第30話:花粉を飛ばすな2

「ここがリュタモナカの森か。ずいぶんうっそうとしているわね」

「な、なかなか雰囲気あるねぇ。いかにも性悪な花粉モンスターが住みそうなところだよ」


 その後、しばらく歩くとリュタモナカの森に着いた。

 背の高い木が多いようで、まだ昼間なのにやけに暗い。

 いつの間にか、ジャナリーは布で鼻と口を覆っていた。


「布で鼻を覆うのは良いアイデアね、ジャナリー。私もやろうかな」

「いくぶんマシになったけど、全部を防げるわけじゃないんだよ。言ったそばから花粉が…………げああああああっくっしょーん!」


 ジャナリーが鼻をかみまくる。

 本当に大変そうだ。

 ギルドのため、ひいては彼女のためにも早く花粉モンスターを倒したい。


「さて、さっさと討伐に行きましょうか。ジャナリーが辛いのは痛いほどわかるし」

「キ、キスククア君に先に行ってほしいな。ボボボボクは後ろからついていくから」

「わかってるから、もう少し離れて歩いてね」


 ジャナリーにしがみつかれながら歩いていく。

 森の中は木々に光が遮られ、さらに薄暗かった。


「とは言ったものの、花粉モンスターはどこにいるのかしら」

「向こうから来てくれないかなぁ。そうすれば探す手間が省けるのに」


 そういえば、花粉モンスターは植物だ。

 つまり、森の中から探し出すのは至難の業と言える。

 勢いで来ちゃったけど、意外と難しいクエストかもしれない。

 どうしようかな……そうだ。


「ジャナリーは探索魔法とか使えたりしない?」

「ボクは魔法なんか使えないよ。記事を書くことしかできないんだ」

「なるほど。でも、やみくもに歩いても体力を消費するだけだし……」

「せめて方角だけでもわからないかなぁ……?」

 

 敵はブタクサリアン以外にもいる。

 できれば効率的に探したい。

 二人で考えていたときだった。


『グエヘヘヘ!』


 木々の奥から、ズシリと何かが出てきた。

 たくさんの草が集まったようなモンスターだ。

 すかさず、ジャナリーが叫びまくる。


「で、出たああああ! ブタクサリアンだあああ! う、うわあああ! ボクに種を植え付けて体内から繁殖する気なんだあああ!」

「お、落ち着いて、ジャナリー」


 ブタクサリアンは憎たらしい笑みを浮かべながら、ズシズシと歩いてくる。

 ヤツが動くたび、その身体から花粉がほとばしる。

 あっという間に、目と鼻がムズ痒くなってきやがった。


「へくちっ! クソ……花粉が」


 私がくしゃみをすると、ブタクサリアンはニタリと嬉しそうに微笑んだ。

 人間が苦しむ様子を見て喜んでいるのだ。

 性格の悪さが顔ににじみ出ている。


「どうやら、人間のくしゃみを頼りに近づいてくるのね……って、ジャナリーどこ?」

「頑張れ、キスククア君ー! ボクの鼻の未来は君にかかっている!」


 気がついたら、ジャナリーは少し離れた木の後ろに隠れていた。

 いつものように安全地帯をしっかり見つけていたようだ。


『ギヒヒヒヒ!』


 ブタクサリアンは体の鞭を、ビチビチと激しくのたまった。

 黄色い花粉がもわぁ……と宙に舞う。

 ヤツの体が薄っすらと見えにくくなるほどだった。


「うわぁ、やめろ! 花粉が!」

「ブタクサリアンの花粉攻撃だー! 鞭になった茎を振ることで広範囲に花粉を飛ばしているぞー! 見ているだけで鼻がムズムズするー! ばああああああっくしょーん!」

『キエアアアア!』


 ブタクサリアンは花粉を飛ばしながら、たくさんの鞭を叩いてくる。

 視界と五感にダメージを与えつつの物理攻撃だ。

 私は冷静に鞭を躱して距離を詰めていく。


「とはいえ、まずはこの鞭と花粉をどうにかしないと!」


 <かかと落とし>はめちゃくちゃ強いけど、その分隙がある攻撃だ。

 鞭で動きを封じられると厄介ね。

 手数としては向こうの方が多いし。

 そのとき、私の脳裏に一つの作戦が思い浮かんだ。

 

