第32話:花粉を飛ばすな4

『ギギギギギ、ゲハアアアア!』


 スギノイジンはヒノキリアより、さらに全体が太かった。

 身体から飛び出ている枝も図太く、殴られると結構痛そうだ。

 そして、その全身には濁った黄色の花粉がびっしりとくっついている。


「うううううわあああああ! スギノイジンだああああ! ボクの目玉をほじくって花粉漬けにして食べる気なんだあああ!」

「だ、だから、ちょっと落ち着いてって。そんなことするわけないでしょうに」

「草食と思わせて、実は肉食のモンスターなんだよおおおお!」


 ぎゃあああ! と騒ぎまくるジャナリーを必死になだめる。

 その間にも、スギノイジンはズシリ……ズシリ……と近づいてくる。

 身体が大きい分、動作は遅いらしい。


『ギイイアアアア!』

「うわっ! だから、花粉を飛ばすなって!」


 スギノイジンは雄叫びを上げて威嚇してきた。

 ヤツが動くたび、花粉がぶわーっと舞い上がる。

 体中の葉っぱでバサバサしてくるので、そこら中に飛び散ってきた。


「へくちっ! クッソー、なんでこんなに花粉を持っているんだよ…………って、あれ? ジャナリーは?」


 気がついたら、ジャナリーはいなくなっていた。

 まさか、本当に目玉をほじくられているんじゃ……。


「頑張れ、キスククア君ー! ここが正念場だー! スギノイジンをぶっ倒してくれー!」

 

 と、思ったら、ちゃっかり岩の影に隠れていた。

 毎度のごとく、しっかりと安全地帯を見つけてくるのは呆れてしまう。

 しかし何はともあれ、これでジャナリーの心配はいらない。


『ギギキャキャキャ!』


 スギノイジンは甲高い雄叫びを上げると、葉っぱと一緒に花粉の実を飛ばしてきた。

 

「あぶな! いったん退避!」


 すかさず、太い木の影に隠れた。

 葉っぱがズカズカズカッ! と木に刺さり、花粉の実は地面に当たると破裂する。

 こいつの攻撃は、ヒノキリアより威力が高かった。

 地面の抉れ具合が激しい。

 おまけに、放射状に撃ってくるので範囲も広いようだ。


「おおおーっとー! スギノイジンは花粉だけでなく、葉っぱも飛ばせるのかー! さすがは上級花粉モンスターだー!」


 花粉で視界を塞ぎつつ、鋭い葉っぱで相手を切り刻む。

 なかなかに凶悪な性格をしている。

 このまま正面突破をかけても厳しいかもしれない。

 やはり、ここは新技が頼りになりそうだ。


「かかとインパクト! からの、かかとスラーッシュ!」


 空中で一回転しながら<かかと落とし>を繰り出し竜巻を作り出す。

 そして、瞬時にスギノイジンに向けて<かかと落とし>を放った。

 竜巻と風の斬撃が同時に、スギノイジンへ襲い掛かる。


「キスククア君の新技二連発だー! 早くも新しい技を物にしたというのかー!」

『グギャアアアア!』


 竜巻は葉っぱと花粉を吹き飛ばし、スギノイジンの胴体に直撃した。

 そして、斬撃はヤツの胴体を斜めに斬り落とした。

 ズズン! とスギノイジンは地面に倒れる。

 だが、斬った幹のところからすぐに新しい根が生えつつある。


「なんとー! スギノイジンの再生力は先のモンスターを凌駕しているぞー!」

『ガアアアアア!』


 新しい幹で体を支えつつ、太い枝を勢い良く伸ばしてきた。

 ここまで来たら小細工は無しだ。

 幹に飛び乗り、一直線にスギノイジンの頭部へ向かう。

 四方八方から襲い来る枝を躱して、全速力で走りまくる。

 やがて、スギノイジンの頭が近づいてきた。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 目指すはただ一か所。

 脳天だ。


「花粉を飛ばすなああああああ! お前らのせいで散々迷惑してんじゃボケエエエエ!」

『ギゲギャアアアア!』


 かかとが脳天に食い込み、スギノイジンの体を容赦なく切り裂いていく。

 まるで、落雷を受けたかのように胴体が割れた。

 スギノイジンが崩れ落ちると同時に、周囲の花粉も消えてなくなる。

 空気は爽やかでスッキリ透明になり、目や鼻のムズ痒さから解放された。


「おおおー! なんて爽やかな空気なんだ! 思う存分深呼吸ができるぞー!」


 少し離れたところで、ジャナリーは嬉しそうに息を吸っている。

 が、私は意識が薄れていくのを感じていた。

 

――き、気持ちよすぎる……これはヤバいぞ……。


 相変わらず、とんでもない快感だ。

 スギノイジンの幹は堅いので、一直線に割れていく感触が最高だった。

 もはや、この瞬間のために生きていると言っても過言ではない。


「キスククア君の勝利ー!」

「…………はっ」


 薄れてゆく意識の中、ジャナリーの声が脳裏に響いた。

 快楽の沼に引きずり込まれる寸前、現実へと舞い戻ってきた。


「よくやったよ、キスククア君! 君のおかげでボクの鼻と目は救われた! この恩は感謝してもしきれないよ!」


 ジャナリーは嬉しそうに私の手を握る。

 私も一緒に新鮮な空気を楽しみたかったけど、とあることが気になっていた。


――そういえば、この感触は何かに似ているような……そうだ、薪割りだ。


 幼少期から鍛錬と称して、父親たちに一日1000本の薪割りを命じられていたっけ。

 あの頃の理不尽を思い出し、沸々と怒りが湧いてくる。


「キ、キスククア君……どうしたの? なんかすごい形相をしているけど……」

「あ、いや、自分の目標を思い出していたのよ。私……絶対に魔王(父親似の)を倒す」

「おおお~、素晴らしい! キスククア君は初心を忘れないね! といっても、魔王さえすぐに倒せそうだけど」

「いいえ、油断してはいけないわ。もっと修行を積んでからでないと。新技だってもう少しほしい」


 私もだいぶ実戦経験を積んできた。

 だが、相手は魔王だ。

 もっと力をつけてから挑むべきかもしれない。


「キスククア君は決して現を抜かさないよね! 尊敬しちゃうなあ!」


 ということで、無事に花粉モンスターたちを倒して、私たちはギルドに向かって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る