……でございますか?」


 国王陛下はワシをただ見ているだけだ。

 それなのに、あまりの緊張感にゴクリと唾を飲んだ。


「次の面会までに、必ず門下生たちを連れて来るのだ。もちろん、王国騎士団に入れるくらいの器をな。これは王国だけではない、全世界の存亡がかかっているのだ!」


 そう言うと、国王陛下は出て行ってしまった。

 今度の謁見までは一月もない。

 そんなすぐに門下生を集めることなど不可能だ。


「お、お待ちください! そんなことは無理でございます! ど、どうか話を…………うがっ!」


 国王陛下を呼び止めるようとしたら、衛兵たちがいっせいに取り囲んできた。


「こら! もう謁見の時間は終わったんだ! さっさとここから出て行け!」

「魔王討伐に参戦できないなら、カカシトトー流なんて存在価値もないだろうが!」

「ここに来て門下生を用意できないなんて、裏切り者と言われても不思議じゃないんだぞ!」


 抵抗むなしく、あっという間に王宮の外に放り出された。

 ポツンと取り残される。

 国王陛下は、次の謁見までに門下生を連れてこいと言っていた。

 それも、ガッツ並みの者たちをだ。

 できるわけないだろうが。

 いくら考えても、解決策が何も思い浮かばない。 

 ワシの頭の中は真っ白になっていた。

 ど、どうすればいいんだ……誰か教えてくれ。

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