――そうだ、<かかと落とし>の風圧で切り抜けられるかもしれない。


 敵の脳天にかかとを落としたときは、いつも竜巻のような激しい風が巻き起こった。

 あれほど強い風ならば、攻撃に転用できるかもしれない。

 鞭を躱し、空中で垂直に足を上げる。


「おおおーっとー! キスククア君が空中で<かかと落とし>の姿勢になっているぞー! もしかして、新技かー!?」


 ジャナリーのハイテンションな声が響く。

 毎度のことだけど、実況しているときは恐怖を感じないらしい。


「くらえ! かかとスラッシュ!」


 脳天に落とすときと同じように、鋭くかかとを振り下ろした。

 空気が巨大な鎌みたいになって、一直線にブタクサリアンを襲う。


「思った通り、キスククア君の新技だー! さしずめ、風の精霊を召喚したかのようだぞー!」


 風圧は鎌となり、鞭の半分を何の抵抗もなく斬り裂いた。

 ついでに、花粉も吹き飛ばしてくれたので視界も良好になってきた。


『グガアアア……ア、ア!』


 遠距離攻撃を予想していなかったのか、ブタクサリアンもうろたえている。

 しかし、鞭はまだ半分残っている。


「それ! もう一発! かかとスラッシュ!」

『ギガアアア……ア……!』


 再度空中で<かかと落とし>を繰り出し、空気の鎌で攻撃する。

 残り半分の鞭も切り裂いた。

 だけど、その断面からは新しい鞭が伸びつつあった。

 のんびりしていると再生してしまうかもしれない。

 素早く仕留めるのだ。

 すかさず、一気に間合いを詰めてブタクサリアンの懐に入る。


〔脳天にかかとを落とすと即死します〕


 ブタクサリアンの脳天がぼんやり光っている。

 躊躇なんて微塵もない。

 私の頭にはかかとを落とすことしかなかった。

 助走の勢いのままジャンプする。

 全身全霊の力を込めて、憎き花粉モンスターに振り下ろした。


「鼻がムズ痒いんじゃ、こらぁ! 消えちまえ、この野郎おおお!」

『ビギエエエエエ!!!』


 かかとがブタクサリアンの脳天に食い込む。

 見た目通りブタクサの集合体だったようで、草を切り裂くような感触だった。

 植物の身体が真っ二つに切り裂かれていく。

 ブタクサリアンが絶命すると、辺りの花粉も消え去った。

 図鑑に書いてあったことは本当だったようだ。

 空気がさっぱりと清々しくなってくる。

 しかし、私の胸にはそれとは別に得も言われぬ快感が広がっていった。


――はぁ……やっぱり、<かかと落とし>は気持ちいいわ。


 骨が押しつぶされたり脳がひしゃげたりはないけど、かかとで斬っていく感覚は最高だった。

 思わず嘆息が漏れ出る。


「く、空気がおいしい! 思いっきり息が吸える! なんて気持ちいいんだ!」


 頭の片隅にジャナリーの声が聞こえてきた。

 なんか手を広げてくるくる回っている気がする。

 しかし、薄れゆく意識では何を言っているのかよくわからない。

 そのまま、快楽の余韻に引きずり込まれる……。


「キスククア君の勝利ー!」

「…………はっ」


 禁断の世界に入り込む直前、いつものようにジャナリーの掛け声で意識を取り戻した。

 危ない危ない。

 もっと自分をしっかり持たないと。


「お見事、キスククア君! よくやった! にっくき花粉モンスターを倒してくれてありがとう! これは大変なお手柄だよ!」


 ジャナリーは嬉しそうに拍手をしまくっている。


「でも、花粉モンスターはこいつだけじゃないのよね。ヒノキリアとスギノイジンも倒さないと、みんなはいつまでも花粉で苦しむことになるわ」

「早く見つかるといいね! というか、来るなら来い! あっという間に、返り討ちにしてやるんだから! いえい、いえい、いえーい!」


 私たちはさらに森の奥へと進んでいった。

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