第29話:花粉を飛ばすな

「さて、今日はどのクエストを受けようかな。色んなクエストがあるから迷っちゃうわね」


 あれから仮面男の目撃情報はない。

 きっと、ギルドの近くからはいなくなってしまったのだろう。

 念のため、安心しつつも気を抜かないようにしなくては。


「キスククア君の心が赴くままに選べばいいよ」

「そうは言ってもねぇ。なるべく早くランクが上がりそうで、自分の力になりそうなクエストがいいのだけど」

「ところで、これなんかはどう…………ふ……へわぁ……べあああああっくしょーん! ぶばー!」


 ジャナリーが盛大にくしゃみした。

 ぶあー! と鼻をかむ。

 

「どうしたの、ジャナリー。まさか、風邪でもひいちゃった? 最近は暑かったり寒かったりしたもんね……って、ぎゃああ!」


 彼女の顔に目を向けたら、衝撃の光景が待っていた。

 ジャナリーの瞳は真っ赤に血走っている。


「がぜじゃないよ! ぎっど、ごればがぶんだ!」

「が、がぶん?」

「花粉!」

「ああ、花粉」


 そういえば、今朝から目や鼻が痒いような気がしていた。

 そう思ったら、とたんにくしゃみが出そうになった。


「へくちっ! たしかに、やけに鼻がムズムズするわね……それに、なんか目も痒い」


 くしゃみが出そうで出ない感覚がずっと続いている感じだ。

 これは結構困るな。

 目もムズがゆいし。


「ぶああああっくしょん! いっだいどうじで、がぶんが!」

「医術師の人にポーションとかもらおうか? もしくは治癒魔法を使ってもらうとか」

「ぞれもいいげど、毎日こんなんじゃだまっだもんじゃないよ!」


 ジャナリーの言うように、花粉で目と鼻がやられたら困る。

 戦闘中にくしゃみが止まらなくなったりしたら大変だ。

 一瞬の隙が命取りになりかねない。

 どうしたもんかな、と思ったところでプランプさんがやってきた。


「あっ、プランプさん。おはようございます。なんか、花粉がたくさん飛んでいるみたいですね」

「おはようねぇ、キスククアちゃん。はっくしょい! そうなんだよ、それにしても花粉がひどいよ」


 やっぱり、みんなも花粉にやられているようだ。

 ギルドの中を鼻水をかむ音が鳴り響く。


「もうそんな季節になるんでしょうか」

「いや、今回もモンスターが原因みたいなんだよ」


 鼻をかみながら、プランプさんは依頼表を見せてくれた。



〔Bランククエスト ~リュタモナカの森に出現した、花粉をまき散らす植物モンスターを討伐してください。くしゃみが止まらなくて困っています。何種類かいるようです~〕



「花粉をまき散らす植物モンスター……」

「植物が突然変異でモンスターになることがあってね。ところかまわず、凶悪な花粉をまき散らしているのさ。ほら、こいつらがそうだよ」


 プランプさんはモンスター図鑑を開く。

 ズラリと植物系統のヤツらが載っていた。

 

「まず、こいつはブタクサが変異したブタクサリアン。Dランクモンスター」  

「うわぁ……」

「燃やじだぐなるね!」


 そこにはブタクサの集合体みたいなモンスターが描かれていた。

 見ただけで目が痒くなるような、黄色い花粉がびっしりだ。

 鞭のように茎をしならせて、花粉を飛ばしながら攻撃してくるらしい。


「そして、こいつはヒノキが変異したヒノキリア。Cランクモンスター」

「うげぇ……」

「人間がいないどころにずめばいいのに!」


 図鑑にはトレントのようになったヒノキが描かれている。

 花粉がぎゅうぎゅうに詰まっていそうな、茶色い木の実が全身から生えている。

 人が花粉に苦しむのを見て楽しむらしい。


「最後に、こいつはスギが変異したスギノイジン。Bランクモンスター。この中で一番強いヤツだよ」

「気持ち悪い……」

「世界中から伐採じだい!」


 ラストのページには、スギのモンスターが描かれていた。

 これもトレントみたいだけど、さらに凶悪な顔をしている。

 緑の葉っぱが見えないくらい、花粉がまとわりついている。

 花粉もパワーも一番強いようで、襲った人間を花粉まみれにしてしまうらしい。


「まさか、こんなモンスターがいるとは……世の中は広いですね」

「こいつらを倒せば、この忌々しい花粉も消えてなくなるはずなんだよ」

「なるほど。それなら誰かが倒すのを待っ……ぎゃああ!」


 消えてなくなると聞いた瞬間、ジャナリーが凄まじい勢いで私を掴んだ。

 そのまま、グワングワンッ! と揺すりまくる。


「ギズググア君! 今ずぐ倒じに行こうよ! ごんなんじゃまともに記事が書けないよ!」

「わ、わかったから、落ち着いて……うぎゃああ!」

「もうボグにば君じかいないんだよおおお! 一生花粉に悩まされるなんてイヤだああああ…………ぼあああああっくしょーん! ずびー!」


 ジャナリーが鼻をかんだおかげで、なんとか解放された。

 私はフラつきながらプランプさんに懇願する。


「ゲホッ……プ、プランプさん、お願いします。私にやらせてください。絶対に全部倒してきます。誰かが倒すのを待ってなどいられません」


 このままじゃ私の身体が持たない。

 花粉とジャナリーの首絞めの二連コンボはさすがにキツい。

 というか、私も目やら鼻がムズムズして非常に困る。


「じゃあ、お願いよ、キスククアちゃん…………はっくしょーい!」

「では、行ってまいります」


 ということで、手早く準備を終えてギルドから出る。

 外は室内より花粉が飛んでいるようだ。

 空気が薄っすらと黄色くかすむほどだった。


「早く花粉モンスターを倒したいね。ボクが絶対に面白い記事にして、みんなに花粉モンスターのひどさを教えてやるのさ」

「え、ええ、私に任せといて」


 いつにも増して気合マンマンのジャナリーを連れて、リュタモナカの森へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る