第28話:執事長、辞職する(Side:レインソンス④)

「さて、執事長はどのようにしてキスククアを倒したのだろう? まったく、早く帰ってこい」


 今日もまた、ワシはキスククアが執事長に倒される場面を想像していた。

 あいつが出向いてからの日課になっている。

 これがなかなかに楽しい想像で、あれこれ考えては一人で笑っていた。

 

「きっと、あいつのことだ。キスククアが二度と外に出られないようになるまで、徹底的に体を傷つけているのだ」


 スパイクハンマーで皮ふをズタズタに……いや、あの長くて黒い髪を引きちぎってズタズタに……いや、全身の骨を折ってズタズタに……。

 いや、あえて肩を脱臼させて苦痛を与えるのも面白いな。

 と、そこで、屋敷の玄関が騒がしくなった。

 執事長が帰ってきたのだ。

 しかし、やけに騒がしい。

 もしかしたら、キスククアの首を持ってきたのかもしれない。

 ははは、楽しみで仕方がないな。

 せっかくだから、ワシが直々に迎え入れてやろう。

 笑顔で扉を開ける。


「待ちくたびれたぞ、執事長。さっそく、キスククアの苦しんだ様子を聞かせてもらおうか。ワシはあいつが苦しむ様を想像するのが本当に楽しくてだな……」

「だ、旦那様……ただいま帰りました……」


 しかし、入ってきたのはまったく予想だにしていない男だった。

 全身ボロボロのとんでもない深手を負った執事長だ。

 体中に痛々しい青あざがあり、着ている衣服もズタズタに擦り切れている。

 顔はどっと老けていて、目の焦点すら合っていない。

 一瞬、ゾンビかと勘違いするほどだ。


「ど、どうした! 何があったんだ!?」

「も、申し訳ございません……旦那様…………返り討ちに遭いました……」

「な、なにぃ!?」


 執事長は息を吐き出すようにボソボソと喋る。

 以前の力強さなど微塵も感じない。

 プライドも無残に折られたみたいで今にも死にそうだ。

 あまりの変わりように動揺を隠せない。 


「キ、キスククアに負けたのか? ……お前が?」

「さ、さようでございます」


 執事長は会話することさえ辛そうなほど息も絶え絶えだった。

 そして、その両腕はやけにだらんとしている。

 死んだタコの足みたいだ。


「そ、その肩はどうしたんだ」


 あんなに頑丈そうだったのに、今は力が抜けてぶらぶらしている。

 ワシが聞くと、執事長は乾いた笑みで答えた。


「キスククアお嬢様に脱臼させられたのです……」

「脱臼させられただと? りょ、両肩を?」

「は、はい」


 ウ、ウソだろ……。

 執事長の腕前はかなりのものだ。

 まさか、こいつがこんなに追い詰められているとは。


「し、しかし、脱臼くらいならすぐに治せるだろう。どうにかならんのか」


 ワシも何度か肩が外れたことがある。

 だが、脱臼程度なら自力で十分に治せるはずだ。


「私もどうにか治そうとしたのですが……もはや、歩くたびに脱臼する始末でして……」

「歩くたびに……」

「キ、キスククアお嬢様は手の付けられない怪物になられてしまいました」


 執事長は青ざめた顔で震えている。

 その額からはダラダラと脂汗が止まらない。

 とんでもない恐怖を植え付けられたらしい。


「だ、旦那様、大変申し訳ないのですが……本日を持ちまして、私はお暇をもらいたく存じます。もう、これ以上仕事をすることができませんので……。というより、生きていく自信を失ってしまいました……」

「ちょ、ちょっと待て! お前まで辞めるだと!? それはならん! 今すぐ医術師を呼んでやる!」

「旦那様……くれぐれもキスククアお嬢様にはお気をつけを……」


 ワシは必死に引き留めた。

 だが、執事長は生気の抜けた様子で屋敷から出て行く。

 すっかり猫背になってしまった背中は、まるで年老いた老人のようだった。


「ま、まさか、あいつが返り討ちに遭うなんて……ありえん」


 未だに今見た光景が信じられなかった。

 もしかして、キスククアの外れスキルはかなり強いのか?

 だが、<かかと落とし>だぞ。

 あんなものゴミスキルもいいところだ。

 だったら、どうして……。

 ワシが思考を巡らせていると、別の使用人が手紙を持ってきた。


「旦那様、王宮からお手紙でございます。それにしても、執事長様はどうされたのですか? ずいぶんとボロボロになっておられましたが……」

「ええい、黙れ! 貴様には関係ないわ!」

「も、申し訳ございません!」


 苛立ちをぶつけるように怒鳴りつける。

 使用人は大慌てで部屋の出口へ向かう。

 まったく、どいつもこいつも……。

 と、そこで、使用人の言葉を思いだした。


「ちょっと待て、王宮からだって!?」

「は、はい。おそらく、国王様からのお手紙と思われますが」

 

 破り捨てる勢いで手紙を開ける。

 内容を読んでいくにつれ、ワシまで冷や汗がダラダラと出てきた。

 

〔……レインソンス・カカシトトー伯爵へ 来たる満月の日、門下生の現状を報告せよ〕


 こ、国王陛下との謁見がきてしまった……まずいぞ、まずいぞ、まずいぞ……なんて言い訳すればいいんだ……。

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