第31話:花粉を飛ばすな3

「さあ、この調子でヒノキリアを探しましょう」

「ここここ、今度も怖そうなモンスターかなぁ?」


 少し進んで森の中がさらに薄暗くなったとたん、ジャナリーが怯えだした。


「怖そうかなぁって、図鑑を見てるときはあんなに余裕そうだったじゃないの」

「そ、そうは言っても、絵と実物は違うよぉ」


 ジャナリーは私にしがみついて、決して離れようとしなかった。

 ブタクサリアンを倒した後はすごい強気だったのに……。

 少し歩いていると、また花粉が濃くなってきたような気がする。

 そして、今度は目まで痒くなってきやがった。


「いや、目、かゆ」

「ああ、もう! 良くなったと思ったのに、またくしゃみが出そうになってきたよ! へ…………ぁわ……べえええええっくしょーい!」


 ジャナリーが何度目かの盛大なくしゃみを放つ。

 それに呼応するかのように、地面がわずかに揺れ始めた。


「なになになに!? もしかして地震かな、キスククア君! ばああああああっくしょーい!」

「いえ、これは地震ではないわ。大型のモンスターが近づいているのよ」


 木陰から巨大な樹木のモンスターがズシリと出てきた。

 ヒノキリアンだ。

 間違いない、図鑑で見た通りだった。

 小さめのヒノキがそのまま凶悪なモンスターになっているかのようだ。

 太い幹に太い枝、そして枝には茶色い実がびっしりとくっついていた。

 ブタクサリアンよりだいぶ大きなモンスターだ。


「ぎゃあああ! ヒノキリアだあああ! ボクたちを襲って養分に変える気なんだあああ!」

「ジャ、ジャナリー、とりあえず落ち着いて……」

「枝を耳の穴から刺し込んで、体中に根を張り巡らすつもりなんだよおおおお! ひいいいいい!」

「だ、大丈夫。そんなことはしてこないから……」


 毎回のことだけど、ジャナリーはやけにリアルな心配をするのだ。

 私たちの様子を見て、ヒノキリアは悦に入っていた。

 こいつも、人間たちが苦しんでいるのを見るのが好きらしい。

 どこまで性格の悪いモンスターだ。

 そして、気がついたときジャナリーは姿を消していた。


「え、ジャナリー、どこ? もしかして、本当にヒノキリアに養分にされて……」

「頑張れ、キスククア君! ぜひとも、僕の鼻を救ってくれたまえ! もう君しかいないのだ!」


 と、思ったら、木陰の影に身を隠していた。

 何はともあれ、これで安心して戦える。

 よし、一気に間合いを詰めて<かかと落とし>で倒すぞ。


『キシャアアアアア!』

「うおっ! あぶな!」


 ヒノキリアは奇声を上げると、花粉の実を飛ばしてきた。

 雨あられのように降り注ぐ。

 とっさに近くの木の後ろに隠れた。

 花粉の実が地面に当たると、小さな窪みができている。

 なかなかのパワーがあるらしい。 


「おおおおっとー! ヒノキリアの先制攻撃だー! 花粉がほとばしるぞー!」


 木の実は地面に当たると破裂して、周囲に花粉をまき散らす。

 迷惑極まりない攻撃だ。

 一発一発の威力はさほどじゃないけど、かなり数が多い。


「こ、これはまさしく花粉の嵐だー! キスククア君の姿が見えないぞー! ぶああああっくしょーい!」


 やみくもにこの雨の中を突進しても、木の実攻撃で減速してしまう。

 強力な<かかと落とし>を放つのは難しいだろう。

 やっぱり、ここは新技が頼りになりそうだ。

 かかとを垂直に振り上げる。


「くらえ! かかとスラッシュ!」


 勢い良く振り下ろして、風の刃を放った。

 かかとから生み出された斬撃はヒノキリアに襲い掛かる。

 

『グギイイイ!』

「キスククア君のかかとから打たれた斬撃だ! ヒノキリアの身体が刻まれていくー! おまけに、花粉も吹き飛ばしてくれたぞー!」


 ヒノキリアの枝が切られ、地面にズシンと落ちた。

 だが、身体が巨大な分ダメージは少ないようだ。

 残った枝で花粉攻撃をかましてくる。


――どうするかな…………そうだ、回転しながら風圧を出したらどうだろう。


 斬撃のような攻撃よりも、打撃に近い方が効果的かもしれない。

 頭の中でイメージする。

 空中で円を描きながら<かかと落とし>。

 風圧が塊となって飛んでいくイメージが思い浮かんだ。

 そんなことを考えている間も、ヒノキリアは正面から木の実を飛ばしてくる。


『グゲゲゲゲゲ!』

「ヒノキリアはいったいどれほどの花粉を身につけているのかー! ぶああああっくしょーい!」


 バッと木の影から横に飛び出る。

 ヒノキリアがこちらを向く前にジャンプして、空中で横になる。


「えい! かかとインパクト!」


 鍛錬で得た力を全て使うように、全力で回転しながら<かかと落とし>を繰り出した。

 空気の塊が竜巻のように飛んでいく。


「ま、またしても、キスククア君の新技だー! かかと落としで竜巻を起こせる人間がこの世にいるのかー!?」


 かかとインパクトはヒノキリアの胴体に直撃した。

 その勢いのままに、ヤツの体をへし折る。


『グアアアアア!』

「な、なんとー! あの巨大なモンスターが一撃で折れてしまったぞー! 途方もない威力だー!」


 ヒノキリアはズズン! と崩れ落ちる。

 しかし、まだ上半身で立ち上がろうとしている。

 再生する前に勝負を決めないとまずい。

 すかさず間合いを詰めると、その脳天に向かってジャンプする。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


「お前のせいで鼻と目がめちゃくちゃだろうがああああ!」


 バリバリバリ! と、かかとがヒノキリアを切り裂いていく。

 得も言われぬ快感が電流のように全身を駆け巡る。


――き、気持ちいい……。


 普通の肉体をぶちのめすのは最高だけど、樹木モンスターも捨てがたい。

 筋肉や骨、脳とはまた違う感触と、一直線に折れていく爽快感が大変に心地よい。

 はまりそうだぞ。


「キスククア君の勝利ー!」

「…………はっ」


 ジャナリーのはつらつとした宣言で、意識を取り戻した。

 そうだ、まだラスボスが残っているのだ。

 気を引き締めないとまずいぞ、キスククア。


「ばああああああっくしょーい! ヒノキリアを倒したのに、鼻がムズムズするよ」

「まだ花粉が残っているのかな」

「ずびー! もう息を吸うだけでくしゃみが出そうだよ」


 そのとき、ドシン! と地面が大きく揺れた。

 木を押しのけるようにして、巨大なモンスターが出てくる。


「うおわああああ! とうとう出たあああ! どうしよ、どうしよ、キスククア君!?」

「最後の大物というわけね」


 森の奥からスギノイジンが現れた。

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